(現パロキドロ)
(お互い以外との性描写がありますので、苦手な方はご注意ください)





ピピピ、ピピピ、とけたたましい音が鳴り響いている。
顔をしかめて暖かい布団の中に潜りこんだけれど、ふかふかの羽毛は冷気は遮断しても騒音からは匿ってくれない。寝惚けた頭で枕元を探って携帯を掴んだが、ひんやりと冷たいプラスチックは別段うんともすんとも言わなかった。ピピピピピピピ、と電子音がだんだん大きくなりながら、早くこちらに手を伸ばせと催促している。うるせえ、寒いんだよ、と悪態をついて身を丸めるのと、布団が持ち上がって隙間から冷えた空気が流れ込んでくるのはほとんど同時だった。おまけに声にならない抗議をしかけたローの上にのしりと無遠慮な重さが掛かったが、ばたばたと何かを手探る気配の後で騒々しいアラームはようやく止まった。
圧迫されている胸を通して、他人の肌の温かさが沁みこんでくる。しがみ付いて頬をすり寄せながら、瞬きする間もなく二度寝の体勢に入ったローの頭を軽くはたき、寝起き特有の掠れた声が文句をつけた。

「…お前なぁ、どうせ起きねえなら目覚まし掛けんじゃねえよ」

「……ユースタス屋用だ…おれは関係ねえ」

「ふざけんな、あと一時間は寝れたじゃねえか」

「…だっておれの飯…」

「やっぱりてめえ用だろうが……ほら起きろ」

「まだ七時前だろ…」

「一時半だ、午後の」

今度こそ勢いよく羽根布団がめくられて――実際にはキッドが布団ごと身を起こしたのだが、ローはありったけの罵倒をむにゃむにゃと呟きながら往生際悪くキッドの首に両腕を絡め、暖かなベッドを離れることを全身で拒んでいた。なにしろ寒いのだ、むき出しの肩がまだ暖房も入っていない室温にカタカタと震えている。ユースタス屋ぁ、とわざとらしく甘えた声でぐずってみせれば、仕方なさそうに大きな掌が頬を撫で、飼い猫にでもするように顎の下を擽られたが、その指先もすでに冷え始めていた。その辺から拾い上げたのだろう脱ぎっぱなしの部屋着をばさりと頭の上に落とされ、ローはようやく諦めて芋虫のように丸まったまま冷たい服に袖を通し、頭のてっぺんからつま先までぶるぶると震わせた。

「なに食いてえの」

「…フレンチトースト」

「それ昼飯じゃねえだろ、夕方までも持たねえぞ」

「オムライス」

「卵だな」

二人が暮らすマンションのキッチンはカウンターになっている。キッドがやかんとフライパンを火に乗せ、冷蔵庫から肉や野菜、それから卵を四ついちどきに掴み出し、片端からボウルに割り入れて菜箸で溶いていく。刻んだ野菜と鶏肉を炒め、昨夜の残りの米を投入し、トマトピューレとコンソメキューブを加えて塩胡椒で味を調える。大雑把ながら手際が良く、すぐに食欲をそそる匂いが部屋を満たしていった。
キッドよりもだいぶ遅れて顔を洗い終え、まだ少し残る眠気と欠伸をかみ殺しながら、ローは籐で編まれたスツールに腰掛けた。カウンターに頬杖をついて、楽しそうに料理をするその姿を見るのが好きだった。楽しそう、などとキッドが聞いたら顔を顰めて「面倒くせえだけだ、こんなの」と文句を言いそうなものだったが、きっと自覚がないのだ。ローのために食事を用意している間、引き結ばれた口端は機嫌よさそうに少しだけ持ち上がっている。好き嫌いの多い子供相手にするように、人参を微塵切りにしているときだって、ずっと。
別にローは、キッドが世話好きな質だなんて思ってはいない。ただ、おれの面倒を見るのが好きなんだろう、とこっそりと確信しているだけだ。そしてそれを本人には言わないでおくだけの分別も持っていた。お互いいい大人だけれど、ローから見たら三つも年下の恋人は拗ねやすいかわいい子供となんら区別がない。




