(Cross My Heartのそらの様に頂いたイラスト(★)と、猫の日の同タイトル日記『ねこのきもち。』にカッとなって書かせて頂きました)
(気持ち的にはあの素敵絵の対応話です。時間軸は本編の4話〜5話の間くらい)




「…お前なんでこっち来るんだよ…ソファの方使えって。シングルに二人も寝れるか」

「は?ふざけんなよ、あんな貧相な寝床ありえねえ。起きたら身体バキバキじゃねえか」

「こっちよりは余裕あるだろ。客用布団ねえんだから文句言うな。週末にでも買いに行ってやるから…」

「客じゃねえし!とにかく俺は絶対ベッドで寝るんだからな。てめえにはいきなり環境が変わって不安なペットへの気遣いはねえのか、バカスタスが」

「少しでも不安そうに見えたらな…!」

「俺、壁側な。狭いほうが落ち着くし、落ちるのやだ」

「聞けよてめえ!」

なんだよ、いつも大学だバイトだって訳分かんねえもんで俺のこと放ったらかすくせに。
寝るときくらい隣に置いてくれたって減るもんじゃねえだろうが。



 ねこのきもち。



自分の容姿がネコとして恵まれていないことにはとっくの昔に気付いてた。
珍しい色の毛並み、幼くて愛らしい顔立ち、ぱっちりした大きな瞳、臆面のない笑顔。人気があるのはなんたってそういう個体で、そのうちどれかひとつでも備わっていたら少しは違ったのかもしれない。
専用施設にいた間も、周りのネコたちはどんどん買われて入れ替わっていく。誰の目にも留まらない俺を最初こそ励ましたり慰めたりしていた職員たちに、次第に諦めと同情が混じっていくのが煩わしかった。せめて愛想良くしろだのなんだの言われたとこで、マジックミラー越しに品定めしてくる顔も見えねえ客に笑顔振りまくなんて考えただけで馬鹿みたいだ。

結局どこぞの店に客寄せ用の景品として払い下げられ、話し声や騒音の絶えない場所で数日、俺を引き当てたのは声からしてどうやら男だった。よりにもよって、と舌打ちのひとつもしたくなる。どっちかと言えば女に貰われるほうが話はスムーズだろうし、もしかしたら相手も喜んでくれる可能性だってあったのに。
困るだの、いらないだの、嫌でも耳に飛び込んでくる会話に知らず唇を噛み締める。
俺だって別にお前なんかに貰われたくねえよ。好きでここにいるわけじゃない。
ただ行く所がなかっただけで、渋々俺を連れ帰るこの男に捨てられたら本当に路頭に迷うしかなかったから。望んだわけでも、望まれたわけでもねえのに。

「なんで目隠しとか着けてんだ、変質者みてえだぞ」

遠慮のない手が目許を覆う革を鷲掴みにして、髪が引っ掛かるのにも構わず引き剥がされた。
俺のこといらねえって言ったくせに。
全身の血が熱くて、暴力的までに視界を犯す赤い色に涙が出そうになるのをなけなしのプライドで堪える。
世界が変わったあの瞬間を、俺はきっと死ぬまで忘れられないだろう。




ここに来てからほとんど毎晩、ユースタス屋が寝入った後に起き出すのが日課だった。
気付かれないように息を殺してそっと肘をついて、規則正しい寝息を立ててる白い顔を覗き込む。真っ赤な髪が見た目より柔らかいのをもう知っていた。ほんの少し癖毛寄りだけどサラサラしてて指通りがいい。暗くてよく見えないけど睫毛まで同じ色で、こんな冗談みたいに綺麗な赤毛、ネコだってそうそう持ってるもんじゃない。
額にかかる髪を払ってやったとき、ユースタス屋が狭い中で器用に寝返りをうってこっちを向いた。思わず身構えたけど、上半身起こしてた俺の胸元に顔を埋めるみたいにしてまたすぅすぅと暢気に夢の世界に戻ってしまった。さっき悪戯で三つ編みにした髪がちょうど下敷きになってる。このまま解いてやれなかったら朝怒られるかもしれない。一房だけ変な寝癖をつけたユースタス屋を想像して、ざまぁみろ、鼻を摘んでやった。
少しでも一緒にいて欲しいのに大抵夕方か夜にならないと帰ってこねえし、「明日は一限目から」っていう時はいつも早起きして出掛けてくからすげえつまんねえけど、朝まではこうやって独り占めできるって思えば我慢できた。
熟睡してるのを確認して、ただでさえ狭いベッドの中でできる限り身を寄せる。すぐ隣にいるのに、いつだってもっと体温が欲しくて仕方なかった。俺はいつの間にこんな貪欲になったのか。こいつに会う前は主人なんてもの、わりとどうでもいいって思ってた筈なのに。ほんとは寝床にだってそんな拘りはないけど、一緒のベッドにさえいれば起きてる間は絶対できないこともなんとなく許せるから、ユースタス屋にどんなに迷惑がられても明け渡すのは嫌だ。最近は諦めたのか、あんまり文句も言われなくなった。つむじに鼻先を埋めると同じシャンプーの匂いがして安心する。こうやってくっついていれば、慢性的に消えることのない空腹感と気だるさが少しはマシだった。

