思えばあの三日間だって、嫌だと言ったところでキッドがやめてくれたことなんて一度もなかった。ローを犯したときも、そのくせ手厚く世話を焼くときも。たった三日間だったのに、諦めることを身体は覚え始めていたのかもしれない。今だって必死で暴れているつもりで、頭のどこかでどうせ無駄だと投げやりな声がするのも事実だった。
上体を机に押し付けられ、下だけを脱がされて脚の間をキッドの手がまさぐっている。机の縁が腹を圧迫して息苦しかった。チューブ状の潤滑ゼリーを直接体内に搾り出され、その冷たさと排泄感にも似た気持ちの悪さに思わず涙を含んだ悲鳴を上げた。しまったと思った瞬間には遅く、パシン、と小気味のいい音を立ててキッドの手が尻の肉を平手打つ。ローが泣き喚こうとするたびの、もう何度目かのこの簡潔で分かりやすい仕置きは、屈辱などという段階をとうに越して心をぐずぐずに崩し始めていた。

「言っとくけど入れるまで止めねえぞ。諦めて協力した方がいいんじゃねえの、先生だって早く帰りたいだろ」

淡々とした声から感情は読み取れず、どんな表情をしているのかさえこんな背を向けた体勢では分からない。まるで作業じみた手つきだった。前回抱かれたときとは似て非なるその触れ方はローをひどく不安にさせた。すぐに温まって溶け出すゼリーを推し戻すように孔に指をねじ込み、ひたすらに狭い直腸をこじ開けるように掻き回す。反射的に下腹に力を込めたところで、ぬるぬると滑る潤滑剤は異物の出入りを助けるばかりだ。
力を抜け、と何度も諭された。いやだ、できないと首を振ってばかりだったけれど、浅いところばかり弄られるのはただ気持ちが悪いだけだととうに知っている。懸命に深く細く息を吐きながら意識的に筋肉を緩めた瞬間に、長さのぎりぎりまで深く入ってきた指先が腹の側にあるしこりを擦って下肢が痙攣した。まだ、触れられてすぐに快感を拾えるほどその刺激に慣れてはいない。けれど食い締める肉の動きに逆らいながら時間をかけて何度も何度も、円を描き、時折引っ掻くように責められるにつれ、ろくに触れられてもいない性器が勃起し、膝からは確実に力が抜けていった。キッドの手が前を探り、とろとろと温かい先走りにまみれているそこをそっと撫でて低く含み笑った。傷だらけの冷たい机に指先が白くなるほど強く縋り付き、荒い呼吸に口を閉じることもできずに唾液をこぼしている自分の姿は見れたものではないだろう。

「先生、もう抵抗しねえの」

「…ッ……ん…」

「だらしねえの…嫌だだのやめろだの言ってたくせに、そんなにこれが気に入ったのか?」

「…ちが…っ…いやだ、って…ずっと…」

「全然そんな風に見えねえよ。なぁ先生、このまま一回イかせてやるよ。じゃねえとろくに物も考えらんねえんだろ」

ぐりっと音がしそうなほど強く奥を抉られて、息を吸い込む間もなく目の前が真っ白に染まった。痛いとも気持ちがいいともつかない衝撃に腰から下がどろりと溶けたような気がして、次の瞬間にはがくがく震えながらそのまま床に向けて吐精していた。自制する暇もない、暴力的に手繰り寄せられるような射精だった。眼を見開いたまま痙攣しているローの身体から指を引き抜くと、中で液状に溶けたゼリーが太腿を伝い落ちていく。粘性のあるそれがことさらゆっくりと肌の上を滑り、床に溜まった白濁に滴り落ちて混じり合った。
荒い息に薄い背中が波打っている。短い襟足から覗くうなじがうっすらと汗ばんで上気していた。ぐったりとしていたローが身じろぎ、緩慢な動作でキッドを振り返り、なにか言おうとして唇を戦慄かせた。瞳に盛り上がった涙が瞬きひとつで零れ落ちる前にそっと親指の腹で拭ってやった。

