こいつの裸なんて別に初めてじゃない。しょっちゅう風呂で洗ってやったし、身体にだって何度も触れてきた。それなのに、服一枚脱がせるだけで妙に緊張する。
パーカーを床に投げ捨てて骨の浮いた上半身に掌を這わせると、トラファルガーは居心地悪そうに身を捩った。薄っぺらい肉に細い肋、硬い腰骨。弾力の欠片もない身体をこんなふうに組み敷くのは初めてだった。

「…あんま、見んな…」

「いいだろ別に。これくらい今更じゃねえか」

「だって…女と全然違ぇし…っ、」

また新しい涙が盛り上がっていって、あっという間に表面張力を突破する水を舌で掬ってやると、しゃくり上げるのを堪えた喉が引き攣った音を立てる。

「ちょっと腰浮かせろ、下脱げねえ」

「ユ、スタス、屋…」

「そんな顔すんなって。いつもやってんだろ?」

男同士でどうするのか、一応知ってはいるけど当たり前だが経験なんてない。トラファルガーのこともあって一度ちゃんと調べてみたらあまりの有様に眩暈がした。見てはいけない世界というやつだった。
いくら餌とはいえネコってこんなこと強要されても平気なんだろうか、あえてオスを飼う男もいない訳じゃないだろう。そんなことを思って、トラファルガーが知らない男のとこにいるのを想像したら、眩暈に加わって腸が煮えくり返るような気分になった。その時はこいつのこと好きかどうかなんて考えもしなくて、ただの同居人への情みたいなものだったかもしれない。抱く抱かれるなんてのも現実味のない話でしかなかった。
だけど裸に剥いたトラファルガーを見下ろして、肌を撫でて、ここまできても嫌悪を抱かないことに少しほっとした。

ローションで濡らした指をゆっくり後ろに押し込んでいく。
女と違って硬く閉じた入り口に心配になったけど、指の腹で何度か撫でているうちにひくひく震えだして、先端を潜り込ませると案外すんなり飲み込んだ。トラファルガーの呼吸に合わせて少しずつ奥に入れ、関節ひとつ分入るたびに掻き回してほぐしていく。掌に何度かローションを注ぎ足しながら、指を伝わせるようにして中に含ませた。手持ちのローションは粘度の低いわりとサラサラしたやつだから、こっち使う行為にはあんまり向いてない気がする。今度もうちょっと滑りやすいの買ってこようと考えて、なんか俺結構余裕じゃねえかとおかしくなった。

「痛ェか?」

「平、気だ…」

「…辛かったらちゃんと言えよ?いつもやせ我慢ばっかしやがって……でもなんか、思ったよりスムーズなんだな」

「…人間とはちょっと違うみてえ。オスでも男と…ってよくあるから、品種改良がどうこうって…少しくらい無茶しても多分大丈夫だ」

「よくあんのかよ…」

「…っ、ごめ、ん」

「馬鹿、責めてるんじゃねえって」

慌てて頭を撫でたけどトラファルガーは罪悪感まみれの表情をしてた。お前が悪いんじゃないって何度も言ってるのに、どうしても引け目が消えないらしい。
この期に及んでと呆れたが、こいつにとってはものすごく重大なことだっていうのも分かった。何ヶ月も、それこそ命削るような真似してまで口を閉ざして、本当にどうしょうもなく馬鹿だ。

「…なぁ、ほんとに俺は…今のままでも平気だから、」

「もういいからちょっと黙ってろ」

「…だから、やっぱオスとか無理だって、思ったら…」

「無理なんかじゃねえよ。何でお前はそう…」

「でも…っ」

「…あのな、トラファルガー」

往生際悪く胸を押し返してくる手を掴んで下に持っていく。論より証拠というのか、いくら言葉で言い含めてもこいつは納得しないだろうから。
潤んだ眼が軽く見開かれ、下腹部に押し付けた掌が服の上から躊躇いがちにそこを撫でる。「…勃ってる」と小さな溜息みたいな呟きに、さすがに気恥ずかしい気分になった。

