「例えば、」

切り出した途端に、ユースタス屋は嫌な顔をした。
あぁまた始まった、ろくでもない。無い眉を寄せた眉間の皺から、声ならぬ声が響いてくる。

「例えば俺が善良な一般市民だったとして、静かな村の小さな丘でささやかな診療所を開いていたとして、そんな善良なるお医者様と札付きのキャプテン・キッドが何かの折に出逢ったとしてもお前は恋に落ちるはずだ。そんなラブストーリーの封切りには、どれだけの客入りが望めるんだろうなあ」

「…場末の汚ねえ映画館でも上映しねえよ」

「いいや、するね。薄汚れたキネマならピンク映画にはもってこいだろ」

ユースタス屋の顰められた眉間はそのまま、既に半開きだった眼が更に眇められた。あ、なんかいいな、その見下す感じ。

「何が不満だよ、2億と3億超えが絡むんだぞ?さぞかし暴力的で倒錯的な出来になるんだろうな。能力も駆使すればプレイの可能性は無限大だ、想像しただけでぞくぞくするじゃねえか」

「…お前さっき、善良な一般市民とのラブストーリーって言わなかったか」

「…嘘だろおい、ユースタス屋。お前俺と純愛がしたかったのか。そりゃあ気付かなくて悪かった、まさかお前がそんな可愛らしい思考を、」

「もういい、何でもいいから全部リセットしろ」

グラスを握る指先が白くなり、しかし砕けることを懸念してすぐに緩められる。残念だ。酒浸しになったら丁寧に舐めてやったのに。手首から指先へ舐め上げて、黒く彩られた爪を噛んで、その手に残るガラスの破片で舌先を傷つけてみせたら、ユースタス屋はきっとすごく嫌そうな顔をして唇を合わせてくれるだろうに。

「まぁいい。それじゃあ話題を変えて、例えばの話だが」

「…トラファルガー」

「なんだ」

「根負けしたってことにして聞いてやる。今度は何が不安だ」

「…何だそれ。女に掛けるみてえな台詞吐いてんじゃねえ、気持ち悪りい」

「お前が『例えば』なんて絵空事語るときは大抵そうだろうが、マイナス思考が」

「ほざけバカスタス屋。お花畑なてめえから見れば、そりゃあ何でもネガティブだろうなぁ。単細胞とまでは言わねえでやるが、アメーバ三匹分の脳味噌しかないてめえと違って俺は繊細なんだよ」

額にほんの一瞬血管を浮かび上がらせたが、意外にもユースタス屋はスツールから腰を浮かすことさえせず、じっと俺の言葉を待っていた。

「ユースタス屋」

「だから何だよ」

「ものは相談だが、俺のために死んでくれ」

何を言われたのか分からないといった風に、ルビーみたいな瞳がまじまじと俺の顔を眺める。小さなおつむの思考が追いつけば、たちまちいつもの大喧嘩になってこの話はうやむやになるだろうと、そんな予想を裏切ってユースタス屋は大きな溜息を吐き、俺の腰を抱き寄せた。気に入りの帽子を脱がせてテーブルの隅に置き、髪に指を絡めるみたいにして頭を撫でられる。子供にされるような待遇を嫌って身を捩ったが、顎に噛み付かれ、そのまま鎖骨まで舌でなぞられて背筋が震えた。

「…んだよ、お前がぶち切れねえとか気持ち悪いな」

「お前が酷え顔してるからだ」





水を湛えてぼんやりと滲む視界で、ガラスの欠片がきらきらと光っている。握り潰される運命を免れたグラスは、結局床に放られて砕け散った。上等な木の張られた床が水浸しだった。あーあ、腐っても知らねえぞ。どうせ俺の船じゃねえけど。

「ぁ、あッ…がっ、つくな、て…いってんだろ…!」

「腰振ってんのはてめえの方じゃねえか」

「っ…ひ、ぁ」

腰を鷲掴みにされて引き寄せられると、ずぶずぶと腹の奥が掻き分けられるのが分かる。突き上げられる度に肺から空気が押し出されていく。口を閉じることも出来なくて、唾液を零したまま必死に酸素を取り込んだ。
ユースタス屋ぁ、わざと甘ったるい声で呼んでやると、軽い舌打ちとともに節の立った指に舌を掴まれる。逆らわずに舌先を突き出せば、紅を乱した唇が触れて、噛まれて、きつく吸われた。ユースタス屋、ユースタス屋。俺より少し肉厚の舌に上顎をなぞられるのがひどく気持ち良い。腰をすりつけて後ろを締めてやると、性悪が、と言いたげに赤い瞳が眇められた。

「トラファルガー」

「…ん、ァッ…何だよ」

「泣き言ぶちまけてえならグチャグチャにしてやるし、眠りてえならぶっ飛ぶまで犯してやる」

どっちがいい?
深紅の瞳でも瞳孔は黒くて深い。そんなことをぼんやり考えながら、ろくでもない問いかけを反芻した。どっちも大して変わらねえだろ、絶倫野郎。そう悪態をついてはぐらかすには、ユースタス屋はあんまりにも真面目な顔で俺の答えを待っている。

