私が空腹の次に嫌いなものはなんだと思う?

そういえばこんな質問を前、人吉にしたことがある。
人吉は答えられなかったけど、正解は「退屈」。あたしはつまらないってのが嫌いなのさと笑ってみると、人吉はそうだろうなと苦笑い。

でもね今。もう1つ、追加したいと私は思う。





正喰者の独白








不知火半袖は暇を持て余していた。

授業終わりの放課後。
なんだか怠惰に過ごすより何かして気晴らしをしたい。けれども、何をしたらいいのかは思い浮かばない。
暇。

ぽっかりと空いた胸の喪失感。

空腹に似たソレは、不知火にとっては不愉快の極みであった。

不知火ははぁ、とため息を吐いてパンを貪る。むしゃむしゃ。その音に合わせて思考してみる。

さて、どうしようか。このまま家に帰ってしまおうか。それとも寄り道して買い食いでもしようか。

だけどいつも通り過ぎてそんなのは嫌だ。

そう思って目の前をぼんやりと見つめる。パンが無くなると同時に思考は途切れた。


そしてそのままぼーっとしていると、クラスメイトの白い制服がちらちらと視界の端に映りこむ。


白、白、白、白。

――黒?

あ、と思わず声を漏らしてしまい不知火は口をおさえた。そしてがたりと立ち上がる。驚いたようにその黒が振り向いた。不知火はその顔に向かって呼び掛ける。

「ね、人吉!!今日生徒会室遊びいっていーいー!?」
身長差故に見上げるような形でそう問うと、

「?……まぁ別にいいけど」
黒に身を包んだ友人――人吉善吉は突然の問いかけに驚きつつ答えた。
続けて、特になんかあるわけでもないし、つまんないぜ?と言う。

それでもいい。暇が潰れさえすれば!

不知火がそう告げると善吉は苦笑いして続けた。

「腹が充たされたら暇になったのか」
あったりー!

不知火はあひゃひゃと笑った。





***







「おーっす」
「おじゃましまーす」
「『こんにちは善吉ちゃん……と不知火ちゃん?』」

いたのはたった一人だけ。その一人――球磨川は書類から顔を上げて挨拶し、珍しい来客にあれと驚いた顔をする。

「遊びにきちゃいましたー☆」
「らしい」
善吉がそう言って不知火を指差すと、球磨川は笑って
「『久し振りだねー』」
不知火も微笑んでそれに答える。
「ですね。面白いものでもないかと暇つぶしに見に来たんです」
不知火の言葉に善吉がやっぱり不思議そうな顔をした。
「別に面白いことなんかねえんだけなー……そういやめだかちゃんたちは?」
球磨川は問いかけに答えた。
「『まだ来てないみたい。一番のりだったし』」
「そっか。じゃああとであの書類忘れないように提出しなくちゃだな……あ、横通る」
「『ん』」


軽く言葉を交わしながら日常を繰り広げる。きっと、他のメンバーがいてもこの雰囲気は変わらないのだろう、と不知火は推測した。まるで戦挙などどこ吹く風、に感じられる。
だけど今球磨川の腕に収まっている水色は確かにあの一件を思い出させた。


その様子は不知火に新鮮な印象を与えた。


しばらくして。
「……本当に、改心したんだなぁー」
不知火は暇だから、と善吉の書類の手伝いをしながら、思わずそう呟いた。多分球磨川には聞こえないくらいの小さな声。それでいい。しかし、隣にいた善吉は反応した。

「球磨川?」
「うん」

その言葉を受けてゆっくりと、少し離れた場所で真剣に書類に目を通している球磨川を善吉は見つめた。

(……あれ?)
不知火はその善吉の目つきの柔らかさに思わず心中で疑問の声を漏らす。
しかし不知火は持ち前のその性格を遺憾なく発揮して、その声を実際に発することなどしない。

「ん、まぁ……まじめになったというか。ちゃんと仕事こなすしな」
小声でそう球磨川を褒める善吉に不知火はなんとなく、乗っかって返事する。
「ま、あの人はエリートぶち殺すとか物騒なこと言うしけど、本当ならお嬢さまレベルに要領よくできるはずだしね」

「まぁ、そうだよな……」
その反応に、不知火はにやりと笑って続けた。善吉はその笑顔には気付かない。
「だから?お嬢さま大好きな人吉クンがあの人のこと好きになったって当たり前だよねぇ?」
「まぁ、そうだよ……って何言わせてんだよ!!!」
一瞬まんまと乗せられかけた善吉は振り向いて不知火に突っ込みをかます。球磨川を気にしてだろうか、小さな声で叫んだ善吉に不知火はきゅぽんと可愛らしく笑って、
「えっちがうのぉ?」
「違うに決まって、」
そこまで叫んで、善吉は口を閉ざした。顔を真っ赤にさせて何か言おうとして思いとどまる姿に、不知火は疑問が確信に変わるのを感じた。真っ赤な顔で、口をぱくぱくとさせる善吉はひどく滑稽であったが、それは微笑ましさに思わず笑ってしまうようなものである。不知火はまるで年上のようにふふ、と微笑んでみせた。

