『善吉ちゃん――』

球磨川はぺろりと、自分の太ももを晒すように、エプロンをつまみ上げた。




自信過負荷な恋人




裸エプロン――球磨川がよく冗談のように口にするそれ。
日常の象徴のような生徒会室で、その男はその姿で、日常を否定するような違和感を振りまく。
背景と全く似合わないそれに、

「……は」

ただ唖然として、手にしていたタオルをぽとりと床に落とした。

『わぁ』
球磨川はとたとたと俺に近寄り拾い上げ、『はい』と手渡す。
――はためくフリルから覗く肌がやけに眩しかった。目が眩むとはこのことなのだろうか。
『あは!びっくりしちゃった?』

……いや、そりゃびっくりもするだろうよ。
その言動に思わず呆れてしまい、ははと苦笑い。タオルを受け取ってぱんぱんとはたく。

ざわざわと外から聞こえる部活生の音が心地よいBGMとなって、いつも通りの放課後の雰囲気を醸しだしていた。
そのくせ、なんだかやらしい店みたいな絵面。この状況はどう考えても異常だ。だって、ちょっとトイレから生徒会室に帰ってきた瞬間、そんな風になっていた球磨川を見て(しかも出る前には俺しかいなかった!)、驚かないやつがいるのか?いやいないだろう……っていうかここ生徒会室じゃねえか!

瞬間我に帰った俺は、タオルを適当にポケットにつっこみ、とりあえず誰にも見られないようにとドアをがちゃがちゃと慌てながら閉める。
そしてゼェゼェと息も荒く振り返れば、球磨川は平時となんら変わらぬ薄ら笑いを浮かべていた。
……なんだか、焦ってるこっちがバカみたいで、ムカつく。

「……どういうつもり、だよ」
衝撃が残っているのか、なかなか上手く回らない口で辛うじてそう尋ねると、
『ん?いやー誰かに着せるつもりで持ってきたのだけども、』
今日生徒会ないんだって思い出してさ!
球磨川はけろりとした顔で、更に俺に近寄る。
『でも、来たら君の荷物があったから――驚かせようかなと』

球磨川はおしまい、と続けた。目の前でにっこりと微笑まれて、直視出来ずに天井に視線を逸らす。いや、そんな必要はないんだろうけど。
だって……目の毒だ。

「あーっと、俺は溜まってる案件を処理しようかと思ってたんだよ…………てか、それだけかよ」
『そ!もう着替えるよ』

えっ。
思わず球磨川の方へぐるりと向き直ると、そのエプロンをはためかせているはた迷惑な男は鼻歌を歌いながら学ランをバサバサと広げていた。

「ちょ、ちょっと待て!!」
ちょっと待てよ!もう少し楽しませ……じゃなくて。
『?』
球磨川は小首を傾げた。その拍子にエプロンが揺らめいて、フリルの隙間から普段隠れた――胸元や首筋が見える。学ランは腰ぐらいに低く持って、白と黒のコントラストだけで目が泳ぐ。殺人的――そんな言葉が似合いすぎなんだよお前は!

『……なんで顔赤いの?』
「うっせえ!!なんでって……まてまて……ってかそれはおかしいだろ!?」
『何がだよ』
いきなり頭ごなしに非難されたからか、球磨川はむっとした顔で俺を睨んだ。

「………いや、だって、」
『は?』
身長差ゆえに上目づかい。それをもろに見てしまって、

「……解れよ!」

そう言い切って球磨川に自分から近寄り、背後の壁に押し付けた。
『っうわ何?……!?んーっ!!』
どんと音がしたけど多分痛くはなかったはず。痛かったのなら謝ろう。そう思いながら唇を合わせると、驚いたように球磨川は目を見開いた。でも、嫌そうと言うよりも、なんでこうなったんだろうみたいな戸惑いの色が大きくて、ホッと安心する。
それに付け込んで、目を閉じて舌を絡ませた。
『……ん……ぅ……』

――なんだろう。ほんの少し甘いな。
こういうときに他のことを考えるのも失礼な気がするけれど、直前に何かカフェラテでも飲んだみたいな味がした。確かめようかと思いきって上顎を舐めれば、びくびくとした震えが伝わる。

「……っぷは!売店のカフェラテでも飲んだのか?あれ甘いけどクセになるよな」
『……んぅ、ん、あ……へ?あぁうん!美味しいよね、じゃなくてさ……』
球磨川は不思議そうに俺を見上げた。
まだ、身体は壁に縫い付けられ、エプロンはその衝撃で緩んだのか胸元は半分以上表わ。学ランはばさり、といつの間にか足元に落ちてしまっていた。
――ごくり、と口の中に溜まったどちらのか分からない唾液を飲み込む。
甘い。でも少し苦い。


『どうしたのいきなり。見境なく盛っちゃって』
君らしくもない、なんて言って球磨川は、まぁいいけどと続けた。
「いや、俺だって男だから!裸エプロンみたらそりゃあ……こうなることくらい予想ついただろ!!!」
『えーでも僕なんかの裸エプロンみたって……』
そう言い返しても、ぐちぐちと何かしら呟いた球磨川は、理解不能といった顔で俺を見つめるばかり。思わず眉を顰めてしまうと険悪な雰囲気が流れてしまった。

違う。そんなことをしたいわけじゃないのに。

球磨川がはぁ、とため息をついたのがやけに耳に残った。そしてそのまま、球磨川は口を開いた。離してよ、とでも言うつもりなのだろう。

――だから、解れって!

