翌朝はいつもよりいくぶん早い時間に目が覚めた。とはいっても8時を回っていたが、寝付いたのが3時前だったことを考えれば上出来だ。疲れは抜け切ってはいないが、二度寝をする気にもなれなかった。カーテンが開けっ放しの明るいベッドルームで、まだ規則正しい寝息を立てているローを抱き込んで、やわらかな猫っ毛のつむじに鼻先を埋めている。ローに頭を撫でられて宥められながら、そのまま不貞腐れて眠ってしまったのだ。ガキか、みっともねぇ、と眉間に皺を寄せて、腕の中の骨ばった身体を抱きしめる。昨夜の苛立ちはまったく薄れてはおらず、けれどこうして身を寄せている状況が至福でもあった。他人の痕跡がべたべたと残ったローの身体だって、こうして羽根布団に包まれている今は見えやしない。
冷え性の気があるのだろうか、ローのつま先は少し冷たかった。脚を絡めると、体温を求めるようにローが胸元に擦り寄ってくる。別段色気のある仕草でもなく、巨大なぬいぐるみ相手にするようなそれだった。本物のぬいぐるみだったら大人しくされるがままだったのだろうけど、キッドの手は薄い背を撫でてつむじに口付けまで落としている。昨日までを振り返ったらあまりにも遠慮のない行いだったが、今更だとどこか投げやりな気持ちにもなっていた。昨日までのおれは距離を測りかねて怯えていたようなものだ、らしくもない、と。どうせもうローには好意も恋慕もばれている。始めから。

「……ユースタス屋、起きてんだろ」

「起きてますよ、おはようございます。具合どうですか」

「…もう平気だけど……お前なにしてんの、近すぎねえ?」

「いいじゃないっすか別に。ベッド入れてくれたのローさんでしょう」

「……つうか当たってんだけど」

「朝ですから」

「……抜いてやろうか?」

「遠慮しときます」

自分でも分かるくらい不機嫌にトーンの下がった声を聞いて、ローが困ったように押し黙る。やや間をおいて、「…冗談だよ」と決まり悪げな呟きがふかふかの羽根布団に吸い込まれていった。ローは腕の中で少しだけ身じろいで、キッドの機嫌の傾きを伺うようにこちらを見上げてきた。喧嘩したいわけじゃないんだと、眠りの余韻を残した瞳が語っている。冗談でも言っていいことと悪いことがある。特に今みたいに、あんたに欲情できる人間が手を出さないように耐えているときは。




ローのマンションを出たその足で、キッドはあまり縁のない商社ビルの前にいる。ローと初めて会った、ドフラミンゴのオフィスだった。キッドの行動範囲からは外れていたし、車で一度連れてこられたきりの道順など実はあまりよく覚えていなかったのが、名の通った会社のビルなんてものは携帯片手にどうにでもたどり着ける。一応仕事着でもあるスーツ姿ではあったが、派手な髪色といい、オフィス街にあってはどう贔屓目に見てもサラリーマンという風ではない。おまけにアポイントも取っていない。ローならまだしも、キッドがふらりと立ち寄ってドフラミンゴに会える見込みなどありそうになかった。
どうするかな、と鬱陶しげに前髪をかき上げて(ローの家でシャワーを借りたが、あそこにワックスなどと気の利いたものはない)、ガードレールに腰掛けたまま小奇麗な入り口を睨みつけた。気はまったく進まなかったが、取れそうな手段など限られている。諦めて仕事用の携帯電話を取り出し、客の女の番号に埋もれた中からマネージャーのものを探し出した。

「すいません、オーナーの…ドフラミンゴさんの番号って分かりますか?今日呼び出されてたんですけど、受付に話通ってねえし、おれ連絡先知らねえしで今会社の前で困ってて」