「今月なんか忙しいのか?」

「いや、そうでもねえけど、月末ハロウィンだろ。仮装でイベントするって…まぁちょっとした準備くらいだな」

「マジかよ、ユースタス屋のコスプレ見れんの?なに着んの?うわぁ店行きてえ」

「……やめろ…どうせ馬鹿騒ぎしてるだけだ、楽しくもねえぞ」

「だってハロウィンなんだろ、菓子持っていってねえ客にはイタズラしてくれるとかねえの?」

「ねえよ!大体菓子なんか出させたってしょうがねえだろうが、ボトルの一本も入れさせねえと割りに合わねえ」

「うっわ最低」

ドリップコーヒーのフィルターを乗せ、沸いたばかりの湯を注いだマグから、苦いイタリアンローストの蒸気が溢れ出す。ミルクが多めのカフェオレはローの好物だ。
ハロウィンなぁ、ととろけかけた卵のオムライスをひとくち含み、ゆっくりと咀嚼した。スーパーにでも行けばオレンジと黒と紫のデコレーションは目に付くが、女子供でもない身にはなんとも縁の薄い話だった。ホストなんてものをやっているキッドには、この手のイベントは体の良い書き入れ時なのだろうが。一度だけ行ったことがある、趣味の悪さぎりぎりのあの華やかな店にも、チープな南瓜やら蝙蝠やらがぶら下げられるのだろうか。ドラキュラに狼男、包帯まみれの透明人間と、頭の中でありったけのそれらしい衣装をキッドに着せ替え、スプーンを銜えたまま含み笑ったローに胡乱な眼が向けられる。また何かろくでもないことを考えてるだろう、と見透かしていた。

「お前のほうこそ仕事は?」

「まだ暇だな。三日後に撮影だって言ってた」

「へえ…、…今度のはなんだよ」

「あーなんか変なやつ。顔射されながら延々オナニーすんの、時々えっちぃこと言いながら。本番無しなのはいいけど、二時間これって結構キツいぞ」

「そんなもん盛り上がりもなにもねえじゃねえかよ……気が知れねえ」

「需要あるとこにはあんだよ。今度ユースタス屋の前でもしてやろうか」

「いらねえよ」

実に嫌そうな顔をするくせに、ローのマグを勝手に取ってカフェオレを飲みながら視線が少し泳いでいる。大方想像してしまったのだろう。別にキッドが望めばどんなことだってしてやるつもりなのに、照れくさいのか格好でもつけたいのか、口を割らせるのは一苦労なのだ。
出勤までいささか余裕のある時間に起こされたため、二人で少し遅い昼食を摂ってもまだゆっくりできるゆとりがあった。気温は低いが天気はよく、カーテンを開ければ惜しみない陽光が部屋を暖めている。リビングにできた陽だまりにクッションを抱えて陣取り、キッドに向けてぽんぽんと膝を叩いてみせた。洗い物を置いただけのシンクと、洗濯物が溜まっているであろうバスルームの方を躊躇うように見て、それでも結局は誘惑には勝てない大きな図体が遠慮もなにもなくローに圧し掛かる。膝枕なんてかわいいものではなく、全身まるごと抱きかかえるように押し倒され、背中の下で潰れるクッションと後頭部を守るように添えられた大きな掌に身を預けた。

