とりあえず、取り留めもないことを取り留めなくだらだらと書き続けることにしました。




Act.1[球磨川禊が死んだ日]
球磨川禊の遺書




毎日が寒く寒く、どんどん寒くなっていきます。僕は毎年この時期に死ねたらいいと思っていました。
でも今年はそうは思いません。今年、僕が初めて僕になって、今になりました。
そして、願うならばこれを読んでいる僕と、今の僕がまるで違えばいいと思います。こんな痛々しい時期もあったのだと、笑って読んだ後に破り捨ててくれることを僕は望んでいます。

前置きが長くなりました。僕は未来の僕が今の僕よりマシになっていることを願う為にも、丁寧に話をしていこうと思います。
そして、全ての選択をあなたに委ねたいと願います。

目の前には今、もちろんテレビや筆箱、それと螺子があります。
マイナスそのものを形取るそれは、僕の始まりそのものを象徴するそれです。

そういえば今まであまり考えていませんでしたが、僕のマイナスはどうしてこれなんでしょうか。
飛沫ちゃんは日常的にケガをしていたからでしょうし、怒江ちゃんは自分が愛されない理由を作り、強い自己嫌悪からあんな風になったんだろうと思います。
蛾々丸ちゃんに関しては、彼の欠点として十分なデータがないから分かりませんが、きっと彼の理解不能な沸点にも何か原因があるのでしょう。

そう考えると、僕の始まりのあれは、僕そのものだと思います。

僕は人が好きです。めだかちゃんみたいと読んでいる僕は笑ってくれるでしょうか。普通に人が好きで、惚れっぽくて、人に好きになってほしいと願っていました。

だけど僕は怖がりなので、弱虫なので、めだかちゃんほど強くないので、人が僕と同じように堕落することを望みました。そうすれば誰も僕を裏切らないし傷つけないし嫌いにならないと思いました。
その僕の汚らしい願いを叶える為に僕の始まりは終わりを迎えます。
誰かを堕落させ、自分と同じようにさせ、僕らしさを植え付けさせ、一緒にいたい。
僕は生まれたときからそうでした。生まれたときから終わっていました。人生とは死という恐ろしいマイナスに向かって伸びています。
だから、生きている間にしたことは全て無くなってしまうんだと思っていました。だから、人生には何の意味もなく、誰かの人生を終わらせたとしてもそれは遅かれ早かれ訪れてくるものだから、僕は悪くないはずでした。
だから、せめて大好きな人と一緒に迎えたい。
その発想は僕にはとても自然でした。
今思えば、僕は死をひどく恐れていました。絶対的な終わりは無に感じました。死への恐怖、拭えない終わりへの不安、それが僕が僕たる所以だと思います。自分の思いのままにならないものは嫌いです。それが、死であり、負というものでした。
ですがもしかしたらそれは逆で、死が怖い理由は、きっと人生に負けてしまったという意味に感じているからかも知れません。

だから安心院さんから課せられたスキルに僕らしさを加えて喪わせたときに、死すらなかったことにするものになったのは当たり前でした。
僕は全てをなかったことにする死を、なかったことにするものでなかったことにしました。いたちごっこのようなこれが、マイナスらしいとも僕らしいとも思います。

話がずれました。
死は絶対的な負けです。人生にとっての負けは死です。
ですが1つだけプラスな死。それがいわゆる心中ってやつなんだと僕は思います。来世のために、今は一旦死んでみる。来世を明るくするために、死ぬ。だからこそ僕はそのプラスな死に方にひどく焦がれていました。

そしていま手元にあるこの螺子もそのために生み出されたものであり、いつ使命を果たせるのかと冷たく鈍く輝いています。昨日、夕日を浴びて温かく光っていたのが嘘のようです。




昨日はいい天気でした。僕は生徒会室で仕事をしていました。彼も仕事をしていました。僕たちは二人だけではしばらくは喋りませんでした。何故なら他の三人が楽しげに話していたので僕たちもその三人と話していたからです。

ですが彼は突然あぁ、と呟きました。

あの書類球磨川ちゃんとこっちに運んだか。

僕は該当するのが何か分からず眉をひそめました。

あれだよあれ、昨日の会議の。あぁ忘れてた。よく思い出したね。あれに俺の書類もある気がしてな。

彼は取りに行く、と続けて部屋から出ようとしました。僕もついていく、なんて言って彼の横を歩きました。彼はゆっくり、僕と歩幅を合わせるように歩きます。それを僕は、嬉しく思いました。彼はいつも通りふざけたような口調で僕と喋ります。それも嬉しく思いました。僕は、彼が好きなので。マイナスな僕にしては嬉しいことに、昨日、僕は彼に好きだと言われました。だからこの行動が、いわゆる恋人同士の二人っきりになるためのいじらしい時間であることもちゃんと僕は理解していました。


だからその初々しい嬉しさが僕の気を緩めました。

あぁ目の前には階段。階下の会議室に僕らは向かおうとしていました。僕は彼との幸せを噛み締めていました。僕は今限りなく幸せだ。

そう、思った瞬間です。


がくり、と『自分』が揺らいだのを感じました。端的に言えば足を踏み外したのです。
僕は不幸な生き物じゃなかったのかい?自問自答が僕の体の自由を奪います。足から、ふと、力が抜けました。自分の体が斜めになります。ただ、転んだけです。ただ、落ちそうなだけです。いつも通りです。昔から運の悪い僕はよく転んで足を踏み外して外し続けた結果が今なのです。あぁやっぱり目の前には階段。階下の会議室に僕らは向かっています。隣には彼。