「ユースタス屋…俺でもちゃんと勃つんだな」

「…別に初めてじゃねえだろ。前にも抜いてくれたことあっただろうが」

「…あれは、たまたまだと思ってた…気の迷いっつうか」

良かった。
安心したような涙混じりの呟きが落ちて、トラファルガーの指がもう一度下肢をまさぐる。こんな状況だってのに性的な感じがしなくて、ただほっとしたみたいな声と視線に、喉の奥に熱い塊が詰まったような感じがした。名前を呼んでやろうとしても音にならず、濡れた頬をほとんど無意識に撫でて、瞳の蒼がぐんと近くなって、気付いたら唇が重なってた。トラファルガーがびっくりしたようにパシンと瞬き、触れるほど近い睫毛が細かい水滴を散らす。
そういえば、ずっと一緒に居て中途半端ながら食事までさせてたのに、こうしてキスをするのは初めてだ。
噛み締めてたせいで少し腫れて熱を持った唇はしょっぱい涙の味がして、探り当てた舌はあったかくて柔らかかった。本物の猫ほどじゃないけど、人間に比べると少しだけザラザラしてる感じがする。擦り合わせてそっと噛むと小さくくぐもった声がした。拒否にも聞こえるそれに思わず動きを止めたが、ほどこうとするのを嫌がって頭を抱えられる。もっと、と濡れた瞳がねだっていた。
呼吸までどっちのものか分からなくなるくらい、遠慮も気遣いもあったもんじゃなかった。トラファルガーは苦しそうに眉を寄せて、だけど息継ぎの間さえ惜しんで自分から舌を絡めてくる。
手探りで腰を撫でて片方の太腿を持ち上げると、意図を察したんだろう、ぎゅっと眼が閉じられたが抵抗らしい抵抗はない。もどかしい思いで服の前だけ寛げ、柔らかく潤んだ後ろに腰を擦り付ける。ローションと先走りが混じって粘り気のある水音がした。抱き寄せた身体は少し震えてて、なんだか痩せっぽちの小さい猫をいじめてるような気がして少し困った。
耳の先を擽って、少しでも落ち着くようにやさしく撫でてやりながらゆっくり押し入った中は、女とはやっぱり違った。入り口がひどくきつくて、そこを過ぎれば奥では柔らかい肉が絡みついてくる。行き止まりなんて無いみたいにどこまでも深く沈んでいく感覚に視界が揺れる。
押し殺した微かな悲鳴と、ユースタス屋、と吐息だけで何度も呼ばれる名前を直接奥歯で噛み砕き、唾液と一緒にまたトラファルガーに飲み込ませながら、貪るってのはこういうことなんだろうと熱っぽい頭の片隅で考えていた。

「トラ、ファルガー、大丈夫か」

「…っ、ぅ」

「やっぱ、痛ェか…一回抜いたほうがいいか?」

「…ちが、う」

「だってすげえ泣いてんじゃねえか…辛いなら、」

「違う、そうじゃなくて…」

浅く早い呼吸を繰り返しながら、トラファルガーはひっきりなしに零れる涙にも構わず、俺の左胸に掌を置き、それから自分の下腹部に触れた。胎内で脈打つ音を探るような動作だった。
俺も何となく息を殺して、ベッドが軋む音を立てないように慎重に身じろいでびしょ濡れの目許を拭ってやった。

「ユ…スタス屋」

「どした?」

「……ちゃんと面倒見るって、約束してくれて、すげえ嬉しかったけど……本当は、いつかお前に黙って居なくなろうって思ってた…一番最初は、もう少しだけって欲張って…結局動けなくなったけど…」

「………」

「…ごめ、ん…俺、お前のことほんとに好きだったから、嫌われるくらいなら何だって我慢できる…って…、多分このままずっとは生きられないから…本当に駄目になったら、ユースタス屋が気に病む前にここ出ようって…思ってて…」

「…てめぇ、なに勝手なこと」

「……でもやっぱり、嫌だ」

頬に触れていた手を取って強く握られる。

「お前からしたら、ただ目隠し取っただけかもしれねえけどっ…、だけど俺は、俺にとっては…ッ…!」

涙に濡れて滑る皮膚に、縋るように爪が食い込んだ。
悲痛な声とは裏腹の、甘さを含んだ痛みだった。

「…大好き、だからっ…ユースタス、屋…」

「うん…」

「どこにも行きたくねえ…ッ、一緒に、いて……、好きになってくれなくていいから、でも、お前のものって、言って…!」

「…お前ほんと馬鹿だ」

「…ッ、だって俺は…ユ、スタス屋しか、いらねえ…」

だから捨てないでほしいと、しゃくり上げながら必死に訴えるトラファルガーは、もしかしたら自分の口走ってることなんて分かってないのかもしれない。脱水起こすんじゃねえかってくらい泣き通しで、きっと色んな事が起こり過ぎて頭の中もぐちゃぐちゃだろう。
だからちゃんと全部、本音なんだと安心した。