そう思って、全然解ってないその鈍いバカの肩を掴んで押し付けた。
『った……』
小さく呻かれ非難の眼差し。
「あ、ごめ、……じゃなくて!」
『……なんだよ』
むすくれた球磨川のために、恥ずかしいと思いつつ、耳元に口を近付けた。
口の中でその甘くて苦い言葉を転がせながら、暫くして告げる。


「そういうのさ、誘ってる風に見えるんだって。普通」
『……「誘ってる」?』
はぁ?という顔にあぁぁと叫びたくなるのを抑えて追撃。
「だって……――裸エプロンだろ?」
流石に恥ずかしくて、さらに小さく囁く。


「――そういう気分にも、なるだろ!」
『え?』
「……それくらいにはお前のこと、好きだし」

可愛く、見える。


察しろバカ!と怒鳴ると、球磨川は目を見開いていた。

――お前は、自分が裸でいてもどんな格好でいても、相手は反応しないくらいに思ってる。
それは過剰なまで過負荷的自意識とか、劣等感とか……
自分の行動で相手から構って貰えるなんて――思えないんだろう。
それがお前のお前らしさだとしても、こういう風に無自覚なのは大変よくねぇんだよ!!
……ほら今だって、俺が頑張ってることなんか気付いちゃくれないんだ。

――解ったか。

言い終えたと同時に、ぎゅうと球磨川の足の間に自分の足を滑り込ませ、腰に手を回す。
『ちょっ、……っあ!』
ほんの少し足に力を込めると、顔をで赤らめびくっと震える。
それでも球磨川は、一瞬俺を睨んだものの抵抗すらせず、ぎゅぅとエプロンを握り締めた。
『……はは、くそぅ、これはやられたな……』
「……」
『あー今更なんか恥ずかしくなるとか、最悪だ!』
今はそれでいいと思った。だから、
「まぁ、それでいいんじゃねえのか」
少しずつで――そう呟きながら腰から太ももに手を乗せると、普段ならやらしいだのなんだのからかう癖に黙り込んでいる。
つつとなぞっても、
『……ん』
小さく声を漏らすだけ。
身体を近寄せると、またびくんと震えたものの、それでも普段の方が嘘みたいにしおらしい。
エプロンをずらして首に鎖骨に肩にと口付けた。それでもふぅと息を漏らすだけ。面白くて首筋を吸うと、小さく声を漏らした。
「……っは、……抵抗しねえのかよ。ここ、学校だぞ」
『っ!……うっさい……』
俯いたままでいる球磨川の顔を確認するために、足を曲げて球磨川を下から覗き込む。と同時にエプロンをめくりあげて、内ももに唇を落とした。若干、際どいところに。
『っひゃ、おい!!……ちょ、見、んな!!』

真っ赤な顔をただ隠すようにしていた腕を掴んで、
「……球磨川、ちゃんと解ったかどうか教えて」
『!!』
「……球磨川」
卑怯かも知れないなと思いつつ、ちゃんと分かってるか聞きたくて。
そうもう一度名前を呼んだだけで、球磨川は困ったように眉を下げる。球磨川は何にでも弱いけれど、お願いに一番弱かった。

その証拠に――ぽつりぽつりと、呟き始める。
『あーあ解ったって……もう、何で言わせるんだよ……だってさ、』

自分に好きな人から興味――違うね。自分に、好きな人から欲情して貰えて、

『――それで思った以上に嬉しくて、どきどきしてるし、照れて、あと……それこそ僕も欲情しちゃってるなんてさ……僕がバカみたいじゃないか!』

「!!!」
『っちくしょう!』
驚いて立ち上がれば、球磨川は真っ赤に顔を染め上げて、下から睨みつけるように俺を見上げた。
『あぁまた勝てなかった……』
球磨川はうなだれたようにぽすん、と俺の肩にもたれ掛かる。
その頭をぽんぽんと叩くと、球磨川は小さく呻きはじめた。
『恥ずかしいー………あーもう!!』
「うぉっ!!」
突然ぐい、とジャケットの肩を掴まれて、唇に柔らかい感触。反動でかちり、と歯が当たる。それに驚いた隙を突かれて、ぐいと口を抉じ開けられた。それに思わず目を丸くする。

『……っ、ふ、』
真っ赤な顔で必死に舌を絡める球磨川。

(……そういや、欲情してるとか言ってたな……)

そう思うといつもより必死な球磨川が可愛らしく思えて、でもすぐにそれもすぐ直物的な欲求に支配された。
歯を歯茎を舌でなぞりあげて、球磨川のをからめとって。
次は何も考えず、ただ口を蹂躙してみる。くちゅくちゃとやけに粘性の高い音が、鼓膜から頭を嬲っているのを他人事のように聴いていた。
くぐもった声は、鼻にかかるような甘い声。胸のあたりがごちゃごちゃして、ない交ぜになるような甘くて苦い味。クセになりそう――じゃなくて、もう大分前からずっとなっている。
『んっ……むぅ……ふ、ぁんっ』

暫くして唇を離すと、つぅと銀の糸が伸びて、切れた。

『……ったく』

球磨川ははぁ、とため息を漏らす。
なんだよ、と恐る恐る顔を覗き込むと、『えい』、とデコピンされた。
「いでっ」
『……次は、メイド服にでも挑戦してみるね』
「お前……」
思わずもう一度言ってやろうかと思ったが、あぁ違うよと球磨川は薄く笑う。

『善吉ちゃんは僕でも誘惑出来るって分かったんだからさぁ――』
そう的外れなように見えて的を射たようなことを呟き、俺のネクタイに手をかけ、

『裸エプロンもメイド服も、脱がしちゃダメだからね?――脱がさずにするんだよ?』


最後まで――と、挑発するような口振り。
その一言で、ここが生徒会室なんてすっかり忘れて、俺は球磨川を抱き締めた。


















おまけ

『いやぁ……ここでするのは良くなかったね……思い出すし』
「あぁ……明日から普通な顔して生徒会の仕事なんか……できなさそうだ」


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