(大学生と幼稚園児)




ごうごうと風の吹き荒れる地に、争いの絶えない二国がありました。
もともとは小さな、けれども強い国だったのです。戦ばかりをけしかけて、周りの国々をどんどん呑み込んで、いつしかその地には強大な二つきりになってしまいました。
片国には美しいお姫さまが、もう片国には凛々しい王子さまがいらっしゃいます。
このまま最後の二つが争えば、勝った方は負けた方の首を取らねばならないでしょう。王の血脈はひとつきり。遠い昔からそう決まっているのです。
そこで王子さまは贈り物を持って、うるわしの姫君に結婚を申しこみました。

手を取り合って、ずっとなかよく暮らしていきませんか。

差し出されたのは、小さな卵ほどもある真っ赤なルビーをあしらった首飾りです。
澄みわたった青空を羽ばたいて甘い雲のきれはしを食べる鳩の胸には、きっとこれほど輝かしい心臓が収まっているのでしょう。

まあ、なんてきれいなんでしょう!

お姫さまは手を叩いて喜びます。
侍女を呼びつけてクリーム色のドレスを着替え、くちびると同じ色をした薔薇サンゴのイヤリングを外し、白絹のレースときらきら輝くルビーをまとって王子様にほほえみかけました。
王子さまもにっこり笑ってお姫さまを褒めたたえます。

よくお似合いです。なんとお美しい。
あなたに見合う美しさの贈り物をと、心を砕いた甲斐がありました。

惜しむべくは、きれいなきれいなお姫さまはとても傲慢だったのです。
王子さまの言葉を聞くなり首飾りを外して、薔薇咲き誇る中庭へ放り投げてしまいました。
鋭い棘に引っかかり、花よりも赤いルビーが夢のかけらのように揺れています。

わたくしの美しさに見合うものですって!それではこれはふさわしくないわ!

怒り、悲しんだ王子さまは、そのまま国に引き返してしまいました。
お姫さまはもう贈り物には見向きもせずに、ほっそりした白い指にエメラルドの指輪をのせ、波打つ黄金の髪を侍女が櫛で梳いています。
再び争いに沈んだ二国のその末は、遠く吹き荒れる風の音に消えるばかりでした。




「……なんつうか、面倒くせえ女だな」

大振りの重たいハードカバーを胡乱な眼で眺め、キッドはうんざりした顔でそう呟いた。
隣でローが少し眠たそうに小さなあくびを噛み殺している。ころりと寝返りを打ったちょうどそのとき、時計が気むずかしい声で九時を告げた。ローはむっとした顔で古い壁掛け時計を睨みつける。どんなに楽しく遊んでいる時でもベッドに押し込まれる最終宣告でもあるそれは、まだ小さな子供にとって些か煩わしいものなのかもしれない。

「まだねむくない。もうひとつ読んで」

「ダメだ、明日起きられなくなるぞ。それにもう眠そうじゃねえか。ほら、目閉じろ」

「…けち」

「なんとでも言え」

分厚い童話集はローにねだられて買ってやったものだ。表紙こそきらびやかだが、挿絵は少なく文字ばかりで、絵本を卒業していないローの手に負えるものではなかった。
四つの海に散らばるという昔話を集めたそれを、毎晩少しずつローに読み聞かせてやっている。
枕もとのスタンドを薄明るくなる程度に絞り、鼻先まで布団を引っ張り上げてやって、ようやくローは不満そうな顔をしながらも隣に寝そべったキッドにすり寄って目を閉じた。腕には真っ白い熊のぬいぐるみが抱きかかえられている。キッドとは遠縁に当たるローの両親が与えたものだと聞いたが、詳しくは知らない。

「ベポふわふわ…いいにおい」

「良かったな。でもそれ洗うたびに泣き喚くのやめてくれ」

「だって洗濯機なんかに入れるからだろ!しかも干すときベポの耳はさんだ!へこんでたんだからな!」

「他に挟めるとこねえんだもん。今度服でも作って着せるか。汚れにくくなるだろ」

一介の学生には不釣合いな小奇麗な洋館を、どうせ住む人間もいないからと言って貸してくれた親戚に、家賃の代わりに幼いローの世話を頼まれた。親は、と訊ねても、外国に行ったきり滅多に帰らないと言葉を濁されるばかりだ。初めて顔を合わせたときもローは白熊のベポを抱いていた。
一緒に暮らし始めた当初から人見知りが激しく最低限の受け答えしかしなかったローがキッドに気を許し始めたのは、食事のときでもなかなか手放そうとしないベポに専用の席と食器を一揃い用意してやってからだったと思う。

