とある帰り道のことだった。 いつものように二人で帰っているときだ。 なんとなく間が持たなくて、寒いな、と俺が呟いた。 特になんの意味ももたない、会話の切り口程度に放った音の羅列。俺は何か、今度は「言葉」を紡ごうとして、 「『そうだね』」 出来なかった。相槌を打たれることなど予想にすらしていなかったため、純粋に驚く。 球磨川はその様子を受けた結果なのかは知らないが、突然立ち止まった。 訝しく感じて、なんだよと尋ねると球磨川は、 「『ちょっと待ってて』」 そういって突然駆け出したのだ。俺は更に目を丸くさせた。 どうしたんだ一体。そう思って様子を伺っていると、球磨川は小銭をポケットから取り出して、目の前の自販機に入れた。 全く悩むことなくボタンを押す様子に、俺はただ呆気にとられるままだ。 そしてすぐに――がちゃん、という馴染みのある音がして、球磨川は何かを取り出して向き直った。 「『はい』」 ぱしん、と投げられた何かを受け取り、みつめる。 それは普通の缶コーヒーだった。俺が最近、好んで飲む種類。温かいというよりも熱いそれは、外気に冷えて悴んだ指先を急速解凍するかのように暖めた。 球磨川はまた同じ動作を繰り返してもう1つ何かを買って、俺の横に戻った。 俺は温かいそれを手のひらで抱え込むようにして持って、かちゃりと音を立てて開けた。暖かい湯気に思わず目を細める。湯気は白く、外気との温度差を示すようだ。 そして、どう言えばいいのか一瞬だけ思案して、ありがとなと呟いた。 すると球磨川は普段通りの表情から微かに笑みを浮かべて、 「『どういたしまして』」 とだけ呟いて自分の手元を見つめた。 俺はそれを確認して、球磨川の厚意を飲んだ。 ……さすがに少し熱い。でも、とても心地良い。その間、球磨川はやはりずっと黙ったままだった。 俺はと言えば飲みながら、球磨川が夏ごろに『缶コーヒーは嫌いだ』と言っていたのを思い出していた。だけど、敢えて何も言わないで黙っていた。 球磨川はしばらく俺が飲む様子をみつめた後、思い立ったかのようにそれを開けた。 そして口元に運ぶと、一瞬だけ顔をしかめる。 「『おいしくない』」 ここで初めて、じゃあなんで飲むんだよ、と訊いたけれど球磨川は答えない。 暫く缶コーヒー自体を手で弄んだり頬にくっつけたりして、多分温くなってきた頃にごくごくと飲み干して缶を捨てた。そして、ようやくぼそりと呟いた。 「『僕も……寒かったから』」 そう言って手を遠慮がちに差し出した球磨川ごと、俺はぎゅぅと抱きしめた。 球磨川は俺の腕の中で少し驚いたように見えたが、小さく、 「『あったかい?』」 そう囁いて背中に手を回す。 それは、もう、充分。 通常SS一覧に戻る Novel一覧に戻る topに戻る |