「お前今日は何時に出んの」

「五時……半」

「うそつけ、五時なんだろ。ミーティングあんならサボんなよ」

「……面倒くせえ」

「お仕事だろ。頑張れーユースタス屋すげえ応援してるまじ格好いい」

「ムカつくなそれ」

思い切り腕を伸ばして、テーブルの端からはみ出している雑誌の角にどうにか指先を引っ掛けた。キッドの愛読しているファッション誌はロー自身の嗜好とはだいぶ離れた場所にあるが、ページを一枚一枚めくりながら、このブーツはきっと好きそうだとか、こんなモデルよりキッドに着せたほうがこのジャケットは映えるとか、そんなしょうもないことを考えるのは好きだ。
ローの胸に鼻先を擦り付けたまま、よく食べよく眠る見本のような男はすでに昼寝の体勢に入っていた。昨夜は、というより今朝は、なにかトラブルでもあったのだろうか、帰りが七時近かった。風呂を浴びる気力もなく、酒と香水の匂いをまとわりつかせたままベッドに潜り込んできた身体を今みたいに抱き止め、ワックスの落ちかけた髪を梳いてやると、ものの数秒で眠りに落ちてしまった。やっぱり少し早くに起こしすぎたかもしれない。四時過ぎに支度をさせるとして、あと一時間はこうしていられる。
安心しきって眠るキッドを観察するのは三度の食事より好きだった。それに出勤直前にだって最後のお楽しみが待っているのだ。キッドはその台詞が大嫌いだけれど。

「そろそろシャワー浴びて着替えねえと、遅刻するぞ」

揺さぶり起こして、「客が待ってるだろう?」とわざと意地悪く揶揄ってやれば、いつでも憮然とした顔でローにキスをする。本当はそんなもの知らねえよ、とでも言いたげに。




キッドとローを引き会わせたのはドフラミンゴだった。
ローはドフラミンゴの経営する会社の元で、ゲイ専門のアダルトビデオに出演している。初めてドフラミンゴの誘いに乗って撮影をしたのは19歳のときだ。その頃にはとうに女相手に勃起できない自分の性癖を認めていて、それを他人に教えるのはドフラミンゴで三人目だった。他の二人はいずれも所謂出会い系を通して知り合った男で、それぞれローが17歳と18歳のときに二度ずつセックスをして、それきりの関係だ。半地下にあるクラシックなバーでチョコレートとミントの香りのするカクテルを舐めながら、自分の身体は男を相手に拓くのだと、およそ真っ当な風体には見えないピンク色のフェザーコートを着た男にこっそりと打ち明けたのだ。その晩ローは退屈していたし、久しぶりのセックスに飢えてもいた。いくらかは酔ってもいたのだと思う。だが、車で連れて行かれた先のホテルで、ドフラミンゴは期待していたようにローを抱くことをしなかった。代わりに一言訊ねたのだ。「お前、AVに出る気はあるか?」と。

「女相手じゃねえ、お前が男に犯られんだ。ひとくちにゲイビっつってもジャンルは色々あるが…見たことはあるか?」

「……ない」

「見てみろ」

車から降りる際に後部座席にあった紙袋を持つように言われたが、どうやら中身はDVDだったらしい。備え付けのプレーヤーにセットし、40インチの画面に映し出されるあられもない痴態を静かに一時間ほども眺めていた。途中一度だけドフラミンゴの股間にそっと手を這わせたが、ピクリとも反応していない。笑いながら、ちゃんと見てろ、と窘められたが、二本のDVDを飛ばし飛ばし見終えるまでローはじっとそこに掌を乗せたままだった。「どうだ?」とサングラス越しに瞳を覗き込まれて「おれにもできるのか?」と聞き返したのは、本当に素直な疑問でもあった。

「ていうか、嫌だ無理って言ったらどうするんだ」

「どうもしねえよ。普通にてめえとやってルームサービスでも食って帰るだけだ」

「出るって言ったらセックスしねえの?」

「しねえな。商品には手はつけねえよ、自分とこの売りモン相手じゃ勃つもんも勃たねえ」

「ふぅん…あんたスカウトの人なのか?」

「スカウトがこんなまだるっこしい事するか。おれは社長だ」

正直に言ってローは半信半疑だったのだが、その後数年間に渡って真っ当なスーツ姿ひとつ見せたことないこの男は、事実経営者で実業家であった。ローが籍を置くプロダクションを始め、いくつもの企業や飲食店、そしてキッドが勤めている店もドフラミンゴのものだった。