「俺のもんだよ」

繋がった腰を少しだけ揺する動きにさえ、離れるのが嫌だとしがみ付いてくる。溶けそうに熱い腹の中がうねって奥へ奥へと引き込もうとしてた。

「最初から、ちゃんと俺のネコだ…迷惑だとか勝手に決め付けんのやめろ」

「……ごめ、ん」

「お前がオスだとかメスだとか、どうでもいいって言ったら変だけど…そういうのじゃねえんだ。俺はお前なら抱けるし、大事にしてえって思うし…泣いてんの見るのは辛い」

「……っ、」

「だからもう、ややこしいこと考えんな」

逃げられないように顎を押さえつけ、まだ何か言おうとする唇を塞ぐ。どうせ自分で吐いた台詞に自分で傷つくだけだ。引きずり出した舌を吸い上げると、腹の中もぎゅうっと締まって息が詰まる。トラファルガーが脚を絡めてきて、また少し深く入っていく感覚に瞼の裏がちかちかする。
ねだられるままにキスを繰り返して、爛れたように感覚が曖昧な唇を引き剥がす頃にはトラファルガーはすっかり脱力してた。息継ぎが下手だと笑ったら、「…だってこんなことするの初めてだ」と真っ赤な顔で言われて訳の分からない感情がこみ上げてきて、へたって震えてる耳に思わず齧りついた。悲鳴が上がったが、構わずに先の柔らかいとこを噛んで毛の流れに沿って縁を舐める。俺のもので、俺だけのネコ。シンプルで分かりやすくて好きだ。可愛いとかもっと苛めてやりたいとか、でも甘やかしてやりたいとか、男に対して思うことじゃねえんだろうけど、別にいい。
「腹いっぱいにしてやるから」耳元に直接息を吹き込むと、涙の名残と羞恥と隠し切れない期待に蒼い瞳がゆらゆら揺れた。


普段からは考えられないくらい、トラファルガーはひたすらに素直だった。
やさしくしてやろうという決心が守られたのなんて、こいつが一回出した辺りまでだ。だめ、見るなぁ、なんて口先ばっかりの拒否をしながら、腹の奥を突かれて蕩けきった顔で射精する姿に色々ふっ切れた。トラファルガー自身もよくは知らねえみたいだけど、人間とはちょっと造りが違うっていうのもあながち間違ってないのかもしれない。最初はきつすぎた後ろもすぐに慣れて絡み付くような動きに変わった。苦しくないんならそれが一番いい。ずっと腹空かしてて、やっとできた食事が痛くて辛いばっかりだったらあんまりにも可哀想だ。
両脚を抱え上げて真上から抜き差ししようと、うつ伏せにして自分で尻の肉開かせたとこに突っ込もうと、罵倒のひとつもせずに気持ち良さそうに喘いで俺を呼ぶばっかりで。身体中に触れて、時には荒っぽく揺さぶって、細かく痙攣しながら食い締めてくる中に二回吐き出す頃にはこいつの弱い所もだんだん分かってきた。尖りきった乳首を弄りながら、腹の側にあるしこりを擦り付けるように抉ってやると、掠れた高い悲鳴が上がって白濁の混じった先走りが吹き零れる。全身がガクガク震えててもうさっきからイきっ放しなんじゃないかと思った。
口に突っ込んだ俺の指を無心に舐めて、時折歯を立てながら、揺さぶられる動きに合わせてスタッカートの付いた嬌声がひっきりなしに鼓膜を打つ。

