僕の恋は本物だけど




球磨川と人吉は誰もいない教室で話し込んでいた。一年一組。人吉の教室だった。
球磨川は机にもたれかかり、人吉は椅子に座っている。放課後のよくある光景に思えた。

「『えーじゃあ今度の土曜ね?約束だから』」
「あぁ。絶対守る」
彼らは互いに見つめ合い微笑みながら話していた。
今週の土曜、一緒に遊びに行こうというよくある普通の話。
恋人同士である二人に当てはめるなら「デート」と言うべきだろう。

「『ったく、絶対だからね!』」
「はいはい」
球磨川は拗ねたように人吉に言った。人吉は苦笑いをしながら返事をする。
「そんな顔するなって。俺は球磨川が笑ってる方が好きだな」
そう言って人吉は球磨川の頭を撫でた。
「『僕は善吉ちゃんがどんな顔でも好きだぜ』」
それに赤くなった人吉は、球磨川が複雑そうな顔をしたのには気づいてなかった。

「じゃあ帰ろうぜ、もう遅いし」
人吉が立ち上がって脇に置いていたバッグをつかんだ。球磨川はそうだね、と頷いてそして自分のバッグを肩に掛けた。

そして共に教室を出る瞬間に、あ、と声を上げた。人吉はどうしたんだと聞く。
球磨川は思いっきり顔を顰めてみせた。

「『あっちゃー……僕傘置いてきたみたい』」
「え?まじかよ……待ってるから取ってこいよ」
人吉は呆れたように球磨川を見る。
「『うん。じゃあ校門前で待ってて!すぐ行くから』」
それなら、と人吉は教室を後にした。
そしてすぐに球磨川も自らの教室に足を向けた。早く行って、早く帰ろう。
ただ単に人を待たせたくない、というだけの理由が彼に災いした。




「球磨川くん」
目の前に突然現れた安心院に、球磨川は一瞬目を見開いた。

「『なんだよ安心院さん』」
「おや、つれないなぁ」
安心院はふふふと笑う。その様子が球磨川には不愉快に感じた。彼女は神出鬼没でありそれは防げない。
ただ、彼女とふたりきりになると過去を思い出してキリキリと胸のあたりが痛み出すのが不愉快だった。それを彼女がそのおかしなスキルで見通している気がしてさらに不愉快だった。

「『用件は?』」
球磨川は思わず硬質的な声でそう聞いた。
「用がなきゃ駄目なのかよ、球磨川くん」
そんなことないだろう?と安心院はいつも通りの食えない笑顔で球磨川に返した。

「『とりあえず、僕は質問を質問で返されるのが嫌いなんだ』」
「球磨川くんに嫌われるなんて魅力的だけど、話が続かないから言葉遊びは辞めようか」
安心院はにやりと笑って続けた。

「祝福しに来たんだよ」

彼女は更に笑みを深めた。
「『……なんの?』」
「おや、ひどい。君と善吉くんの進展にさ」
球磨川は顔を歪めた。
「『それはありがとう。なら早く行かせてほしいんだけど』」
そう言って振り返る。彼女に付き合うとろくなことがないのは知っていた。

「まぁ待ちなよ。おめでとう。心から祝福するよ。そして残念だ」
「『……何がいいたいの』」
ぴくり、と球磨川は反応した。
「そんなに不安げな顔をしないでおくれよ」
安心院は軽薄に笑った。球磨川はまたキリキリと胸が痛み出すのを感じる。不愉快。過負荷である自分が抱くこの気持ちを不快感と名付けてよいのかは分からない、が。
球磨川はますます顔を歪めた。

なんだか、彼女と話すと自分が自分で無くなるような気がした。
むしろ、自分が書き換えられていく、ような。

「ま、祝福は冗談じゃないさ。幸せそうで何より」
安心院は軽薄な笑みをいつもの笑顔に戻して冗談めかした口調で言った。

「僕の顔を剥いだ君がする恋とやらに、僕はすごく興味がある」
「『愛の告白ならもっと昔に聞きたかったね』」
「ふふ、球磨川くんが好きなのは今も昔もめだかちゃんと善吉くんだけじゃないか」
「『安心院さんのことも好きだったと思うよ。わりと』」
「普通好きな女の顔剥いだりしないぜ?」
「『僕に普通なんて言葉使わないでくれる?』」
「じゃあ質問を変えよう。善吉くんは優しいかい?好きかい?愛してる?」
「『……うるさいよ安心院さん』」

