(王子様と人魚)
(性描写を含みますので、苦手な方はご注意ください)




海の底は、この世でもっとも雄大にして美しい楽園だ。
なにもかもが深い青のベールを掛けられている。目の覚めるような、或いはとろりとしたまどろみに誘われるような、青い青い水のカーテンをかき分けた先にある珊瑚と真珠の玉座。さらさらときめ細かな砂と、毛足の長い水生植物のカーペット。色鮮やかな小魚たちが、流星の奇跡を描いている。見上げれば、幾条も差す光の中をキラキラ降り注ぐ、ダイヤモンドと見紛うマリンスノー。質感や輝きの異なる珍しい鉱石がそこかしこに埋め込まれた、この海域でもっとも大きな岩のドームが、ローの暮らす通称『宮殿』だった。


何不自由ない生活と、美しいものばかりに囲まれた日々に、贅沢と知りながらも些かうんざりしていたのかもしれない。なにしろここには変化というものが決定的に欠けている。退屈の一言に尽きるのだ。
宝石の原石をいくつも入れて、転がすたびに鈴のようにカラカラと歌う丸い珊瑚のボールを手慰みに、「つまらない」と唇を尖らせていた子供のローを、王である父親や有能な側近たち、よく気の付く世話係まで、みんな困ったように苦笑して同じことを窘めたものだ。永遠に続くこの平和な日々こそ誰しもが抱く夢なのですよ、と。もう少し大人になればきっと分かります、と。

「で、いまだに全っ然分かんねえんだけど、俺は一体いつ大人になれるんだろうな」

「フッフフフ…まるで言うことが変わらねえな、そういうところがガキだっつうんだ。図体ばっかりでかくなりやがって」

「うるせえな、どうせなら麗しくなったと言え。ついでに跪いてキスの一つもしてみせろ」

「その尾鰭にか?馬鹿げてる!俺は魚料理だって尻尾は残すぞ。てめえらのそれは口に入れるもんじゃねえよ」

「…もういい、お前なんかに無礼だって怒るのも飽きた」

「なんだ、ずいぶん参ってんなぁ…フッフ…退屈で死にそうってツラだ」

贅沢ものめ、と笑うドフラミンゴの声は、髪をかき回す掌の粗暴さとは裏腹に幾らかの哀れみと優しさを含んでいた。羽織ったコートのやわらかな羽毛の袖口が額を擽っている。その心地良さに、一枚岩のテーブルに突っ伏したまま目を細めた。

「側近には伝えたのか?俺のとこに来るって」

「まさか」

「言ってりゃあここには来れねえか…側近どもにはさぞ頭の痛い王子様だろうな。お前も大概にしねえと、なにかあったときに誰も気付いてくれねえぞ」

「なんもねえよ、こんな平和で退屈なとこ……それに、俺が行けるとこなんて『墓場』かお前のとこだけだろ」

「墓場なぁ…んな不貞腐れてるってことは収穫なかったんだろ?最近は嵐もねえから何も降ってこねえだろうな」

「…まったくその通りだよ、つまんねえ」

ここから少し北に行った先、『船の墓場』と呼ばれるだだっ広いスクエアには、新旧混じった沈没船がいくつも横たわっている。優美な木の枠組みと、中にたっぷり詰まった見たこともない品の数々に、幼い頃はおとぎ話の世界に迷い込んだような気がした。夢物語にしか描かれない地上の世界。尾を持たない人間たちの暮らす、海と空に挟まれた国。まだ海面へ近づくことさえ禁じられていた時分、朽ちかけた額縁入りの肖像画と不思議な紋様のタペストリーで岩壁を飾り、冷たい銀の食器を白砂に並べて、ドフラミンゴを無理矢理向かいに座らせてはせっせとままごとに勤しんだものだ。
右手では聞き分けのない王子にせがまれ、左手からは口煩い側近たちの小言の雨を浴びせられ、至極面倒そうにしながらも、どこへいくにも付き纏う幼いローに根負けしたのか、宮殿から遊泳十五分のその秘密基地にこっそり連れ出してくれたドフラミンゴは、ローたちと同じ海の世界の住人ではなく、憧憬の的である地上から降りてきた『魔法使い』だった。

