「はっ…人に体調管理がどうこう説教しといて、てめえがこの様じゃあな?」

「……なに勝ち誇ってんだ」

鼻で嘲笑うトラファルガーは、あれから丸二日ぶっ続けで寝込んですっかりぴんぴんしてる。俺はといえばどう考えてもこいつに風邪を貰ったとしか思えねえのに、気遣うどころか看病という大義名分振りかざして相変わらず人の部屋に居座ってた。快復してすぐに鍵を失くした自室も開けてもらったのに、一時間と経たないうちにまたこっちに転がり込んでからずっとだ。
何考えてるのか知らねえけど、この前のことはあれきり互いに口にしていなかった。なんとなく気まずくて追い返したいのと、一緒にいられるのが単純に嬉しいのとがごっちゃになってて扱いに困る。

「…そろそろ帰ったらどうなんだよ」

「人が看病してやってんのに何だその言い草」

「普通に起きれるし、お前何もしてねえだろうが…人に飯作らせといて何が看病だ」

「…なんだよ、そんなに帰って欲しいのか」

「どういうつもりだって聞いてんだ。好きだって言ったよな、こんな状況でまた何かあっても今度はそんな気なかったじゃ済ませねえぞ」

「……言われてねえし」

「…は?いや言っただろ、忘れてるわけねえだろうが」

「…あれは昔の俺のことが好きだったって話だろ。そんなの知るか。言われたうちに入ってねえよ」

「…なんだその屁理屈」

「だってそうじゃねえか。色々聞いたけどやっぱり思い出せねえし……この先も、お前が知ってるようなトラファルガー・ローとしては振る舞ってやれそうにねえ」

別にそんなつもりじゃないと反論しようとしたら、「黙って聞け」と思いきり頬を抓られた。
許してやるって言っててもやっぱり多少は怒ってるんだろう、容赦がなさ過ぎて痛えなんてもんじゃなかったけど、これ以上機嫌を損ねないように出掛かった文句と悲鳴をまとめて飲み込む。

「…それでも欲しいんだったらちゃんと目の前にいる俺を見ろ。大昔に告ったか何だか知らねえけど、延長線で手に入るほどお前の知ってる俺は安かったのか。ふざけんじゃねえぞ」

だからずっと待っててやってんのに。
そんなこと言って不機嫌そうにぶすくれてるトラファルガーの様子に、必死に鈍り気味の頭のネジを巻き直す。つまりもう一回ちゃんと告り直せって言われてるんだろうか。確かにこの前の状況は最悪だったけど、改めて言われるとものすごい羞恥心が襲ってきた。つうかそれだけのためにずっとここに居座ってたのか、こいつ。

「おまけに忘れろとかもう近づかねえとか…あのとき問い詰めなかったらあれで終わりにする気だったんだろ」

「…だってお前からしたらたまたま隣に住んでただけの男だろ。引かれてんの分かってんのに、」

「だからそうやって俺の話聞かねえのが一番ムカつくんだよ!ちょっと忘れたくらいでうじうじしやがって…、好きなら一からやり直せばいいだろ!そしたら俺だって…っ」

「…自分がなに口走ってるかちゃんと分かってるか?」

「知るか!なんでお前なんかっ…」

ふわっと景色がぶれる。
『お前なんかのどこが良かったんだろ』
そんな色気も可愛げの欠片もない告白を寄越した男の声が重なった。

「…なに笑ってんだよ消すぞてめえ」

「いや、根本的に変わんねえなぁって」

「…だからそんなん知らねえっつってんのに、」

「俺だって知ってるってほどお前のこと知ってたわけじゃねえよ。ほんのちょっとしか一緒にいられなかった」

「…それは聞いた」

「…お前がいない時間の方がずっと長かったし、それなりに折り合いつけて生きてたんだ。でもこうやってまた会ったら何かもう駄目だった」

昔、トラファルガーが残してくれた想いを、俺は捨てることも消化することもできずにいた。
ただ大事にしまいこんでたそれは長く埋もれてた種から芽吹くみたいに、何十年を経て確かに俺の中に根付いてる。
どんな形でもお前がまだ一緒にいてくれるんなら。
あのときの続きはもう見れなくても、今度は俺が。

「…トラファルガー」

「……ん、」

「お前のこと好きだよ、ずっと」

最後のあの朝、本当は起きてて見送ってくれてたのを知ってる。




残された後も季節は巡って、年月が流れて、時代が回って、ひとつの生涯を終えた後、俺は彼岸でトラファルガーに会えたんだろうか。
こいつのことだから、間違っても頭撫でて労ってくれるなんてなかっただろうけど。
「待ちくたびれた」って皮肉のひとつでも言って笑ったのかもしれない。
手を取って連れ出した先に、今があればいいと思った。







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