約束はちゃんと守るもん





僕は少しだけ急いで生徒会室へ向かっていた。
ちょっと蛾々丸ちゃんと話し込んでいたら、すっかり遅くなってしまった。

一応僕は生徒会副会長。僕がいなくちゃできない仕事はたくさんある。
だから遅れてしまったら迷惑をかけてしまうかも、なんて今までは思わなかった殊勝な考えを抱きつつ足を早めた。

生徒会室の前についた。ドアノブに手をかけて開けようとしたが、話し声がないことに気づいた。

……あれ?誰もいないのだろうか。でも電気はついている。
おかしいなぁ、と思いつつ音を立てずに静かにドアを開けた。

するとそこには善吉ちゃんが机に突っ伏していた。

若干肩透かしをくらったような気分だ。どうやら急ぐ必要はなかったようだ。あとの三人はまだ来ていないみたい。
彼は待っているうちに暇になったのだろう、眠っている。

僕は静かに生徒会室に入った。ドアは音が気になって開けっ放しにしておいた。

魔がさすというのか。そのとき、僕はある考えを思いついた。

それは僕の気配がなかったことになっている、ということを利用したものだった。
いや、別にちょっとしたイタズラさ。

善吉ちゃんに気づかれないようにそぉっと移動して、寝顔をぱちり、と撮ってしまおうというよくあるヤツ。

うまく写メれたら待ち受けにしよう。携帯開いたらいつでも君なんて。
画面にキスしないようにしなきゃね、なんてとらぬ狸の皮算用的に考えてふふと笑いつつも、音を立てず彼に忍び寄った。


可愛いなぁ。
すーすーと寝息を立てて彼は寝ている。確実に。
僕はそれを確認してにんまり笑って、ポケットに忍ばせていた携帯をすすっと取り出した。
よし、カメラモードにセット。せっかくだからフォトモードじゃなくてデジカメモードの方にしといた。キレイにとりたいじゃん。



背後から忍び寄って、腕を伸ばして、彼の寝顔にフォーカスを合わせて……――


「おい何やってんだ」


「『うわあああっっ!』」
僕の手首を彼はいきなりむんずとつかんだ。思わず叫び声をあげる。
そしてぱちり、と彼は目を開いた。

「おま、携帯……?写メろうとしてたのか!?」
「『い、いきなりびっくりしたぁ……もう善吉ちゃん……』」
「カッ!びっくりしたぁ、じゃねえよ!……油断も隙もない奴だなテメーは……」
そして彼は上体を起こした。僕の手首は掴まれたままだ。
「『だってさー……無防備に寝てる人の寝顔を写メるのは常識だろ?』」
僕はどや顔をしてみせた。
「そんな常識はねえよ!」
そこで初めて、気づかれていたということに僕も流石に恥ずかしさを感じて、口を尖らせた。
「『だってさだってさ絶対に気づかれないはずなんだもん』」

僕は彼の隣の椅子に座った。するとやっと手を離してくれた。
「は?なんで」

彼はきょとんとした顔で聞き返した。すっかり忘れてしまっていたようだったので、仕方なく説明した。


「『……ということでさ、僕の気配はなかったことになってるわけ!だから僕の存在は視覚とか聴覚とか……ようするに気配以外のもので気づかれることはあっても、勘とかじゃぁ分からないはずなわけ』」

だって「なかったこと」になっているんだから、と僕は返した。

「ふーんじゃあ試してみるか?」

「『え?』」
善吉ちゃんはいきなり目をつぶった。何のつもりだろう。

「なんか庶務戦思い出すなぁ……まいっか」
善吉ちゃんは苦笑いしつつ言葉を続けた。マイナス無効化なんちゃらってヤツだろう。

「今目つぶってるだろ。で、今お前は前にいる」
「『うん』」
「これから一切声も出さず、足音も立てずにいろよ?」
善吉ちゃんは少し考えてから言った。

「ちょっとしたゲームをしよう。お前が勝てば寝顔でも何でも撮らせてやる。逆に俺が勝ったら……そうだな、お前が自撮りした写メでも送ってもらおうか」

……彼はにやり、と笑った。



「いいか?簡単な目隠しかくれんぼみたいなもんさ。三十秒俺は待つ。そのあと一分間で俺がお前を捕まえられたら俺の勝ち。その一分間捕まらなかったらお前の勝ち」
「『その三十秒の間に移動すればいいんだね?』」
「あぁ」
「『よし、いいよ。その条件呑もう』」
僕もにやりと笑った。
僕の待受は君の寝顔に決定だね。そんな急遽考えた浅はかなルールで過負荷に挑もうなんて、善吉ちゃんも焼きが回ったのかな。

そう、このルールには穴がある。それをついてやろう。

「よしじゃあ、はじめ!」


彼はいーち、にー、さーんと数えだした。

その音に紛れさせるように、できるだけ音を立てずに靴を脱いだ。足音を消すためだ。でもたぶんその音は聞こえているだろう。
彼は恐らく、これにより僕がある程度移動するつもりだ、ということに気づいただろう。
それは正解だ。