最低限は一応食えてるけど、日に日に身体が重くなっていくのを無視できなくなってきてる。
今はまだ平気な顔してられても、きっとそう遠くないうちに誤魔化せなくなるだろう。
嘘がばれたときユースタス屋は俺を責めるだろうか。あんなことまでさせたのに、無駄だったって分かったら。

「…トラファルガー…?」

眠りを引きずって掠れた声に肩が跳ねた。

「何時だよいま…寝れねえのか…?」

「…ちょっと目が覚めただけだ。なんでもねえから…」

「狭いしな、ここ…いっそダブルベッド買うか…あんま高くねえやつあったら、」

「…いい、いらねえ」

「なんでだよ、ずっとこれじゃ寝苦しいだろ」

「……狭いほうが落ち着くし」

きっと使わなくなるから、とは言えなかった。
ユースタス屋は不思議そうな顔で俺のこと見てたけど、まぁ猫だしな、なんて中途半端な納得をして欠伸をひとつこぼした。

「はやく寝ろ…また朝、ねむいってぐずるだろ…」

ずれた毛布を引っ張りあげて、そのままあやすように背中を叩いてきた。
緩やかなリズムはすぐに止んで、腕一本分の重みだけが残る。

「…ユースタス屋」

返事の代わりに聞こえるのは穏やかな寝息だけだ。

「ユースタス屋、」

無性に撫でて欲しくなった。
大丈夫だって、ここにいていいって言って欲しかった。


貰っても困るって訴えてた時点で覚悟はしてたけど、案の定ユースタス屋は俺をネコらしく扱ってはくれなかった。
普通は連れ帰った初日なんて可愛くて構い倒したくてしょうがないって聞くのに、そんな素振りどころか渡した説明書さえろくに読もうとしない。興味がなかったのかもしれねえし、ただ耳が生えただけで人間と同じだと思ってるのかもしれない。突然始まったネコとの暮らしに困惑してるのだけが伝わってきて、だから俺はその時点でもうほとんど諦めてしまってた。とてもじゃないけど餌のことなんて言えるわけなかった。
多分、一週間が限度だ。
きっとそれ以上身体は持たない。もしかしたらマニュアル読んだユースタス屋にもっと早く追い出されるかもしれない。オス相手に冗談じゃねえと吐き捨てるとこなんて容易に想像できる。
どっちがマシかなんて分からなかった。そのときがきたらどうなるのかも上手く考えられなかった。
頭に渦巻くのは、あんまり時間がないってそればっかりで。

だけど一週間目のあの日、初めて抱きかかえられて、絶対に有り得ないと諦めてた掌に触れられて、俺はそれで決定的に駄目になってしまったんだと思う。
欲しくて仕方なかったもんを中途半端に投げて寄越すユースタス屋は、今まで出会った中で一番ひどい人間だった。あのとき俺を連れ帰ったりしなければ、目隠しさえ取らなければ、あのまま放っておいてくれたら、ネコにもオスにも興味なんかねえくせに。詰りたかったことなんていくらでもあって、だけど会わなきゃよかったとどうしても思えない俺が一番馬鹿だ。こんな、始まった瞬間にもう終わりが見えてる関係で、それでもどうしょうもなくこいつを好きなままの俺が悪い。
面倒ごとばかり持ち込んで、与えられるばかりで、きっと最後にはユースタス屋に後味悪い思いをさせるのに。他のネコたちみたいに飼い主を幸せになんてしてやれない。


(…好きになってごめん)


もっと早く、傷の浅いうちに離れていれば。
そう何度も後悔して、また動けなくなる前にって思いながら、いつもユースタス屋が出掛けた後もどうしても玄関のドアを引くことができない。
心底迷惑そうに連れ帰るのを拒否してた声は、今も耳に残ってる。期待なんかしたら余計に苦しいのに、側に置いてくれると約束した言葉がこのまま死んだっていいって思うくらい嬉しかった。
一日でも早い方がいいと分かってるのに、せめて一日でも長くって、ずっとそればかり考えてる。


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