素性も過去も、くわしいことは何も知らない。
十数年前に突如この海底に現れ、ここら一帯に混乱を巻き起こしたドフラミンゴは、ローが生まれて初めて見た本物の『人間』だった。水の中にも関わらず自在に会話し、二本の足で歩き回り、空き家のひとつを空気で満たして、ここには本来あるはずもない近づくと熱い『火』を入れたランプをあちこちに据えて生活する、童話の世界から抜け出たような人間。
ドフラミンゴが初めて宮殿を訪れた日のことは今もよく覚えている。どうやって警備をやり過ごしたのか、堂々と正門から謁見の間まで案内も請わずにやってきた男は、ざわめきいきりたつ家臣たちには目もくれず、玉座に座るローの父にこの海底に住処を持つという決定事項だけを淡々と伝え、言葉もない観衆をぐるりと見回して不遜に笑ったのだ。何を企んでいるのか、なんの気まぐれか、どんな理由を持ってすれば人間が海の底で暮らそうなどと思うのか、この国に害を及ぼすつもりか否か。何ひとつ語ることをしない、少なくとも到底善人には見えぬ胡散臭い男だった。父の側で唖然とその一部始終を眺めていたローが、用件のみを伝えて立ち去ろうとする男に向かって歓声を上げて泳いでいった時は肝どころか心臓までが潰れる思いだったと、後でペンギンに散々叱られた。当のドフラミンゴだけは相変わらずの笑みを貼り付け、水の中でもまるでへたることを知らない羽毛のコートにまとわりつく小さな人魚を撫でるばかりで、窘めもしなかったが。
山積みの得体の知れない器具や本や家財道具に囲まれただだっ広いこの家で、ときおり陸には上がるものの、ドフラミンゴはもうその十年以上を海の底で過ごしている。ローがその気になればいつでも会いに来れるこの場所に、ひと続きの水を共有して、子供の頃からなにひとつ変わらない姿のまま。

「なぁドフラミンゴ、頼みがあるんだけど…」

「やめとけ」

「…まだ何も言ってねえよ」

「聞かなくても分かる。上の世界に行ってみたいとでも言うんだろうが、やめとけ」

出鼻を挫かれるとはこのことだ。削り出しの棚からビスケットを缶ごとローの前に置き、黙ってそれでも食べていろ、と言わんばかりにドフラミンゴはテーブルの端に積まれた羊皮紙の束を引き寄せた。
ローには到底理解できない文字の羅列を目で追い出した男が、いよいよ没頭してこちらに意識を向けてくれなくなる前にと、ぶ厚いそれをひったくる。不真面目そうに見えてとんだワーカホリックなのだ。一度仕事に集中させてしまえば、ローなどそこいらに漂っている海藻も同然の扱いしかされない。

「そんなもん後にしろよ!」

「そんなもんとはなんだ、文句ならてめえの親父に言え。そっちからの雑用も山積みなんだよ」

「だから聞けってば!上にはもっと色んなもんがあるんだろ?人間みたいに陸の上を歩いてみたい」

「駄目だ。十五の誕生日で海上までなら行き来できる許可は下りてんだろう、それで満足しろ」

「そんなの結局遠くから見てるだけじゃねえか…!そうじゃなくて、お前みたいな自由に動ける足が欲しいんだ。魔法使いならなんとかできんだろ」

「…アホらしい、人魚と人間じゃ文字通り世界が違う。憧れは憧れのままにしておくんだな。陸の王侯貴族どもだって退屈退屈って言うことはてめぇと変わんねえよ」

「…一生の頼みだから」

「ガキは皆そう言うんだよ、一生のうちに何度でもな」

「ドフラミンゴ!」

「駄目なもんは駄目だ。いい子だから聞き分けろ」

こんなにも投げやりに「いい子だから」と言う大人はドフラミンゴくらいなものだ。この男は往々にしてローを子ども扱いしたが、とりわけこの一言は大嫌いな台詞だった。
まともに取り合わない態度に、足さえあれば地団太のひとつでも踏んでやりたいと恨みがましく睨みつけるローをちらりと見遣って、ドフラミンゴは持っていた羽根ペンを無造作にインク瓶に突っ込み、ギシリと音を立てて背もたれに体重を預けた。決して華奢ではない椅子が、ローに同調して抗議するように軋みを上げている。