ドフラミンゴに連れられ、初めてホストクラブに足を踏み入れたのはおよそ二年と少し前だ。別に大した理由があったわけでもない。その日の夕方の撮影がキャンセルになってしまい中途半端に暇を持て余していたローを、オーナー視察だと言って首根っこをつまむようにして車に放り込み、文句を言う間もなくアクセルが踏まれて滑らかに発車した。きっと拉致やなんかも得意なんだろうな、と感心する手際だった。

「視察っておれ関係ねえじゃん」

「なんだよ、一杯くらい付き合え。あそこは男しかいねえんだよ、まさか客の女に酌させるわけにもいかねえだろうが」

「…おれも男なんだけどな。耄碌したか、おっさん」

「てめえはいいんだよ、かわいい弟みてえなもんだからなぁ。クズ共を十人侍らすよりよっぽど酒が旨え。あとおっさんはやめろ」

ドフラミンゴのことだからホストクラブなんて言っておいて、実際にはステージ付きの地下室で非合法な乱交でも行われているんじゃないかと危惧していたが、着いた先は案外にも真っ当な洒落た店だった。デコラティブとオーセンティックが共存する内装を物珍しげに眺めるローを促し、適度な間隔でソファの立ち並ぶフロアへ入る。否応なく目立つ男の姿にいくつもの視線が引き寄せられ、がやがやとざわめいていた空間が一度沈黙したかと思うと、すぐに其処此処からかまびすしい女の嬌声が上がった。ドフラミンゴ、オーナー、と興奮した囁きがあちこちで湧き、それらにさして興味もなさそうに慇懃に笑ってみせ、観葉植物で程よく遮られた奥まった一席へと腰を下ろした。

「有名人だな。ちょっと見直したかも」

「フッフッ…!当たり前だ」

「おれ顔バレしねえ?愛人とか思われてもあれなんだけど」

「んな薄暗いとこでおれの陰にいたら分かんねえよ。お前なに飲む?」

「ドンペリ」

「ベタだな」

視察と言うわりにはドフラミンゴは何をするでもなく、上等の革張りのソファにだらりと凭れかかったまま、空腹を訴えてメニューのフードを探すローを眺めていた。「マルゲリータピザってサラミ乗ってねえよな、うまい?」などと聞いてくるローに、「ここのはちゃんと薄焼きの台に上等なモッツァレラとトマト使ってんぞ、旨いんじゃねえの」と律儀に返してやっている。ローが比較的好んでいる冷凍ピザのふかふかした厚手の生地を、ドフラミンゴは出来損ないのパンだと言って憚らない。これで食べ物にはうるさい質なのだ。
そのとき、失礼します、と静かな声がして、ダークグレーのスーツを着た長身の男が入ってきた。低いトーンでドフラミンゴと二言三言挨拶を交わすその人間を、持っていたメニューを閉じてテーブルの端に戻してからローはゆっくりと仰ぎ見た。
顔立ちよりも何よりもまず、その鮮やかな真っ赤な髪が目を引く男だった。「ユースタス・キッドです」と低いバリトンが名乗り、ローには銘柄の分からない香水の匂いがふわりと香る。全体がモノトーンでまとまった服の中、ネクタイピンにあしらわれた飾り石だけが照明を反射して控えめに輝いていた。

