(学パロ)




ユースタス屋について知っていることはそう多くない。名前と、派手な赤い髪に纏わっているのだろう幾つかの評判、同じ学年で違うクラス、それから朝の通学電車が同じなこと。
決まった時間の同じ車両。初めてユースタス屋に気付いたのも同じ場所だった。そこそこ混み合った朝の電車でふと視線を感じて顔を上げれば、赤い瞳と眼が合った。俺が立つ場所の向かいのドア、距離にして数メートル。正面からかち合った視線に怯むことも逸らすこともしない。ユースタス屋はじっと俺を見つめ、こちらから眼を逸らすのも癪で俺はその瞳を睨み返し、そのまま数分の膠着が続いた。電車がホームに滑り込み、ドアが開く。俺達が降りる駅はまだ少し先で、まさか目的地に着くまでこのままなのかと思ったら、入ってきた乗客に紛れるようにユースタス屋が近付いてくる。相変わらず視線は逸らされることを知らない。
人ごみに押しやられるように数メートルの距離は消費され、ユースタス屋は俺の目の前に立った。俺より背が高いこいつに見下ろされることに無性に腹が立って口を開こうとすると、指先に温かい物が触れた。指に絡みつく感覚に、ユースタス屋の手だと理解する。するりと手の甲を撫で、そう強くは無い力で、けれど簡単に解けない程度にはしっかりと握られる。何、と問いかけようとした唇にもう片方の手が触れた。男のくせに黒く塗られた爪で軽くなぞられ、ちょうどそのときガタタンと電車が揺れる。一瞬で唇から離れた手がトンと顔の横に置かれたかと思うと、今度はもっと温かい物に唇を塞がれる。閉じる間もなかった視界に、伏せられた赤い睫毛がぼやけて映った。
(地毛なのか、こいつ)
男にキスされたと言うのに、浮かんだのはそんな感想だった。
それから毎朝、奇妙な関係が続いている。
相変わらず俺達は言葉を交わさない。互いに向かい合わせのドアの横に立ち、最初のように膠着して睨みつけることはなくとも何とはなしに相手の姿を眺め、電車が込み合ってくると同時にユースタス屋がこちらに来る。俺を壁に押しやり、作った死角で揺れに紛らわすようにして幾度も唇を合わせる。口付けのひとつひとつはほんの一瞬で、けれど決まりごとのように繋がれた片手は、学校の最寄り駅に付くまで決して離される事はなかった。



休み時間の騒がしい廊下でも、女の声というのは良く響くものだ。喜色をにじませた甲高い声と、恥じ入るような甘ったるい声。『どうしよう』『頑張って』『でも断られたら』『大丈夫』『でも』『ユースタス・キッド』、興味などなかったはずのすれ違いざまの話し声に思わず意識を向けてしまった。『見付からないし』『サボるから』『屋上に』、遠ざかっていく声に少しの間逡巡して、結局同じ方向に足を向けた。
我ながら褒められた行為ではないと思う。けれどなんとなく不愉快で、少しの興味があった。
あの女は、きっと告白でもしに行くのだろう。本当に屋上にユースタス屋が居たとして、その告白を受けたとして、それで俺に何の影響があるのか、俺がそのとき何を思うのか、純粋に疑問だった。自分のことなのにまるで想像が付かない。なにしろ俺はユースタス屋と会話の一つもしたことがない。指を絡めて、数え切れないほどキスをして、それなのに他にはほとんど名前しか知らない。

「…悪いけど」

屋上へ続く古い扉は半分ほど開いていて、まだ階段を上りきっていないと言うのに声が聞こえた。ここにきて今更、そういえば俺は会話どころかユースタス屋がどんな声なのかさえ知らないと気付いたが、男の声である以上、流れからしてあれはユースタス屋なのだろう。
随分とまあ、ややこしい話を出入り口の近くでするものだ。誰か来たらどうするつもりなんだろうか。こんな場所に出入りするのなんて、ユースタス屋と、告白しにくる女と、せいぜい性質の悪い野次馬くらいしかいないだろうけど。
悪いけど付き合えない、と改めて断る声。十秒ほどの気まずそうな沈黙。
じゃあ、せめて。そう言った女の声が震えていた。せめてキスして下さい、一度だけ。
再び降りた十秒の沈黙に目を閉じた。女の方は泣いているのかもしれないなぁと感慨もなく考えた。ユースタス屋はどんな表情をしてるんだろう。此処に来る前は半々だった俺の好奇心と不快感は、今は一体どっちに傾いているんだろうか。

「…それも、悪いけど。好きな奴いるし、そいつとしかそういうことはしたくない」

あの顔でなんて可愛いこと言うんだ、ユースタス・キッド。
そして俺はなんてことを立ち聞きしてしまったんだ、トラファルガー・ロー。
好奇心は猫を殺すのに!
踊り場の隅にへたり込んでうわああぁ、と俺が一人赤面している横を、バタバタと軽くてけたたましい足音が駆け抜けていく。それはあっという間に聞こえなくなって、それから更に十数えてようやく重い腰を上げた。
そういえば校内でユースタス屋に逢うなんて、すれ違う以外じゃ初めてじゃないだろうか。

「おい、キス魔」

フェンスにもたれて既に寝る体勢に入っていた男は文字通り飛び上がった。赤い瞳が真丸く見開かれる。たったいま女が出て行った扉と俺の顔を交互に眺め、なんで、と唇だけが動いたが声になっていなかった。
投げ出された脚の上に座って向かい合ってもまだ信じられないみたいに、呆然とした表情のまま大きな手が恐る恐る俺の頬を撫でる。

「トラ、ファルガー…?」

なんだ、お前もちゃんと俺の名前知ってたんだ。

「なぁ、キスしよう。ユースタス屋」


の奥の告白


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