口から出まかせだったし、一介の従業員に過ぎないキッドにマネージャーを差し置いてドフラミンゴが用事などと荒唐無稽もいいところだったが、「ちょっと前にオーナーが視察に来たじゃないですか、あの時の連れの人覚えてます?なんかあの人のことでみたいっすけど、このまま帰るわけにもいかねえんで連絡して貰えませんか」と並べ立てればどうにか了承を取り付けられた。他人にローのことを仄めかすのは本当に、どうしようもないほど嫌で堪らなかったが、他にどうにもならない。それにローのことでならあの変わり者のオーナーも時間を割いてくれるという打算もあった。ここで言い渋ろうとも、どうせ会って訊ねてしまえば同じことだ。
五分ほどして手の中の携帯電話が震えだし、着信を告げる。見知らぬ番号だった。別に初めて話すわけでもないのだが、後ろめたさもあって緊張に喉が渇く。

「…もしもし」

『よぉ、久しぶりだな。お前に日時指定でデートの申し入れなんざした覚えはねえんだが、おれの記憶違いか?』

「……そこはすみませんでした、どうしても聞きたいことがあって」

『なんだってお前からローの名前が出てくる』

口調は相変わらず人を小馬鹿にしたようなそれだったが、ひやりと冷たいものが潜んでいた。研いだばかりのナイフが、触れるか触れないかの加減で喉を撫でるような。分かっちゃいたけどこの人絶対ぇ堅気じゃねえな、と頭をひとつ振って、気取られない程度に息を吐いた。

「ローさんのことを聞きてぇんです」

『おれの質問に答えてねえぞ』

「……この前オーナーが店に連れてきたときに番号交換しました」

『それだけか』

「それだけです」

『どこまでやった』

「…まだ何もしてません」

フッフッ、と機会越しにあの独特な笑い声がした。怒っているのか、本当に可笑しいのか、その判断はキッドにはつかない。

『まだ、なんてセリフを臆面なく言えるとこが気に入ってるよ、おれは』

「……」

『ローのことをどれだけ知ってる』

「…ほとんど何も」

『そうか、いいザマだ』

普段気の短いキッドならすぐにでも腹を立てそうな言い草だったが、そこにはさほど嘲笑の色が含まれていなかった。単なる感想を述べたに過ぎず、こちらを挑発するつもりはなさそうだった。

「……もう少し、怒るんじゃねえかと思ってました」

『おれがか?フッフッ…怒っているさ、今にもキレそうだ。なんせローはかわいいかわいい弟みてえなもんだからなぁ。薄々察してなかったら今すぐにでもお前を轢き殺しに降りていくところだ』

「……察してたのかよ」

『かわいい弟のことだっつってんだろうが。まぁ、あいつはあいつで抜けてるからな、隠してたわけでもねえんだろうが。どこぞに男が出来たんだろうとは思ってた。出来かかってる、の方が正しいか?』

嫌なおっさんだな、とはさすがに口には出せなかったが、あの男ならキッドの渋面も手に取るように分かっているのかもしれない。ギィ、と椅子の背もたれから身を起こしたような気配がする。しばらくキッドの反応を待つような間があったが、じきにドフラミンゴの方から口を開いた。

『何が聞きてえんだ。よりにもよっておれに直接接触してきたご褒美だ、ある程度なら教えてやる』

「ローさんの仕事のことです。あの人は一体なにやってんすか」

『あァ?そこから知らねえのかよ、本っ当になんも進んでねえじゃねえか』

「……」

『悪かったよ、この程度でいちいちムカついてんじゃねえよ、この先やってけねえぞ。お前、本人には問い質さなかったのか』

「教えてくれませんでした」

『じゃあ聞かねえ方がいいことだろうが。おれから探るような真似をして、詮索屋の下衆野朗って嫌われるぞ?年下の坊やに泣き喚かれちゃあ面倒だと思ったんじゃねえのか、ローも』

「……教える気はねえってことですか」

『教えるさ、別に口止めなんざされてねえしな。ちょうどいい、説明するより手っ取り早いもんがある。あいつの部屋に行ってみろ。30分ばかり前に届けてきたとこだ』

それではキッドと入れ違いにローを訪ねたということか。鉢合わせなくて良かったという他ない。シャワーを浴びたばかりの二人が向かい合って遅い朝食を取っているところに踏み込まれでもしたら目も当てられなかっただろう。