しかし、そんな+思考は僕の前では無意味だよ。
僕はしばらく適当に彼の前をうろうろしたあとに、

――開けっ放しておいたドアから生徒会室を抜けだした。

そう、これが穴だ。彼は恐らく、生徒会室の中だけのつもりだろう。一分、という時間設定がそれを物語っている。
しかし、それは明文化しなければ意味がない。
つまり、あとは僕の一人勝ちさ。ふふ、急場凌ぎに作ったルールじゃあ僕には勝てないよ。そう言って突き当たりの廊下を目指して歩く。生徒会室から1分じゃ着かない場所にいけば勝ち。


そう思って油断した瞬間だった。ぎゅうぅと背後から抱きしめられたのだ。ふわっ、と彼の匂いが香った。

「『っうわぁあああああ!!な、なんで!?!!?』」
暖かい体温に思わず叫んだ。
「もう三十秒経ったし。一分以内だし」
彼はそうつーんと言って僕の頭に顎を置いた。抱きしめる腕の力は変わらない。
「『どうして分かったのって意味だよバカ!』」
だっておかしいじゃないか。視界はもちろん、音も届かないはずの廊下。
彼の性格を考えると、絶対に薄目でみる、なんてズルはしてないだろう。
それに確かにまだ一分以内だけど、そんなの三十秒経ってまっすぐここに来たって意味じゃないか。どうして?

「分かんないけどさぁ」
善吉ちゃんはそう言って僕の頭の上でため息をついた。
そして僕を抱きしめたまま、生徒会室に戻った。僕は引きずられるような形だった。

「『どういうことだよ』」
僕を抱きしめたまま椅子に座った善吉ちゃんへの抗議の念を含めて、僕はつっけんどんに聞き返した。彼が僕を抱きしめたまま椅子に座ったってことは、僕が彼の膝の上で座ってるってことなわけだから。さすがに抵抗したが、ぽいと近くにあった僕の靴が渡されただけに終わった。


履きおわって彼を見つめると、彼は目線をそらしながら言った。

「まぁ、愛の力、的な?」


「『……』」
「……」



「『……僕がそんな言葉で騙されると思うわけ?』」

「うわデビル冷てえ!!」
善吉ちゃんはオーバーリアクションをした。
僕はジト目でその様子を見る。

「『どーせ欲視力とか使ったんでしょ。卑怯だよ。反則だね』」

「使ってない使ってない!……ほんとなんだけどなぁ」
こう、ほんと、びびっと分かるんだけど……と善吉ちゃんはぶつぶつぶやいた。

(あーもうそこでどうしてもっと僕に違うってアピールしないのかな!?僕のポーズくらい気付きなよ!!)

身勝手な怒りが湧いた。
だって、もちろん。

(……わかってるよ)

確かに今のゲームにおいて、欲視力を使うことは可能だった。
でも、僕が最初ここに入ってきたとき、善吉ちゃんは絶対に寝てた。
その状況で、欲視力を使うのは不可能だ。

(……だけど)

(……そんな恥ずかしいこと、臆面なく言えるのは善吉ちゃんくらいだよ……)
思わず恥ずかしさに顔をしかめた。
言ってる言葉の意味はわからないけど、要するに僕は愛されているらしい。

そんな事実は知ってるけど、知ってることを受け入れるかどうかは話が別だろ。
恥ずかしいから、そんな答えを肯定なんかしてやらない、ってポーズなのに。君は本当に鈍感だね。そこが好きなんだけど。

でもとりあえず。

彼は未だに反則じゃないのに、なんてぶつぶつ言ってるし。けど、もうそろそろ流石に他のメンバーもくるだろうし。

続きは、今日家についたら、ね。





***





「ごちそうさま!!」
母さんにそう言って、俺は自分の部屋に戻った。

夕食を食べてテレビを見て、もう眠いが勉強はしなくちゃいけない。そう思って机につく。
一応、ということで携帯を隅において課題に取り組む。



しばらくして、電子音が響いた。

ふと確認すると時刻は11時にさしかかっていた。そこまで遅くはないが……誰だろう。

俺は不思議に思って携帯を手にとると、「球磨川禊」という表示。

(なんか用か?)
今日のことなんかすっかり忘れて、普通にメールボックスから新着メールを開いた。


するとそこには、

『約束は守る』
という素っ気ない一文とともに、微かに頬を染め、目線をわずかにカメラから逸らした球磨川の写真があった。
しかも寝間着姿みたいだ。ぐっときた。仕方ないだろ。
「ぶっ!!!!!」

思わず噴き出してしまい、近くにあったティッシュで画面をふきとる。


とりあえず光速で保存して待ち受けに設定した。

返信になんて送ればいいかわからず、悩みに悩んだ挙げ句、『待ち受けにした』と返したら、『画面にキスしないでよ』っと返ってきた。

『お前じゃないからそんなことしない』と応戦したら、10分くらい経ってから。
『そんなことするつもりないよ!!!!!!』
と返ってきた。
(……こいつ絶対そのために写真撮ろうとしたんじゃねーのか……)


俺が画面の前で真っ赤になったのは、しばらく秘密にしておこうと思う。


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