「あのなぁ、ロー…世間知らずのお前が思ってるほど世の中は簡単じゃねえんだよ。足を得て地上に行って、それでどうする?言っとくが日帰り旅行で満足したら帰るなんてわけにはいかねえぞ。種族の壁を越えるってのはそれなりの代償がいる。お前、ずっと上で暮らす気か?」

「海には戻れねえのか」

「そう簡単にはな」

「…でも、ずっと行ってみたかったんだ」

「…いいか、ロー、俺は魔法使いだ。依頼を受けて、代償を払わせて、そいつの願いを叶えてやるのが仕事だ。それを分かった上でこの俺に頼んでるんだな?」

「…うん」

「俺はなぁ、どっちかっつうと客は選り好みしねえ方だ。内容の善し悪しも問わねえ、節操なんざクソくらえだ。上じゃあそれで揉めに揉めてこんな所に住んじゃあいるがな…フッフ」

不意に椅子から立ち上がり、ドフラミンゴはその巨体で覆い被さるように真上からローの顔を覗き込んだ。「ここはいい所だぜ、堂々と魚が食えねえのだけが難点だけどな」本気とも冗談ともつかぬ台詞だったが、噛んで含めるような物言いだった。諭されているのだろう。慈愛などとは無縁そうなこの男なりの優しさなのだろう。
それに気付いていながら折れることをせず、黙って続きを待つローに、仕方なさそうに溜息を吐いてドフラミンゴは口を開く。

「てめぇで生き方を選ぶってんなら、その決断は一人前の大人のものとして扱ってやる。いわば契約だ。その結果何が起きても誰も肩代わりはしてくれねえ、全ての責任は自分で持つんだ。お前にできるのか」

「…それくらい分かってる」

「ならいい、これ以上諭すこともねえ。願いを叶えてやる」

「え…」

「人間にしてやるよ」

待ち望んだ承諾であったのに、ほんの一瞬、細かな針を飲み込んだかのような気がしたのは、ドフラミンゴが驚くほど真面目な顔をしていたせいかもしれない。濃いサングラスを透かした奥の瞳は、もしかすると流氷のように冷たい色をしてるのではないかと息を呑んだ。
けれどドフラミンゴはすぐにいつもの胡散臭い笑みを口端に上らせ、「まだまだガキだと思っちゃいたがなぁ」と可笑しそうに首を振った。壁一面を塞ぐ大きなキャビネットを物色して、いくつもの得体の知れない瓶がテーブルに出されるのを、どこか居心地悪い思いで眺めていた。

「なにぼーっとしてやがる、お前も手伝え」

「どうやって」

「全部鍋の横に運べ」

ぴかぴか光る銅の鍋に、大雑把な目分量としかみえない手付きで瓶の中身を次々と空け、蒸留された水とともに煮込まれて数時間。中身を不思議な形をしたガラスの器具に移し、あれだけ雑多な材料が入っていたとは思えない無色透明の液体が一滴ずつ滴り落ち、煮詰められ、循環し、冷やされていく。
ドフラミンゴは時々そちらに目をやるだけで、黙々と書き物に没頭している。ビスケットを二、三枚かじり、冷めた紅茶を飲みながら、ローはただじっと時間が過ぎ去るのだけを待っていた。薄暗い海底がいよいよ闇に沈み、はるか向こうでは宮殿の灯りがともり始める。互いに一言も喋らなかった。どんな仕掛けが施されているのか、部屋中のランプが一斉に燃え上がり、熱と光で周囲を満たしてようやく、ドフラミンゴは「あぁ、夜か」と呟いて椅子から立ち上がった。
鍋の中身はほとんど空になり、フラスコは水晶のように冷たく光る液体で満たされている。