『リビングのテレビの前の紙袋だ。ローは寝てたからまだ片付けてねえだろうよ、つってもあいつが整理整頓なんて柄じゃねえんだが』

「また寝たんすかあの人」

『一度起こして飯食わせたばかりなのに、ってか』

「……失言でした」

『言っても言わなくても同じだ馬鹿。食わせんなら洗い物まで済ましてやれ、あいつに任せてたんじゃ流しに積んでく一方だぞ』

呆れたような口ぶりは、確かに不出来な弟を心配する兄のようでもあった。ローもドフラミンゴとは長い付き合いだと言っていたし、だからほんの少し気が抜けていた。ローが身体を売るような、少なくとも誰かにあんなふうに肌を許すような『仕事』をしているとして、それを斡旋するのは間違いなく彼をかわいい弟だと称すこの男だということを、忘れそうになっていた。

『ユースタス』

ひんやりと冷たい刃物を仕込んだ声が皮膚と血管の間を這っていく。

『お前、本当はわざわざこんなこと聞かなくたって、あいつが何してんのか気付いてんだろう』

気付いているくせにただ、自分自身と、そしてローをずたずたに傷つける心の準備と言い訳が欲しかったんだろうと、ドフラミンゴの嘲笑がはっきりと指摘していた。






ほんの一時間と少し前に出たばかりの部屋で、目的のものはすぐに見つかった。ドフラミンゴが持ち込んだのだろうか、朝には無かったコンビニの袋に、ローがときおり摘んでいるスナック菓子と一緒に薄手の紙袋が無造作にねじ込まれていた。そのいい加減さがドフラミンゴらしくもあり、或いはこれが、今更珍しくもなくなるほどに二人の間で何度も受け渡されてきた証のようでもあった。
ラベルも何もない、プラスチックケースにマジックで日付とローの名前が殴り書きされただけの簡素なディスクが二枚。罪悪感がなかったわけではない。これは紛れもなくローの持ち物であり、昨夜、ローがキッドに見せることを拒んだ部分に無断で触れる行為だった。そしてなにより、ドフラミンゴの言った通りでもある。無垢な子供でもあるまいし、自分はもう、これの中身になにが収められているのかあらかた想像がついてしまっていた。今、こうして画面から目が離せないのも、興味なんかではなくただ自分の想像が正しかったのだと、そんなことをぼんやりと確認し続ける自傷行為の延長でしかない。