球磨川はうざったそうに安心院を一瞥した。
安心院はそんな球磨川を無視する。

「勿論そうだよね。善吉くんも君を君と同じくらい愛してるよねぇきっと」
「『……』」

安心院は特段表情を崩すことなく球磨川ににじり寄った。球磨川はそんな彼女を睨んでいた。
「君は不安なんだろう?君は自分の気持ちがわからなくなっているし」
球磨川は安心院のいうことを黙って聞いていた。
「どうして僕は善吉ちゃんが好きなんだろう。どうして僕は自分のこの恋が本物だって無条件に信じられるんだろう。安心院さんのときとはどうして違うのかな。もしかしたらこれは恋じゃないんじゃないかな。おかしいな、おかしいな」

安心院は嬉しそうに笑った。球磨川は悪趣味だ、と思って安心院をさらに睨んだ。
ぞわぞわとした気持ち悪さと……ほんの少しの羞恥。不愉快ではあるが、間違っているとは思えなかった。

「正解を言うとね。君は僕のことがだいっきらいなんだよ」
安心院は肩を震わせて笑った。


「本物の恋?笑わせるね」


「『……』」

「好きなんて本当の恋なんて。なんてひどい勘違いなんだろうね。君は過負荷だから人を嫌いにならないと思い込んでる。だから好きと嫌いを取り違えたりするんだよ」
球磨川は続けて黙り込んだまま聞いていた。
そういえば、と彼は思い返す。

昔から彼女はとても頭がいい。本当に。だけど彼女の言葉はひどく複雑だった。しかし、それは当たり前なのだ。彼女はただ目の前に転がっている石に話しかけているだけなのだから。

「なのに君はまだ自分は僕が好きと思い込んでて、だから自分の善吉くんに対して感じている気持ちが好きという感情で合っているのか分からなくて、不安がっていて、」
安心院は笑った。

「面白い」


球磨川は間をおいてふっと笑った。
「『……君にとって僕はただの娯楽なんだね』」
安心院は笑ったままだった。
「『悲しくなるよ。安心院さんのことは好きだから』」
「そうかいありがとう。僕も君のこと好きだよ。そこに落ちてる雑巾と同じくらい」
安心院はにっこりと笑った。球磨川はその笑顔をやはり不愉快に感じた。まるで自分が恋を知らないお子様だったみたいなことを安心院に言われるのは不愉快だった。
「好き」と「嫌い」の区別がついてなかったなんてことを自覚したことはなかった。

球磨川は押し黙っていた。安心院はじぃっとその様子を観察するように見ている。自分の投げかけた言葉が球磨川にどのような影響を与えたのかを冷徹に観察し記録する科学者のような目付きだった。




「『……僕は行くよ、もう』」
「傘ならもうあるよ。僕がとってきてあげたから」
安心院は何もないところからひょいと傘を取り出す。球磨川はそれを受け取って礼を述べた。
振り返って帰ろうとする球磨川を、安心院は呼び止めた。

「忘れてたよ球磨川くん。」
「『……?』」

安心院は思い出した、という風に切り出した。
「たとえ君の恋は本物でも、彼の恋は本物か分からないって不安もあった」
にやり、と安心院は笑った。
「『……うるさいよ、安心院さん』」

球磨川は一瞬押し黙り、そう返した。
余計なお世話だったかな、と安心院は笑う。
「『……僕にはちゃんと解ってるんだよ』」
そんなことくらい。
球磨川は陰鬱とした口調に似合わないセリフを吐いて、人吉が待つ校門へ向かった。安心院はそれを見届けてふっと笑い、姿を消した。





***





球磨川の姿を認めて、人吉は手を振った。球磨川も振り返す。
「おせぇぞ球磨川。心配した」
「『あははごめんね。ちょっと教室にいた子と話し込んじゃって』」
球磨川はそう答えて人吉に微笑んだ。
人吉はその笑顔に照れながら、仕方ないな、と呟き、歩きだした。

球磨川はそんな彼の背中を見ながら、螺子をするり、と抜き取った。素手では無理と悟ったからだ。


球磨川は自分の顔に手を掛けながら、愛しい恋人の名前を呼んだ。

「『善吉ちゃん』」
彼は振り返る。球磨川は微笑んだ。

「君の恋が本物か確かめさせてね?」


球磨川はそう言って、静かに。

自分の顔を、


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