「…もうできたのか?」

「あとは仕上げだな。ほら、鱗一枚よこせ」

「え…やだよ痛えだろ」

「そんぐらい我慢しろ!一瞬だろうが」

無造作に伸びてきた指が一枚どころか二、三枚まとめて腰の鱗をむしり取り、思わず悲鳴を上げた。この男ときたら、髪を引き抜くのと同じようなものと思っているのではないか、痛みの質が違うというのに。「大袈裟だな」と呆れられ、うっすら涙のにじむ目で睨みつけても堪えた様子もない。
剥いだ鱗をフラスコに落とすとシュワァッと縁から零れんばかりの気泡が盛り上がり、ほんの一瞬虹色に光ったかと思うとみるみる色が変わっていく。鱗の色がそのまま溶け出したようなコバルトブルーだった。コルク栓を捻じ込んだガラス詰めの魔法薬は、どんな比重なのか、見た目よりもずいぶんと重たかった。

「これ…」

「お望みのもんだ。飲み干せば尾鰭が人間の足に変わる。窒息したくなかったら陸に上がってから飲めよ」

「…なぁ、その、代償ってのは」

「ん?あぁ、そうだったな…とは言ってもなぁ、鱗以外にてめぇから剥ぎ取れるもんなんて…」

「……鱗はもうやだ」

「いらねえよ。他っつったらその声でも貰うしかねえが…まぁいい、十年来の付き合いだ。今回は特別に割り引いてやる」

「え、いい…のか」

「お前が消えればこの海底は大騒ぎだろうからなぁ、代償といえばそれが代償だ。退屈してんのは俺も同じなんだ、当分は嘆く家臣どもでもからかって暇を潰すさ」

「………」

「どうした、今更残される連中が気がかりにでもなったか」

「…あんま酷ぇことすんなよ」

「酷ぇのはどっちだ!これだから傲岸不遜な王子様ってのは救えねえ」

ぼすん、と痛みを伴う強さで頭に置かれる掌も、もうこれきりかもしれないと思うと胸につかえる感覚があった。物言いといい態度といい、腹立たしいことのほうが多いドフラミンゴが、そのくせちゃんと自分を可愛がってくれたことを理解しているのだ。父親と同じとも兄のようだとも思わないけれど、血の繋がりもないこの男に対して、肉親に抱く特有の気持ちに近いものをローはずっと温め続けている。

「ドフラミンゴ、ありがとな」

「礼を言うようなことかよ。そんな言葉は引き止めて説得してくれるやつらにこそ掛けてやるんだな」

「…うっせえな、一応言ってやっただけだ」

「きっと後悔するぜ。この世界が結局一番てめぇに優しかったってな」

「…うん、お前が言うならそうなんだろうな……でもやっぱり、行ってくる」

「おう、途中で鮫にかじられるような間抜けはすんじゃねえぞ。あぁ、それから…」

「それから?」

「人間はもちろんだが…上の王族には気をつけろ。近頃じゃどうも好き放題やってるってろくでもねぇ噂も聞こえてる」

「…王族」

「昔会ったきりだが、お前と同じくらいの年頃の王子がいたな。もっともお前と違って可愛げの欠片もねえがな」

「王子って俺と同じか。もしかして、たまにでかい船でパーティーしてるあの連中か?」

「おいおい…間違っても仲良くなろうなんざ思うんじゃねえぞ。そいつはなぁ、ロー…」





いまにも雫の垂れてきそうな、熟れきった円い月が眩しかった。
睫毛を濡らす海水が視界を滲ませ、光の周辺にぼんやりとした輪をかける。純銀を砕いたような星屑が空一面に散らばっている。すっかりと夜だった。
濡れた頬に当たる風が思ったよりも冷たく、ローはふるりを身震いをすると海面すれすれに浅く潜って入り江を目指した。ずっしりと重たい瓶の中では、発光するほど鮮やかなコバルトブルーが掴んだ指先を青く透かしている。好奇心とわずかの恐怖で、全力遊泳をした後のように心臓が痛かった。