「…ぁ…、…おれ、なに…学校で、こんな…っ、」

「出しちまったな、気持ちよかった?正気に戻ったんならそろそろ入れるぞ」

「いや…だ…ッ、もう嫌だ…もう帰る…っ…!」

「終わったら帰してやるって。やっぱ仰向けの方がいい?入ってるとこ見えた方が興奮する?」

「…っ、ユー…スタス屋…!」

「まあいいか…背中痛そうだし、後ろからのが奥まで入るだろ」

泣いても喚いても無駄だった。暴れた拍子に椅子のひとつを蹴倒し大きな音がしたが、誰かが来る様子も無かった。再びローの頭を机に押し付け、尻の間に熱くやや弾力のある感触が何度も擦り付けられる。外気に晒されて冷えかけたゼリーのぬめりを借りていただけのそれが、すぐに新たな体液であたたかく濡れていくのがまざまざと分かった。

「無理だ…ユースタス屋…!この前だって、めちゃくちゃ…いたくて…!」

「でも前も入っただろ。ちゃんと慣らしてんだし無理じゃねえよ、力抜けって」

「いやだ…!ほんとにやめ…っ…!」

「また気持ちよくなるまで付き合ってやるって。さっさと出して抜けって言うなら別にそれでもいいけど」

頭を押さえていた掌が外され、代わりに目隠しをするように目元を覆われた。背中に体重が掛かり、キッドがぴったりと身体を重ねてくる。高い体温と意外なほど早い鼓動が、互いの薄いシャツを隔てて背中越しに伝わってきた。耳元に触れる呼吸が少し荒い。いくらか緩んだ孔の縁を指で広げられ、脈打っている性器が押し当てられる。幾度か円を描くように擦り付けながら、すげえいい、と興奮を滲ませた声が囁いた。
気持ちよくなるまで付き合う、と言ったキッドの言葉は嘘ではなかった。ただし、ローの身体を過剰なほど気遣っていた前回のセックスともやはり異なっていた。
乱暴に肉を割って入ってくる熱の塊は、ローの身体中の隙間という隙間を埋め尽くし、息を吸い込むことさえ満足にできない。濁音交じりの悲痛な声を上げるローを宥めるでもなく、ただ自分の快感を追うだけのような荒っぽいやり方だった。爪が食い込むほどきつく掴まれた腰を揺さぶられ、引き攣れた孔はとうに裂けているのではないかとさえ思ったが、焼け付くような熱を伴う痛みに細かな感覚が麻痺している。時折無防備な首の後ろに噛み付かれ、まるで動物の交尾のようだった。もう一秒たりとも我慢できないと一体何度思っただろうか。けれど実際にローの口から出るのは言葉にもならない切れ切れの喘ぎ声で、考えられるのはここから逃げ出すことよりも少しでも苦痛を和らげることばかりだ。時々、とても深いところでむずむずするような感覚がある。それを拾うことが出来れば楽になれるのに、少しでも挿入の角度や深さを変えられてしまえばあっという間にすり抜けていく。

一度目は腹の中に直接射精され、うつ伏せの身体をひっくり返されて今度は正面から犯された。ただでさえ狭い机の上で、抱え上げられた脚が不安定に揺れるのが怖かった。挿入されてからローが一度も達していないことに気付き、キッドは張り詰めたままの性器を引き抜くと、やや萎えかけている下肢に手を這わせ、躊躇なくそこに顔を寄せた。生ぬるい口腔がすっぽりとペニスを飲み込み、唇できつく締め付けられる。驚いて起き上がろうとしたローの脚はキッドの肩に乗ったままで、身じろいだ拍子に爪先が宙を掻いて机から落ちそうになった。「暴れんなよ、噛んじまうぞ」と低く叱咤され、ローは自分の手の甲に歯を立てて声を殺しながら、ぐちゅぐちゅと水音を立てて捏ね回される下肢の刺激に耐えていた。キッドのフェラチオが上手いのか下手かなど経験値の少ないローには知る由もないが、ペニスの先端を重点的に舐められながら後ろの孔を指で掻き回されることに、堪らないほどの快感を覚え始めていた。前立腺を擦られるたびにペニスが震え、キッドの口にごく少量ずつの精液が吐き出されている。濡れた口元を拭い、淫乱だと叱って笑われるのを、濁りかけた頭の中でだけ辛うじて否定している。

