『Oh! Be A Fine Girl〜』と同設定です、現パロでキッドさん×白黒兎ローさん)
(キドロですが、ロー×ロー描写がありますのでご注意ください)





残暑も過ぎ去った十月の日暮れは早い。
午後三時からこの上なく機嫌の悪かった曇り空は、夕方と夜の境目すら曖昧にする。電車の窓から刻一刻と鈍色が濃くなっていく外を眺め、鞄の中に放り込んでおいた折り畳み傘の存在を確認しながら、キッドは憂鬱な溜息をついた。駅前のスーパーで買い物をして帰ろうと思っていたのに、これでは最寄り駅に着く頃には降り出しているだろう。重い食料の詰まった袋を提げて傘を差すのは億劫だ。そしてその憂いを嘲笑うように、ガラスにぽつぽつと走り出した水の軌跡に、舌打ちのひとつもせざるを得ない。

ひどい雨だった。



ふたりで、ひとつ
(You and I, and our most Beloved!)



「3658円になります」

あぁこれは、ひとつにまとめるにはちょっと厳しいかもしれない。
片手は開けとけなきゃならねえのに、と予定より重い籠をサッカー台に乗せながら、つくづくうまくいかない日だと思った。雨足が弱まればいいと願いながら、時間をかけて売り場を見て回った結果がこれだ。冷凍食品が割り引かれてるだの、マヨネーズがそろそろ切れそうだっただの、目に付くものをついつい買い込んでしまった。
ぎりぎりのところで、というより半ば無理矢理全てを押し込んだモスグリーンのエコバッグを肩にかけ、自動ドア越しに見た外は結局一時間半前となにも変わっていない。見事なまでの大雨だ。こんなことならまっすぐ家路について、多分ひとつくらいは残っているだろうカップ麺でも啜って眠ってしまえばよかったのだ。
タイミング悪く赤信号ばかり続く横断歩道さえ忌々しかった。濡れたボトムの裾が気持ちが悪い。やや狭い折り畳み傘では、キッドの体と荷物の両方を保護するには頼りなく、エコバッグは半分ほど水を吸って色を変えてしまっていた。
雨にけぶるマンションの明かりを目指し、最後の角を曲がってようやく一息を吐く。あと十数メートル、エントランスをくぐってしまえばこっちのものだ。煩わしい傘とも、気の滅入る雨ともおさらばで、食料を冷蔵庫に突っ込み、湿った服を脱ぎ捨て、バスルームに飛び込んで熱いシャワーを浴びるだけだ。ろくでもなかったこの一日は、風呂上りの冷たいビールをより旨く飲むための布石だったに違いない。

だから、浮き足立っていたキッドは、些か反応が遅れたのだ。
曲がり角から、二つ目の電柱横にあるゴミ捨て場。距離にしてほんの四、五歩分。ザアザアと降りしきる雨音に紛れた、小さな、けれど必死さの滲む涙声。
通り過ぎようとして、意識の端に引っ掛かって、普段ならほんの一瞬の間に関わるべきか否かを判断しただろう。おそらく面倒ごとだと避けただろうな、と今ならばそう思う。しかし、そのときのキッドはなにしろ疲れきっていて、安穏とした自室を目の前に、とても、とても無防備だった。
なんの気は無しに立ち止まって、そちらを向いて、何事かと覗き込んでしまった。

人影は二人だ。
アスファルトにぐったりと倒れている一人を、もう一人が懸命に揺さぶっていた。
ろー、おきて、ろーってば。キッドの耳にはそう聞こえた。名前だろうか。傘も差さずに、衣服がべったりと重く肌にまとわりついているのが、夜目にもはっきりと見て取れる。
パシャン、と水たまりを踏んだのと、人影が顔を上げたのは同時だった。
線の細い男だ。黄色いパーカーを身に着け、フードをすっぽりと被っている。
すこし震えていて、血の気の引いた顔は泣き出しそうに歪んでいる。思わず息を呑んでしまうほど、悲しそうで途方に暮れた表情だった。ぱち、と瞬いた拍子に、こんな土砂降りの中で分かるはずもないのに、大粒の涙が頬を滑り落ちていったように見えた。
色をなくした唇が小さく動き、呼ばれた気がしてキッドは男に一歩近づく。
倒れたまま動かないもう一人の頭から、なにか白っぽい奇妙なものが伸びているように見えたが、縋るように見上げてくる男と視線を合わせるようにしゃがみ込む。自分も濡れることを僅かに躊躇い、しかし結局見かねて傘を差しかけてやったキッドの袖口を、冷たい指がぎゅっと掴んだ。


「……たすけて」


秋も半ばの雨のひどい、冷え込む夜だった。





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