波に洗われた入り江の岩場は、昼は太陽の熱をたっぷりと吸って、凭れ掛かるローをとても親しげに受け止め肌を温めてくれるのだが、今は別人のようによそよそしい。波打ち際の湿った砂も、ドフラミンゴが時々出してくれる焼きたてのクッキーのような温度を失っている。夜の海岸はひどく物寂しくて、ローの不安を癒してくれるものなどひとつもないように見えた。
もうそろそろ、宮殿ではローが帰ってこないことに気付くだろうか。動揺する父や側近たちの姿を思い浮かべると、胃がぎゅっと締め付けられる気分だった。思えば行く当てもないのだ。ローが知るのは穏やかな海面から眺めるきらびやかな遠い世界で、こんな心細くて冷たい夜に放り出されれば途方にも暮れる。もう何年も前から、いつかくるこの日を夢見ていたのに、何度も何度もこの瞬間を脳裏に描いていたのに、だからドフラミンゴに子供だと鼻で笑われるのだ。認めたくはないがドフラミンゴの言うことはいつだって正しい。伊達に歳ばかり食っていない。
いっそひと思いに薬を飲み干してしまおう、後に退けなくなれば気持ちも前を向くだろう。そう思って真新しいコルクに爪を食い込ませようとしたまさにその時、ほとんど本能的に全身の肌が粟立った。とりとめもないことばかり考えていて、そのせいで反応が遅れたのだ。すぐそこから聞こえた誰かの話し声に、心臓がすくみ上がる。やわらかな白砂が足音を殺してしまうことをすっかり忘れていた。
決してこの姿を人の目に触れさせてはならないと、幼少時代から口を酸っぱくして諭されてきた教えは、ローの骨の髄まで沁み込んでいる。とっさに身を翻そうとして、しかし思いのほか砂浜に乗り上げてしまっていた。魚の尾は、陸に上がってはこの上なく不自由だ。腕の力だけでせめて岩陰に隠れようとするローの耳は、複数の息を呑む音と、踏みしめられる砂がぴたりと静まる瞬間を無情に拾い上げた。
ぱしゃん、と尾の先が寄せる波を打つ。すぐそこに見える海は、まだ絶望的に遠い。

「…なんだ、お前」

「……ぁ、」

「魚…?人魚、か?」

恐る恐る顔を上げた先にいたのは、夜目にも鮮やかな髪を持つ二人の人間だった。海の中では終ぞ見かけないほど深い深い真紅の髪を持った男が、目を丸くして不躾にローを見詰めている。一歩後ろには、金髪を縦横無尽に跳ねさせた男が影のように控えていた。
これほどの赤を、ローは沈没船に埋もれた宝石か、肌を裂いて流れる血の色でしか見たことがない。揃いのピジョン・ブラッドの瞳がスゥ、と細まる様がどこか不吉に映る。ゆっくりと吊り上がる酷薄そうな唇が吐く言葉を、すでに頭の隅で予想していた。

「面白え、キラー、捕まえて帰るぞ」

「…おい、キッド」

「退屈しのぎの散歩のつもりが、思いがけねえ拾いもんじゃねえか。いいから捕まえろ、そこそこ楽しめるようなら何日かは大人しく引き篭もっててやるよ」

「…まったく、ろくなことを思いつかないな」

次の瞬間には、数歩離れていたはずの金髪がふわりと鼻先を擽った。「すまないな」とわずかに気の毒そうな色を滲ませた、けれどあくまで平坦な声が耳元に吹き込まれる。時間が数秒分、ごっそり切り取られてしまったかのような錯覚に身動き一つ出来ないローを、キッドと呼ばれた赤毛の男が可笑しそうに眺めていた。その斜め後ろに、砂を蹴立てた足跡だけが残っている。
皮膚と鱗の境目にめり込む拳は、どこか他人事のように現実味がなかった。鼓膜のさらに奥でドフラミンゴの声が静かに脳髄を揺さぶっている。音叉の余波のように、そっと身体中の水を震わせてさざなみが立った。
王族には気をつけろ。そいつはなぁ、ロー、


「真っ赤な色をした、悪魔みてえに気性の荒い野郎だからな」





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