「先生、どんな気分?」

「…ぅ…っ、ふ、ぁ……」

「ちんこはまだ無理でも指入れられんのは完全に好きだろ。今誰かにその顔見られたら言い訳できねえんじゃねえの」

「……ちが、…ぁ…」

「もっと舐めて欲しい?もっとって言えたら今日はここ弄るだけで終わりにしてやってもいいけど」

「…ッ…や、だ…」

「へえ…じゃあ突っ込んでいいんだよな、正直俺も物足りねえし」

「や…っ、だ…!やだやだ、嫌だ…!」

「遅えって」

散々蕩かされたせいなのか、再び性急に押し入ってきた性器を先ほどより幾らか楽に呑み込むことができた。それを自覚して背筋に悪寒のような震えが走った。歯の根が噛み合わないローの頬を殊更やさしく撫でながら、限界だと思ってもまだ奥深く進めてくる。あんなに苦しかったのにさっきは全部入っていなかったのだと否応なく悟らされた。陰毛が触れるほどぴったりと合わさった粘膜の境を指先で撫でてキッドが満足そうに息をつく。全部入った、すごいなセンセ、と口も利けないローを恍惚とした表情で見下ろし、少しだけ腰を揺すった。

「別に動かねえでもいいな……先生とずっとこうしてたい。ナカぐにぐにしてるし締まるしすっげえ気持ちいい」

ローの後頭部を軽く持ち上げ、唇に舌を這わせる。噛み締めて歯型の残ったそこを丁寧に何度も舐めてそっと口内を探った。抵抗する気力がないのかローはされるがままで、自分から舌を絡めてくることは決して無いけれど、引きずり出した柔らかい肉を軽く噛んで吸い上げても振りほどかれはしなかった。キスくらいはもう今更だと思うくらい繰り返していたけれど、何度重ねても胸が満たされて潰れそうになるこの行為がキッドはたまらなく好きだった。ローにはきっと十分の一だって伝わっていないと知っていても。
少しずり落ちた制服のスラックスを探り、ポケットから携帯を引っぱり出した。

「センセ、こっち向いて」

カシャッと場に不似合いに軽快なシャッター音がした。唐突で訳が分からず呆然と眼を見開いているローの前で、キッドは自分の携帯を満足そうに眺めている。

「もう一枚いくか。もうちょっと脚開いてみて」

「…っ、何を…ッ!」

「んー…ハメ撮り。いい感じに撮れてんだろ」

ずるりと性器を半分ほど引き抜くとローが仰け反って嬌声を上げた。中途半端に挿入されているせいでいっそう生々しい局部まできちんと写り込むように二、三度シャッターを切り、お疲れさま、と声もなく震えているローにキスをした。

「…消せよ…!なんでそんなもん…」

「決まってんだろ、先生が俺から逃げられねえように」

それ以外になにがあるんだよ、と悪びれなく笑うキッドをどんな気持ちで見上げているのだろうか。そう考えただけで胸の奥が甘ったるく薄暗くざわめく。罪悪感の裏側で確かな興奮が存在している。

「先生さ、俺の言ったことちゃんと聞いてた?真面目に考えてくれたか?」

「……ユースタス屋、」

「諦めねえし、覚悟しといてって言っただろ」

何度も想像していたのと同じ、ぐしゃぐしゃに歪んだ悲しそうな顔でローが泣いている。堪え切れなくなった嗚咽が零れた瞬間に抱き寄せそうになるのを、掻き集めた理性でなんとか思いとどまった。今はまだ駄目だ、怯えて絶望して涙が枯れるまで泣いてもらわなくてはいけない。
ぼろぼろと涙を零しながらローが携帯を奪おうと手を伸ばす。それを難なく捕らえて、もう一度机に縫い付けた。指だけはまるで恋人同士のように絡め、引き抜きかけていた性器を再び埋め込んだ。
帰してやると言ったのは嘘じゃないから、あともう少しだけ。




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