落ちてしまう。


ふと、その一瞬の間に彼の顔が見えました。驚いていました。
あはっと僕は笑ったような覚えがあります。彼は驚いたまま、多分本能的に僕の腕を掴みました。暖かい暖かい人の温もり。僕は彼が好きです。がくりと体が揺れて、彼に体を預けました。そしてすぐに持ちなおしてみます。
僕は、死への恐怖を、僕を、ただ受け止める彼が好きです。


ありがとうと似合わない言葉を吐きました。
彼は大丈夫かと言いました。

大丈夫。勿論。

そう言って僕は落ち着いた気がしました。でもそれを神様は許してくれません。ふとこのときに僕は僕をつかむ彼の手を見ました。彼の腕は鳥肌がたっていました。彼は気にしてすらいませんでしたが、それに後頭部を殴られた気がしました。僕に、おのずから触れるということはそういうことなのです。だけど彼は怖がりながらも僕を引き上げてくれました。僕は幸せでした。でも彼は不幸せです。可哀想だと思いました。彼は笑いながら何やってんだと言いました。僕は照れたように急いで階段を駆け下りました。そして彼を見上げて言いました。



『何やってんだよ。早く降りてこいよ』



僕の本心でした。早くココにおいで。僕に触れるたびに僕を拒否しつつ受け止める彼が可哀想だと思いました。僕は僕が揺らごうがどうなろうが、君が可哀想なのが辛い。僕はこの台詞を彼に言ったつもりはありません、彼の体に言ったつもりでした。早くココにおいで。そしたらなれるよ。僕に成れるよ。僕に慣れるよ。



気づいています。僕はおいでといいつつ、突き落とそうとしたのです。



でも彼は笑顔で駆け下ってくれました。その瞬間、今目の前にあるこの螺子が僕の手元に生み落とされたのを僕は覚えています。


会議室につきました。僕は彼が書類を手に取るのをぼんやりと見ていました。手の中の螺子はいつもよりも小さくて、鋭利で、そのくせ、きらきらといつもより輝いています。だから隠すのは簡単でした。多分、僕が彼に抱く思いと同じです。

夕日がきらきらと、それと彼の髪を甘く光らせています。僕は美味しそうだと思いました。彼が甘い何かなら、僕はそれにたかる害虫です。そして今まさに、その虫がそれに自分の雑菌を移して、他の人は到底食せないほど腐らせようとしています。
それでいいのかなと思いましたが、それが僕だと思いました。


僕は彼が振り返った瞬間、こけたフリをして彼に抱きつきました。手のひらに隠すように、僕らしさを持って君を一生に愛してあげる。一緒に死のう。一緒にマイナスになろう。一緒に、今の僕らを殺そう。一生恨みも悲しみも憎しみもない全部プラスでマイナスな僕らになろう。あとは、この切っ先を君に向ければ、おしまいです。
彼は驚いたように受け止めます。でも彼はほんの少し顔を赤らめていました。僕に触れられて、恐れているくせに。不幸なくせに。
なんて幸せそうな笑顔なんだろう。
急に心の奥底が冷えて冷えて凝り固まっていくのが分かりました。



『あは、ごめんね!』

どうしたんだよ。
僕は、ダメだと思いました。僕がダメだと思いました。これでいいんだと思いました。これが僕だとも思いました。

足が痛い。
やっぱり痛めてたのか。彼は呆れ顔です。でも、彼は優しく、少し戸惑うように僕の背中に腕を回しました。
うん。

嘘をつきました。いつも通り、僕らしく、嘘をつきました。
彼は僕を抱きとめたまま階段に足を掛けました。僕を気遣うように、


大丈夫か、一緒に上がれるよな?


それで目が覚めたような気がしました。
彼はさっきと同じように僕の腕を掴みます。僕はそこまでじゃないよ大丈夫だよといいつつその手を振りほどくような真似はしませんでした。
彼は満足そうに生徒会室についてから手を外し、ドアを開けながら帰ってきたぞーと呑気に言いました。三人は笑いながら僕らを話に加えます。

僕は何事もなかったかのように彼から書類を受け取って、そしてそのまま仕事を終え帰りました。



やっとすべて書き終えました。
これからが本題なのです。

僕は、僕の選択を未来の僕に委ねます。


この手紙と一緒にきっとあるはずのこの螺子を、僕はどう使いますか。
任せたいんです。僕は、あなたは、僕の気持ちを知っているあなたは、どうしてくれますか。
あなたがいいと思うようにあなたがとりはかって下さい。あなたがしたいことをして下さい。
これを使って今の彼を殺して、プラスの僕を殺せば、きっと僕は彼と一緒に不幸になれます。でも、それはもう、僕にはできないんです。
これをあなたがいつ、どのタイミングで読んでいるのかわかりません。

もしかしたらこんなことを思うのがバカみたいに彼への思いが消え失せているかも(でもそんな気がしないのは、単なる僕の当たらない予想なのでしょうか)だし、未来は誰にとっても幸せであるべきだと思います。
僕は愛したいより愛されたいのだと気づきました。彼と一緒に落ちるより、彼と一緒に上がりたいのだと気づきました。それは、とても難しいと今更になって思います。


そして今、失ったものほど大切だと気づくことに気づきました。
今、すべてをなかったことにできたらいいなと思いました。これを書いたこと、これを書こうと思ったこと、彼へのこの思い。失えばすべて大切だったという気持ちだけで昇華されるのでしょうか。

でも、何もかもすべて手遅れなのが僕なのでした。もうあんな意味不明なスキルは僕の中にありません。だけど、もし本当に僕の願いが叶うなら、せめてこれを僕が書いたことを忘れたいと思います。僕の中にほんの少しでも残っていいるはずのそれが僕にそんな風にマイナスに働いてくれる気がします。それは期待ではなくて、予感です。


あぁ、どうにかして、本当になかったことにしてしまいたい。

神様がいるのなら、せめてそれだけの不幸を僕とあなたにください。





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