「ユースタス屋の目みたいだな」

眠りかけていると思っていたローが、突然ぱっちりと目を開けた。

「ん?」

「お姫さまのルビー。あかくてキラキラしてるやつ」

「…俺のはそんな立派なもんじゃねえよ」

「じゃあどんなの?ルビーって俺、みたことない」

「どんなのって言われてもな…まぁ、その、赤くてキラキラしてるんだけど」

「ユースタス屋じゃん」

「いや、なんつうか…まぁいいやそれで。本当にもう寝ろ、遅いから」

子供の素直な感想なのだろうが、なんとなく複雑な気分だった。
キッドは決して自分の容貌を好いてはいない。生まれつきとはなかなか信じてもらえないほどに鮮烈な赤い髪と、揃いの眼の色。
好奇の目を向けられることには慣れた。けれど自分の瞳を正面から見た相手が怯んだり萎縮するのはやはり気分のいいものではない。目付きの悪さも相まって、気味が悪いとはっきり言われたこともある。不愉快には違いなかったが怒る気にはなれなかった。自分ですら鏡を見てそう思ったことがあるのだ。
ローは蒼い子供だ。
髪は夜の終わりみたいな深い青で、瞳はそれよりもう少し鮮やかなオーシャンブルーで、さながらキッドとは対になる色を持っていた。
ローと手を繋いで歩いていると、突き刺さる視線が和らぐのにいつしか気付いた。兄弟かと聞いてきた見知らぬ相手は、他意などなく笑っていた。
正反対の色合いがちょうど誂えたように見えるんだろう。ローと並んで映った写真を見て、キラーは感心したようにそう言った。
いい加減慣れた。女じゃあるまいし、見てくれひとつにうじうじするなどみっともない。そう吐き捨てながらも、二十年にも及ぶわだかまりは案外根深いものなのかもしれない。
こんな小さな子供に救われた気がして、泣きたいような、少し悔しいような気持ちになった。

「なんでプレゼントいらないなんて言ったんだろうな、お姫さま」

「よっぽど美人で性格悪かったんじゃねえか」

「ふぅん…でも俺はユースタス屋の目、好きだな」

「だから俺のとはちょっと違うって、」

「大きくなったら俺、王子さまよりもかっこよくなるけど、でもぜったいユースタス屋のこと好きなんだからな」

「…お前のその自信ってなんなんだ」

「ユースタス屋よりかっこよくなる」

「へぇ、頑張れ」

「だから、大きくなったらユースタス屋とけっこんする」

誇らしげに告げられた内容は、キッドを一瞬言葉に詰まらせるに充分だった。

「…お前、結婚って何なのか知ってるのか?」

「しってる。大人になったらできるの」

「…トラファルガー、いいか、男同士は結婚できねえんだ。絵本でもお姫さまはみんな女だろ?俺とお前じゃ無理だ。そういう事よそで言うなよ、頼むから」

「うん、わかった。ユースタス屋も俺が大人になるまでないしょにしなきゃダメだぞ」

「絶対分かってねえだろ…!」

本当に内緒話のように声を潜めて真剣な表情で告げるローに頭が痛くなった。
結婚などと、この年頃のたわいない口約束だと苦笑うほかなかったけれど。ピーマンとたまねぎが大嫌いなローを、食べなきゃ大きくなれないぞ、と叱ったときに涙を浮かべながら咀嚼してたのを思い出す。子供なりに真剣なのだろう。


十分もしないうちにローは片手でベポを、もう片方でキッドの服をしっかり掴んだまま寝息をたて始めた。逃げるに逃げられず、やわらかい猫っ毛を弄びながら壁掛け時計に視線を投げる。まだ九時半。眠気なんてあるはずもない。

「寝る子は育つっていうけどなぁ…まぁせいぜい頑張って大きくなれ」

俺よりかっこよくなるかは知らねえけど。
ローとベポの頬にひとつずつ口付けてやり、脱出を諦めて電気を消す。
月明かりが蒼い夜を透かし、天幕のようにベッドにベールを掛けた。



ルールブルー


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