やわらかく陽の差し込むリビングは、不似合いな生々しい嬌声で満たされている。寝ているローを気遣ってボリュームは落とされているが、クリアで、湿っぽくて、生温く蕩けた声と映像がキッドを犯し続けている。目の前でローが見も知らない男に裸に剥かれ、跪いてペニスをしゃぶっていた。撮影されたままの市場に出回る前のものなのだろうか、修正などは一切入っていない。
出だしはどこかの応接間にも見える部屋だった。ローと、それから男が一人、和やかにインタビューを受けている場面から始まる。質問の内容はそれなりに卑猥で、けれどローは不快を示すことさえなく、いっそはにかむように笑いさえしていた。『これから何されるか知ってる?』とカメラの外から声が投げられる。まるで自分に向けられた問いのようだと、キッドは奥歯を噛み締める。その心中を代弁するように、知ってる、と画面の中のローが笑う。
こちらに見せ付けるように舌を絡ませるキスを交わしながら、ソファに乗り上げた男優がローのボトムを緩め、下肢を探り始める。嫌がる素振りも見せず、ローは協力的に尻を浮かせ、痩せた腰からデニムを滑り落とした。されたことをなぞるように、ローも相手の衣服に手を掛ける。ソファの上で膝立ちになった相手の股間に鼻先を埋め、布の上から何度か食んだあと、躊躇もなく着衣を引き下ろして局部を露わにした。カメラが移動し、画面がいくらかぶれる。アップにされたローは恍惚ともとれる表情で、緩く立ち上がったペニスに顔を寄せる。先端に唇が触れると同時にペニスが大きく脈打ち、ローの鼻先を叩いた。手で捕らえることもせず、頭だけを動かしてそれを飲み込むローは、こういうことにとても慣れているふうだった。何十回も繰り返したルーチンワークをこなすようになめらかにペニスを口腔に含み、少しだけ苦しげな表情で眉を寄せる。あの細い顎、狭そうな口の中によくもあんな醜悪なものが納まるものだ。最後には髪を掴まれて乱暴に揺さぶられ、そのまま額に向けて射精を受ける。鼻梁を伝い、どろりと濁った精液が滴り落ちた。ローは大きく息をつき、掌で顔を拭って目を瞬かせている。その一連を、キッドは瞬きさえ忘れかけながら見つめていた。こめかみがドクドクと脈打って鈍い頭痛を感じたが、目が逸らせなかった。渦巻いているのは煮詰めたような憎しみと、これは多分、認めたくはないが羨望だった。焼け付くほどの。
これから本番が始まるのだろうという予想と裏腹に、相手の男優は中途半端に下ろしていたボトムを引き上げた。演技なのか素なのか、ローのきょとんとした顔がどこか幼い。カメラマンか或いはディレクターかが画面外から何事か指示を寄越している。男優に腕を引かれて立ち上がり、向かったのは奥にあるドアだった。場所を変えるということだろう。けれど次の瞬間、従順にされるがままだったローが一歩後ずさり、腕を振りほどこうとする様子に瞠目した。聞いてねえ、と荒げた声はおそらく台本にはないのだろうが、趣向の一環かどうかの判別はキッドにはつかない。ただ、ローの声には苛立ちといくらかの嫌悪が滲んでいる。
がやがやと画面にノイズのような人の声が混じり、スタッフらしい二人の男が駆け寄っていく。ローを宥めようとしているらしい彼らから、サプライズ、ハプニング、などの単語が聞こえてくる。ぶっつけ本番の方がリアリティがあるでしょう、とカメラにごく近い位置からも声が掛かった。スタッフの差し出した携帯電話を引ったくり、ローは憤懣やるかたないといった表情でどこかに電話をかけている。聞こえてくる内容からしておそらくあれはドフラミンゴだ。どういった遣り取りがあったものか、いくらも経たずにローが二つ三つ悪態をつき、それで決着がついたようだった。不機嫌そのものでこちらを睨み、「分かったよ」と吐き捨てた。ローには珍しい、捨て鉢な口調だ。
いったん画像が途切れ、改めて映し出された隣室は、まるで内装の違った部屋だった。広さがあり、殺風景で、もともとスタジオとして使っていたのかもしれない。カーテンはしっかり閉められ、部屋の奥半分だけ蛍光灯が点けられている。少し薄暗い印象だ。そのだだっ広い部屋の真ん中には妙な、左右にペダルのようなものがついた革張りの椅子が置かれている。傍には腰ほどの高さの金属の台があり、そこに様々な器具が並べられていた。特にそういった趣味を持たないキッドにも一目で分かるような毒々しい色の玩具から、何に使うのか分からない形状のものまで無造作に。
「全部使うわけじゃありませんよ、大半は飾りですから」と宥められ、促されて、ローがしぶしぶそちらに歩み寄る。革張りのそれはやはり椅子だった。ただ、両側のペダルに足を置き、備え付けのベルトで拘束されてしまえば閉じることはできない。背凭れの角度を調節されながら、ローはいくらか不安の混じった目で大小様々の器具を眺めていた。フェラチオに慣れていた様子とは180度逆といっていいそれは確かにいい画になるのかもしれないと、吐き気がするほどの忌々しさを飲み込みながら、キッドは昨夜のローを思い出す。痩せた身体に残された生々しい陵辱の跡。