「お前は会うのは初めてだな、ロー。こいつはうちのNo.1だったり、No.2だったり…まぁ天辺を争ってる。一昨年入ったばかりにしちゃあ上出来だ」

「すぐ安定してトップになりますよ」

「だろうよ、伸び盛りらしいじゃねえか」

ローが抱いていたホストと言うイメージに反してキッドはやや口数が少なかったが、「どうした、今日はやけに喋らねえじゃねえか」とドフラミンゴが揶揄っていたところを見ると、普段はそんなことはないのかも知れない。まぁ他のテーブルと違って男二人を相手にしろっていうんじゃテンションも上がらねえだろう、とローはさして気にもせず、運ばれてきたピザとフルーツの盛り合わせを食べていた。ドンペリ・ロゼなどといういかにもな酒をねだったくせに、当の本人はペリエ片手に食事に勤しんでいるのだから、ボトルの大半はドフラミンゴとキッド二人で消費している。
キッドは途中で二度、他のテーブルに呼ばれて中座した。おまけに店長と名乗る男がドフラミンゴの元を訪れ、なにやら書類の束らしいものを見せて短い話をした後、ドフラミンゴまでもがしばらく待っていろと言い残し、バックヤードへと下がってしまった。代わりのホストは呼ばなくていい、と言い置いたのは、おそらくローの気疲れを慮ったことと、キッドが戻ってくることを見越していたのだろう。
案の定しばらくしてまた帰ってきたキッドは、ひとりきりでぽつんと残され退屈そうにマドラーを弄んでいたローの姿に少し驚いたようだった。お隣失礼します、と再び断った声がどこか緊張しているように思えた。

「トラファルガーさん、は…」

「別に呼び捨てでいい」

「そういう訳には…。その、オーナーのところでお仕事を?」

「あぁ…うん、そんなとこだな」

「年、おれと同じくらいですよね」

「多分な。おれ24だけど、ユースタス屋もそんくらい?」

「二十…四…?あ、いや、おれは21なんですが……見えねえですね、てっきりタメか一個下くらいかと…」

演技ではなく驚いているらしいキッドに「わりと言われる」と笑ってみせると何故だか軽く目を瞠って、それから不意に蕩けるような笑顔がこぼれた。硬質で鋭利に整った顔立ちをしている分、やわらかく笑んだ瞳は男のローさえ赤面しそうになったほど甘い色をしている。ホストってこわいな、と胸の内でひとりごちて、食べきれないほど豪華に盛られたフルーツプレートから苺をつまんだ。

ぽつりぽつりと話す時間は、緩やかではあったけれどローを退屈させなかった。あくまでもスタッフと客という立ち位置で、プライベートな話題はほとんどなにひとつ交わされることはなかったが、年の近い相手と下らない冗談を言い合うのは、思えばずいぶん久しぶりだったかも知れない。キッドはもうアルコールには手を付けず、ジンジャーエールを二杯注文して、カラカラと鳴る氷がすっかり溶けるまでローの声に耳を傾け、話を振り、相槌を打っては始終穏やかに笑っていた。打ち解けるうちにときおり敬語が外れかかり、繕われるたび、確かに横たわっているはずの確固とした距離が一瞬だけ曖昧になる。深い夜の底にあっても店内は喧騒で満たされていたが、片隅にあるこの一角は騒音すら遠く感じられた。

もう日付も変わる頃、ようやく戻ってきたドフラミンゴをちらりと見て、キッドは少し切羽詰ったにも見える今日一番の真剣な表情でローを見据えた。なに、と聞く前にスッと手を取られ、掌にちょうど収まるくらいの薄く硬質なものを握らされる。

「…トラファルガーさん…おれ、」

あの時キッドがなにを言おうとしたのか、いまだに知らないままだ。
何度聞いたって視線を逸らして言葉を濁してしまうのだから、きっとなにか一大決心の元にひどく恥ずかしいことでも口にしかけたのだろう。

車で送られる帰り道の間じゅう、手の中にちっぽけな置き土産を握っていた。つるりとした表面に浮く僅かな凹凸を指先でなぞり、目を閉じる。シートにくったりと全身を預けたローを見て、疲れたか、とドフラミンゴが笑った。
自宅へと続くエレベーターの中でそっと掌を開けると、黒地に灰の透かしと銀文字の描かれた小さな名刺だった。店の名前と住所、電話番号のほかに「Kid」とだけ綴られたそれを裏返すと、黒い紙の上でひどく見辛くはあったが、ボールペンで力を込めてなにかを書きつけた跡が見て取れた。きっと他に使えそうなものも見当たらず、慌てていたのだろう。まったくスマートではないそれがおかしくて、ローはなめらかに上昇を続けるエレベーターの壁に寄りかかり、肩を震わせて笑いを堪えた。

「気付くかよ、こんなん」

インクの部分を光に透かすとかろうじて読み取れる、表の連絡先とはまるで違った数字の羅列は、きっと彼のもっと個人的な場所に繋がっている。




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