「う、ぁ」

「なっ…お前、いきなり抜くな!」

「ちょ、馬鹿…ぁ、動くな…って、」

すっかりユースタス屋の形を覚えた後孔は、咥え込んだものを奥へ奥へと引き込んでいく。それに逆らって引き抜こうとすると無意識に食い締めてしまい、ユースタス屋が息を詰めて抗議した。その苦しげに掠れた声に、全身の皮膚が生温く粟立つ。
このままもう一度、内臓を掻き分けて突っ込んでかき回して欲しい。
あとほんの少し理性が蕩けていたらはしたなくそう強請ったのだろうが、既に半分まで引きずり出した残りを、勢いをつけて抜き去った。背骨に沿って神経線維を逆撫でられるような、濁ったくせに鋭利な快感が駆け上がる。咄嗟に性器を押さえつけようとした手をユースタス屋に捉えられ、腰が震えて白濁をぶちまけた。

「ぁ、あ…最、悪だ…っ…まだ全然たりね、のに」

「それだけ気持ちよさそうな顔でよく言うぜ。だいたい中断したのはお前だろ」

胸元まで飛び散った精液をぬるりと掬い取り黒い爪先が汚れるのを、必死に息を整えながら眺めた。見せ付けるでもなくごく自然にそれを舐めとって呑み下すユースタス屋を見る度に、こいつも大概俺のことが好きだなぁと思うが、口先だけでも否定されるのが嫌で言葉にはしない。

「ははっ…あのなぁ、笑うなよ、ユースタス屋」

「何だよ」

「お前にもう二度と会えないんじゃねえかって、しょっちゅう思ってる」

「…海賊なんだ、その時はその時だ。それでもちゃんと会いにきてんだろ」

「そうだな、褒めてやるよ、ユースタス屋。でも俺な、時々お前に生きていて欲しいのかよく分かんなくなるんだよ」

ユースタス屋がすごく微妙な顔をした。真に受けていいのか図りかねている顔だ。真意を疑いながらも、きちんと半分だけ傷付いているのが可愛くて仕方ない。
俺はちゃんとお前のことが大好きだよ、ユースタス屋。
抱きしめて囁いてやると、意趣返しのように苦しいくらいの馬鹿力で抱き返される。

「何処も多かれ少なかれそうだろうが、うちのクルーもな、此処まで全員が全員無事だったわけじゃねえ」

「………」

「ズタズタの皮膚を縫って、足りない血と内蔵を入れてやって、それでも救えなかった日の夜は悲しいのか悔しいのかよく分かんねえんだ。殺した奴が憎いのか、それとも死なせた俺自身を許せねえのか。それにな、こういう感覚って分かるか、ユースタス屋。俺の所為で、俺の為に死んでいった仲間がひどく愛しいとも思う。脳髄かき回されるみてえな夜を過ごして、明け方くらいによく思うんだ。これで疑いようもなく俺のものだ、って。死んで初めて俺のものになる気さえする。それとも、俺が欲しいと望んだから死んだのか」

「…馬鹿馬鹿しい。お前、自分の言いたいこと整理できてねえだろ」

「そうかもなあ」

酷え顔。
今日二度目の失礼な台詞を吐いて、ユースタス屋はべろりと俺の目尻を舐め上げた。まるで涙を拭うみたいに。或いは涙を促されてるみたいに。
顔と図体に似合わず、無意識なのか不意にこうして甘やかしてくる男だった。

「だからなユースタス屋。話が戻るが、俺のために死んでくれ」

「ふざけんな、てめえを犯り殺すぞ」

「俺は真面目に頼んでるんだ」

「…嬉しくねえよ。つか寂しいなら寂しいって言え」

「違う、お前が欲しいって言ってんだ」

とびっきり甘ったるい声でそう言ってやれば、困ったような拗ねたような顔。ずるいと言いたげな表情が何とも幼くて、堪らない気持ちになった。
あぁそれだ、多分俺だけに見せる、その顔を見ると安心する。

「トラファルガー、俺は」

「いいよ。お前の言うとおり頭の中身なんて整理できてねえから、聞き流せ」

まだ完全に萎えていない性器に指を絡め、続きを強請る。一回も出していないくせに、短気でマテが苦手なこの男がよく我慢して最後まで話を聞いたものだ。
犯り殺してくれるんだろ?膝の上に乗り上げてペニスの先端が穴に擦り付けながら、自分で乳首を弄って息を乱してみせれば、分かりやすい挑発に、ユースタス屋は猛獣みたいに喉の奥で不機嫌そうに唸った。

「ん…ぁ、ユースタス、屋…お前に二度と逢えなくても、俺は絶対泣いたりしねえけど」

「いっそ泣け、可愛げねえな」

「ははっ、さっきのは冗談だ、俺のためになんて死んでくれなくていい。間違ってもそんなことして欲しくねえけど…いつか死ぬときはお前に逢いてえなあ」

「…あぁ、覚えとく」

約束という形をとらないユースタス屋は、やっぱり不器用で優しくて俺のことが大好きで、可愛くて可愛くて仕方なかった。


いつか死ぬときはこいつを抱えて海に沈みたい。すっかり嫌われてしまった俺達でも、その時がくれば彼女の中に還れるだろうか。
なぁ、愛しのジョリーロジャー。
途方のない青に抱かれる様を、お前が空から見ていてくれるといい。



羊水の夢をみましょうか


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