紛いなりにも冷静でいられたのは、拘束され終えたローが深く息をついて表情を整えた辺りまでだった。あとはもう、やりたい放題のようなものだった。大きく脚を開かれて固定されたまま、下腹に粘度のありそうなローションを掛けられ、後ろまで垂れ落ちて濡れた孔に小さなローターと所謂アナルビーズが挿入される。小さく身を捩って喘ぐローの性器が触れもせずに勃ち上がり、ローションと混じって糸を引く体液を零し始めると、ペニスの根元に突起のついた1cm幅ほどのシリコンの輪が装着された。ローの表情が僅かに歪むと同時に、一回り小さいピンポン玉ほどもあるビーズが引き抜かれる。悲痛な声を上げて身体が大きく跳ねたが、がっちりと押さえ込まれた手足が解けることはない。いくらか緩んで開閉している孔が映し出され、そこに不透明な紫色のディルドが押し当てられる。カメラが少し引き、ローが身体全体で大きく息をついているのが分かる。汗の浮いた額に短い前髪が貼り付いている。
潤滑剤を足しながら大振りのディルドを深く挿入され、リングによって射精を止められた性器を手荒く扱かれながら、数分もすればローは涙混じりに懇願を始めた。達したいと縋る口元をつかまれ、無理に横を向かされ、再びペニスを銜えさせられる。いつの間にか男優が二人に増えている。もう一人は休まずローの下肢を責め立て、赤黒く腫れた性器をカメラの前に晒した。胸を浅く上下させながらローは必死に与えられたペニスに奉仕して、合間に口を離してはイかせて欲しいとねだるのだが、そのたびに卑猥な嘲笑とともに子供にするように尻を引っ叩かれるだけだった。
ようやく口の中に吐き出された精液をいくらか零しながらも飲み下し、ローは引き立てられるように椅子から下ろされる。床に敷かれたマットの上で四つん這いにされ、先端が嘴のように開閉し、固定できる金属器具で肛門を拡張し、ぱくりと開いたそこに直接チューブの潤滑剤を絞り入れられて気持ちの悪さに呻いている。腸壁をマッサージするように指で潤滑ジェルを塗りこんでみせる場面まで鮮明に撮られていた。コックリングは外され、ローのペニスは先ほどから断続的な吐精を繰り返している。かと思えば今度は両手首をひとまとめに拘束され、そう高くない天井近くに渡された金属棒から下がるロープに固定された。壁に滑車がついていて高度が調節できるようになっている。座り込もうとすればぎりぎり腰が浮く程度に吊るされ、ローは居心地悪そうに身じろいだ。不自由な両手でロープを握り、肩への負担を減らそうとしているのが分かる。たっぷりと注がれた潤滑剤が内腿を伝い落ちてマットに染みを作っている。膝立ちにされたままひとしきりバックから犯される間も、虚ろな視線をさまよわせ、憚りもしない嬌声を押し出されるがままだ。だらしなく開いた口からときおり舌を覗かせ、唾液を舐め取ることもできずに犬のように喘いでいる。途中からはロープに縋り、自分から腰を振ってさえいた。気持ちがいいと焦点のあいまいな瞳が訴えている。一級品の演技なのかもしれないし、そうではないのかもしれない。
不意に、がちゃりとドアの開く音がした。リアルな、機械越しではないその音の方向を、しかし気付いていながらキッドは一瞥だにしない。ぺたぺたと足音が近づいてくる。画面の中では胎内に射精されてぐったり脱力していたローが無理やり腰を支えられ、その下に男優が寝そべっている。男の顔の上に座らされ、ローは大きく身を震わせた。痙攣する膝で立ち上がろうとしているらしいが、下から太腿を抱え込まれるように捕まえられ、叶わない。肛門や睾丸を舐められているのだろう湿った水音が聞こえ、ローが座り込んだまま前のめりになる。逃げようとしていたのが嘘のように、知らない男の顔に性器まで擦り付けようと身悶えている。理性の溶け出した顔はほんのひとかけらの嫌悪と圧倒的な快楽に染まっていて、あまりにも淫靡なその表情にキッドは目を細めた。
足音はキッドの座るソファのすぐ後ろで止まり、じっと佇んでいる。ふわりと空気の動く気配がして、陵辱を映し続けた瞳をあたたかな体温がそっと覆った。見動きひとつしないキッドの頭を優しく撫でて、「…ユースタス屋」と穏やかな声が呼ぶ。

「…なんて顔で、なんてもん見てるんだ」

眠りの気配を引きずった、少し困ったようなローの声は、なおも続いている嬌声などとは似ても似つかず愛しいばかりだ。ここに至ってもまだ、ひたすらに愛しいばかりで、落胆にも似た絶望が舌の裏を苦く焦がしている。




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