「……本当に人吉って嘘が吐けないというか、なんというか」
「っ!だから、っ!!」
「はいはい分かってる分かってる」
未だに真っ赤な善吉に向かって不知火はひらひらと手で扇いだ。善吉はその態度に思わず声を大きくして、

「だから!球磨川のことなんかなんともっ、!!!!」


「『なにそれ。傷つくなぁ』」

ひょこ、と背後から善吉に抱きついた球磨川が、さして傷ついてもない風にそう言った。善吉の首に腕を絡めて密着する。

「っっ!!!うわああああ!!」
「『叫ばないでよ耳元でー』」
球磨川は驚いている善吉を無視して、不知火の方をみた。
「『なんの話してたの?』」
「いやいやセンパイ。分かってる癖にそういうこと聞いたら野暮ってもんでしょう?」
「『え?わかんないよ?仕方ないなぁ。善吉ちゃん何の話してたの?』」
未だに抱きつかれたままで目を白黒させている善吉にそう球磨川は問いかけるも、善吉は質問には答えずに、
「離せ!!バカ!!!!」
「『なんでだよー僕の欠点をカバーするって言って抱き締めてくれたくせに。一緒に死んでくれるって言ったじゃないかー』」
「棒読みでそういうこと言うな!あと色々と誤解を生むような発言はやめろ!」
「『えー』」
「離せ!」

善吉がそう叫ぶと、球磨川はぴたり、と口を噤んだ。
あれ?と球磨川の顔を覗き込む善吉。

球磨川は俯いた。
「『……どうでもいいとか、離せとか、やめろとか』」

不知火はわぁとわざとらしく口を抑える。善吉は聞き返した。
「……え?」
「『いくら僕でも、むしろ今の僕だからこそ……傷つく、よ』」
球磨川はぎゅ、と首に回した腕の力を強めた。微かに震えているように見えて、まるで泣いているようだ、と不知火は冷静に観察した。

「『せっかく改心して、みんなと仲良くなれたのに……』」
ばっとあげられたその顔は悲しげに歪んでいた。
「『……キミの心は改(か)わってはくれないの?』」
それは悲しいな、と球磨川は痛々しく微笑んだ。


「……っ!球磨川!」

そう言われて善吉は球磨川の背中に手を回してがっしりと抱きしめる。
「そんなわけない、だろ」
そう顔を真っ赤にさせて呟く様子に、不知火は思わずジト目になる。

(………ひどい茶番だ)

そして当の本人の球磨川は、自分より体格のいい善吉に埋もれるように抱きしめられて、一瞬本当に驚いたように大きな目を更に丸くした。

しかしその目をそのままいやらしく細めて笑う姿に、不知火はやっぱりと納得する。球磨川の手は自然に善吉の背へ。

そしてそのまま球磨川は不知火に親指を立てて、星が飛び散るようなウィンクを投げかけた。


それを受けて不知火は、ははと半笑いで応えるように親指を立てる。

(……アンタもかい!!!)


思わずそう叫びそうになるのを堪えるように、不知火は飴を取り出す。そして齧り付いた。がりがり。見せつけてくれちゃって、という呆れ。がりがり。

しかし齧っても齧っても、飴は何故だか甘く感じない。それでも不知火はがりがりと続けてそれを咀嚼する。することがないからというより、最早惰性と化した癖のように噛み砕く。



(……取り敢えず、お嬢さまたちまだかな……)


切実にそう思わずにはいられなくて、不知火はこの面白いというには面白すぎる状況にため息すら吐けなかった。


(――だけど)

そう。生徒会室に行く前に感じたあの暇というにはぽっかりと空いた胸の喪失感はなくなっている。
やはりここに来たのは正解だった。不知火は口の端を釣り上げる。


(ごちそうさまでした☆)


そう心のなかで呟いて、二人の世界を邪魔しないようにそっと手を合わせる。バキッと飴が全て口の中におさまる。分かってる。甘ったるすぎて、きっと甘さが分からない。むしろ、自分のキャパシティオーバー?


――だってこんなに甘ったるいもの、あたしが食べれるわけないじゃない!



不知火は呆れる気持ちも失せて、なぜだか楽しくなって思う。


ねぇ二人とも。あたしが「空腹」と「退屈」以外で嫌いなものははなんだと思う?
わかんないかな。わかんないよね。

じゃあ正喰に教えてあげる。

――空腹。
――退屈。
あと1つ。

――あんたら二人の幸せが、あたしの目には眩しいの!


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