初めて声を掛けられてから、一緒に帰ることが習慣のようになった。
彼女は本当に大変な人見知りらしい。
最初はおずおずと、いやむしろどうしてこんなことをしてしまったんだろうとでも言うように、引きつった笑顔で話し掛けてきていた。
でも僕からしたらそんなのは当たり前だし、人見知りだろうがなんだろうが、相手さえ居れば適当に話を振ったりくらいはできる。

それは三日だった。三日もすると彼女は僕の話に笑い、ツッコミ、時折どん引きながらも楽しげに歩くようになった。
それは僕の人生において初めての体験だった。




代わりのキミを



僕は話すのが好きな部類で、彼女は聞き上手な部類になるらしい。
僕が話す口からデマカセを彼女は面白そうに興味深そうに聞いてくれる。そのときの彼女の優しい微笑みが僕は好きだ。
それは僕が今まで出会ったどんな女の子より優しくて、ほんの少しだけ白状するなら人吉せんせいみたいだと思っている。
人吉せんせいの笑顔を踏み躙った稚けなかった僕を思い出して、趣味って変わらないなぁと笑う。

「どーしたの禊ちゃん」
いきなり笑ったりして。彼女は口を尖らせて訊ねた。
「『いや、ちょっとした思い出し笑いだよ。別に喜界島さんを笑ったわけじゃあない』」
「ふぅん……ならいいけど」
「『ほら、話を続けてよ。めだかちゃんと遊園地でなんだって?』」
今日は珍しく、彼女がお喋りな日だった。
だからこんな珍しいことを自分も考えてしまうのだろう。
「そう!黒神さんったらじぇっとこーすたーも知らなかったんだよ」
「『へぇ……流石めだかちゃん』」
「それをね、人吉に教えたら『なんで女子だけで遊ぶんだよ!連れていけよ!』って言われて」
彼女の物真似は特徴を掴んでいて、思わず吹き出してしまう。
彼女はそれを見て得意気に胸を張った後に、
「今度一緒にいこうね!」
そんなことを言うのだ。まるで内心を見抜かれたようでどきりとするような、優しい笑顔だった。
「『……うん』」
「?」
僕の反応に、何か悪いことでもいったかな、とでも言うように首を傾げる。
「『遊園地なんか行ったことないからさ』」
彼女はぱっと表情を明るくさせた。
「そうなんだ!私も小さい頃一回っきりだったよ。最近、それこそ黒神さんと行ったのが久々だったから」
「『小さい頃?』」
「うん。お母さんと昔。まだお母さんが元気だった頃」
そういえば彼女のお母さんは、今入院中なんだっけ?普段の彼女からそんなマイナスな匂いは少しもしないから、すっかり忘れていた。
「『……お母さん、ね』」
優しいんだろうね、と思わずつぶやいて、失言に気づき手で口を抑えた。
「うん。……禊ちゃんは、……あ、えっと、言いにくいなら言わなくていいけど」
ちらり、と彼女を見やれば僕より彼女の方が緊張しているようで。
「『んー僕的には何ら支障はないけれど、』」
その気遣いの意味が分かる僕は、
「『また今度の機会にしようか』」
と曖昧に逃げてしまう。
すると彼女は、
「……うん」
と、ほっとしたような申し訳なさそうな、そんな見ているこっちが無条件に許してしまいたくなるような表情で、僕を見つめた。


そして、続ける。
「……私、禊ちゃんのこと何にも知らない、よね」
「『!』」
彼女のその真剣な面持ちに、思わず足を止める。彼女も立ち止まった。


「それがね、とっても悔しかったりしたときもあるの」
「『……』」
僕も彼女を見つめ返した。
「でもね、禊ちゃんが本当はすっごい優しくてちゃんと考えてるって分かった。それだけで、たったそれだけで、もう十分だなぁって、今は思う」
僕が黙って聞いていると、彼女はふわりと表情を緩めた。僕が大好きな優しい笑顔。そして、
「『!』」
僕の手を包み込むように握った。あたたかくて柔らかい、可愛い女の子の手。だけど、僕なんかよりずっとずっと強い手。

