夢枕





何もない真っ白な部屋に真っ白な机や椅子。そこに真っ黒な学ランで座っている自分。
僕はそんな状態で覚醒した。今この瞬間に身体が再構成されたのではないかと思うような唐突さ。


(ここはどこ……だろ)
僕は反射的にそう思って立ち上がろうとしたがダメだった。
そう認識した瞬間、足に鋭い痛みと異物が入っているという気持ち悪さが襲った。

「『――っ、ぁ!あ、え、なに?』」
声の出せない激痛に脂汗と涙が滲む。
踵が地面と黒い太い糸で縫い付けられているせいで立てないのだと気付いた。鮮血がその糸を赤黒く染め上げているだけで、元は白い糸だったのかもしれない。

僕はその痛みを耐えつつ辺りを見回した。腕を上げようとしたら左手首も同じように机に糸で縫い付けられていた。とたんに増える痛み。奥歯を噛み締めて悲鳴は耐えた。

常人なら痛みだけでショック死に至りそうだが、これくらいまだ平気だ。突然増えた痛みによる衝撃をなんとか耐えると僕は口角をつりあげた。

むしろ右手を動かせたことは僥倖と言えよう。
僕は右手で、拘束というには残酷すぎる糸を外そうと試みた。

(あれ……螺子が一本もない)
僕は右手で螺子を取り出して、道具に用いるつもりだったがすべてなくなっていた。

(困ったな)
そう思った瞬間、左手の甲にザクリとした衝撃とワンテンポ遅れた痛みがやってきた。

「『っ、は、ッ!』」
左手の甲に突き刺さる長い螺子。血がだらりと机にかかった。痛い。

「『っ、はぁ、はぁ……っくぅ……これ、僕の……?』」

その螺子は明らかに僕のものだった。意趣返しのつもりかと思うほどのタイミングだ。



今までの痛みが温いと思えるほど強烈な刺激。骨は砕けて肉や神経を蝕む凶器に変わっている。痛みでというより身体的ショックによる涙がポロポロと零れた。

(風穴が空くって表現はこういうときに使う、の、か、な)


僕の意識は痛みにトびそうになり、薄れていった。


だが残酷な暴力は終わらない。

それをつなぎ止めるように、次は右太ももに螺子が刺さった。正確無比に大腿骨を砕くための行為に、僕は、
「『――っ!!――――ひ、ぁ、ぁ、やば、い』」

痛みに目を見開かせ身体を震わせて、声ならぬ悲鳴をあげた。喉から呼吸の音が漏れ出た。

それと同時にこのやり方にデジャヴを感じた。
また霞む意識の中、必死にそのデジャヴを構成させる。
(……まるで)

「『僕みたいだろう?』」
目の前には笑顔の僕が居た。

「『……、や、っぱり』」
僕が僕の太ももの螺子を引き抜いた。

「『っ――――!!』」
ごりゅ、と言う音が耳にこびり付くように響いた。

「『痛そ……大丈夫?』」
彼はそう言って僕の傷口に手を添えた。とたんに痛みも傷も消え去る。

「『……』」
ある意味懐かしい感覚。なくなった僕のスキル。

「『全部なかったことにしたからもう喋れるよね?』」
彼はそう言って僕の頬に触れた。僕の足や腕の糸はなくなったが、代わりに太い紐で括られていた。拘束にはかわりない。

「『……何この状況。夢?』」
僕は彼にそう言ってみた。
「『味気ないなぁ僕……まぁ、そんな感じ』」
彼はそう言ってくすりと笑った。
「『僕に聞きたいんだけどさー』」
「『……』」
僕は答えない。
「『色んな人の人生を潰して潰して終わらせてさー』」
彼はきゃははと笑いながら続ける。
「『なのに簡単に改心してさーめだかちゃんについちゃっていいの?』」
「『高貴ちゃんを非難できないよね?ソレ。いや、もっと酷い。最低だ』」

「『……』」
僕は無言を貫いた。
すると彼は螺子を取り出して、僕の頭に突き刺した。

「『っ、ぁ、ッ!!』」
「『黙んなよ。答えろ。そして堪(こた)えろ』」
彼はそう言ってぐちゃぐちゃと頭に刺さった螺子を回す。

「『っ、は、ちが、っ』」
「『何が違うの』」
彼は冷たい目で僕を見る。
「『っぁ、僕は、……っ、ぁ』」
彼はまたなかったことにした。痛みも何もかもなくなる。

「『……答えろ』」
そして彼は続けた。
「『どうせここは夢で、聞いてるのは僕だけだ。……誰もいないときみたいに、括弧外して言ってごらん』」
彼は無機物を見る目で僕を見つめてそう言った。
僕はそれに答える。

「……僕は、結局生きていく意味を探してるだけだった」

僕はその目を見据える。

「僕はめだかちゃんに、善吉ちゃんに、高貴ちゃんに、喜界島さんに……もっと沢山の人にその意味を少しずつ教わった」

「だからといって僕はプラスになりたいわけじゃない」
彼はいつの間にか微笑みながら聞いていた。

「《異常》なくせして《普通》のフリするめだかちゃんみたいに」

僕は言い切った。

「《過負荷》のクセして《普通》のフリをしてみたいんだ」


「だから僕は全てを台無しになんかしない。全て背負ったまま、生きていくよ」
「それが僕の生きていく意味だって気付いたから――安心院さん」

彼は……彼女は更に微笑んだ。

「……そっか。なら、頑張ってね。球磨川くん」

彼女は姿を戻した。そして少しだけ困ったような顔をした。
「でもそれが、一番大変な道なんだよ?……これから先、君はそれで何度も苦しむだろうね」

僕は笑顔で返した。

「よかった。……そうじゃなきゃ、過負荷(ぼく)じゃない」

彼女は笑みを深めて僕に手を伸ばした。彼女の手が僕の視界を奪う。

そして世界は反転した。



***




「おい球磨川」
善吉ちゃんが僕の肩を叩いた。

「……」
僕はゆっくりと目を開く。彼は呆れたように僕を見た。
「ったく……いつまで経っても生徒会室にこねーと思ってたら教室で爆睡かよ……」
彼はハァ、と溜め息をついた。
「ほら、行くぞ!みんな待ってんだよ!!」
「『……ありがと』」
そう伝えると彼は、
「当たり前だろ、ほら、早く」
そう言って僕に手を差し出した。
僕はその手に掴まって立ち上がった。

立ち上がると、彼は僕の手を引いて歩きだす。その手から伝わる体温に、僕は小さく、ありがとうとまた呟いた。


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