「……だから焦らないことにしたの」
だって、まだ知り合って1ヶ月も経ってないんだもんね!
彼女はそう言って可笑しそうに笑う。そして前に向き直る。手は、あたたかいまま。

「ね、行こう!」
「『!』」
突然彼女が歩き出したので、僕は思わずつんのめりながら彼女を見る。
彼女はいつも通りそのまま優しく微笑んでいた。僕と指を絡めて、まるで子供の手を引くようだなぁとぼんやりと思う。

本当に今日は互いにらしくない。お喋りな僕が黙り込んで、聞き上手な彼女がお喋りで。でも、嫌いじゃない。むしろ、こうなることを僕は望んでいた節があった。
「『…………』」
自分のことを知ってほしいと思うから、無駄に僕はお喋りで、でもそうじゃなくてもいいんだよと僕は彼女に今、肯定された。
その優しさは人吉せんせいよりも可愛らしくてめだかちゃんよりいじらしくて安心院さんより大好きだ。

そして、そんなふうに無条件に僕を好意的に思う人の定義を、僕はまだたった一つしかこの短い生涯の中で知らない。
それは奇しくも、今彼女と話していた人物だった。

「『……喜界島さんって、まるで僕のお母さんみたいだね』」
「えっ?」
突然僕が話したからか、彼女は目を瞠って僕を見た。
「『いや、僕のお母さんが喜界島さんみたいって意味ではなくて、』」
お母さんって、こんなふうなのかなって思っただけさ。
括弧付けてそう言ったけど冷静に考えたら二つも下の女の子に言ってよい台詞ではない。今日は失言ばかり、僕らしくないことばかり。彼女の前だと、僕の括弧付けはぐらぐらとしてしまうみたいだった。
「『まぁ、』」
気にしないでと続けようとして、
「……禊ちゃん!」

彼女に抱きつかれて言葉を飲み込んだ。
「『喜界島さん!?』」
「嬉しい、嬉しいよ」
彼女はそう繰り返して、僕を抱き締める。優しくてあたたかくてやっぱり。
「『喜界島さん、』」
「禊ちゃんのこと、知りたいなんて思ったけど、もうそれだけで、本当に十分」
「それくらい、その言葉は力を持ってるんだよ」
彼女はそう言って、僕の手を強く握った。

「『……』」
「ありがとう」
「『……ごめん。なんだか』」
「禊ちゃん、」
「『ごめん。ほんの少しだけ、ほんの少しだけ、甘えさせてほしい』」
「……」
「君を代わりに抱き締めてもいいかな」
「勿論だよ!」
「喜界島さん」
「なぁに、禊ちゃん」
「二歳も君の方が下なのに、君は本当に強いね」
「ううん、本当は違うよ。強いのは禊ちゃんの方だもの」
「……そんなこと、ないさ」

僕を優しく抱きしめたまま、彼女はふふと笑う。
僕はみっともないかっこ悪いなと思いながら、せめて泣き顔だけは見せたくなくて彼女の胸に額をこすりつけた。本当に彼女がお母さんみたいに僕の頭を撫で出したせいでなんだかたまらなくなった僕は、もう出来るだけ嗚咽を隠す努力だけをして、ソレ以外のすべてを放棄する。

人間って、悔しくなくても悲しくなくても嬉しくなくても痛くなくても泣きたいと願ったわけでなくても、涙が出てくるんだ。それも、僕にとって初めての体験だった。
でもそんなのは今の僕には受け入れられない。彼女の優しさが僕のダメなところにしみて、じわじわと胸が痛くて仕方ない。だからきっと涙が出るんだろう。


「禊ちゃん、ありがとう」
彼女がそう僕に囁く。僕は彼女の感謝の言葉にどう感謝したらいいのかを一生懸命考えながら涙をこぼしていた。


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