「もっと腰、回してみろ」

「っ、あ…はっぁ、あ、むり、深…すぎ、る…!」

「つってもなぁ、中は全然足りてねえだろ…すげえ動き」

「やだ、や…だぁ…ッ、これ、嫌いだ…も、やだ…!…ゆ、すた…屋に、して欲し…!」

「ん…じゃあ後一回だけ、自力でイけたら好きなだけしてやる」

ちょっとは手伝ってやるか、と気紛れに弾いていただけの乳首をきつく摘んでやったら、ひと際でかい声を上げて背筋を撓らせた。だけど達するまではいかなかったようで、ぼろぼろ大粒の涙を零しながら懸命に腰を振って何とかしようとしてる。唾液と涙が混じって細い顎から滴るのを舐め取ってやった。
「前、擦ったほうが気持ち良いんじゃねえの?」手を取って腫れ上がってる中心に持っていくと、トラファルガーはやっぱり素直にそれを握って自分で扱きはじめた。開きっぱなしの唇から舌の先が覗いてる。ネコというより犬みたいに荒い息をつきながら、前も後ろもどろどろに汚して泣きじゃくっていた。

「ゆ、すた、す屋…っ、だめ、も、でる…ッ…」

「いいぞ、出しても…あとは動かしてやるから、自分の気持ち良いとこだけ触ってろ」

「やっ、あ、ぁ…だめ、うごか、動かな…で…!も、いくからっ、出るから、だめ、ぇ…!」

「だめじゃねえよ、イってる最中に突かれんの、好きなんだろ」

「ぁ…ふっ、や…め、ユ、スタ…だめ、そこだめ…!中、おかしくな…ぁ、やぁ、ぅあああ…―ッ!」

一際強く締まる肉を抉じ開けて、腰骨が密着するくらい奥に捻じ込む。蒼い眼が限界まで見開かれ、内臓ごとせり上がって押し出される、発情した猫みたいな甘ったるい声。もっとしてって言ってるようにしか聞こえねえ。
腰を抱えて身体を二つ折りにしたせいで、トラファルガーは自分のザーメンをまともに顔に浴びて治まらない痙攣を繰り返してた。力無く伏せてる耳のふわふわしてた毛も、色んな体液で汚れきってあちこち固まってる。頭のてっぺんから爪先までぐちゃぐちゃのトラファルガーは、それでもどんな好物を前にしたときより幸せそうに目を細めて、余韻に震える腰を無理やり揺すった。搾り取られる中の動きに逆らわず、腹の奥に叩きつけるように何度目かの射精をする。
最後の一滴まで吐き出して引き抜いたら、泡立ったぬるい精液が一緒に零れ落ちた。

「すっげ…溢れてくる。細えくせによくこんだけ腹に入るな…一回掻き出すか?」

「…やだ…さわんな」

「だって苦しくねえのかよ」

シーツの汚れてないところを掴んで、トラファルガーの顔や髪にこびり付いた精液を拭ってやる。俺の腹の辺りも飛び散ったものでぐっしょり濡れてて、体温を奪ってどんどん冷えてく感覚が気持ち悪い。
正直まだ物足りないような熱が燻ってたけど、こいつも無理させて疲れてるみたいだし風呂に連れて行こうかと考えてたら、ぼんやり為すがままだったトラファルガーがのろのろ起き上がった。胸を押されて後ろ手をつくと、四つん這いになったトラファルガーに膝を押さえられた。小さい頭が腹に埋まったかと思うと少しだけザラつく舌が濡れた下腹や毛を舐めて、まるで毛繕いされてるみたいなサリサリと小さな音がする。

「っ、おい、」

「…だって、まだ勃ってる…」

「しょうがねえだろ…もっかいしたら駄目か?」

「い…けど、俺もしたい…出していいから、飲ませて」

舐められたら痛ぇんじゃねえかと一瞬身が竦んだが、小さい唇をめいいっぱい抉じ開けて飲み込まれた先端はなめらかな上顎に擦り付けられた。頭ごと動かして出し入れされて、添えられた舌の引っ掛かる感じが寒気がするほど気持ちがいい。あのザラザラは耳と同じで猫を真似てるのかと思ったけど、正直このためのオプションなんじゃないかってくらいだ。喉の奥に当たりそうなほど深く咥え込まれ、最後はそっと先端を噛まれて堪えることもできずにトラファルガーの口に吐き出した。

「…っ、ふ…ぁ、」

「なんて顔してんだよ……なぁ、それ美味いの?」

「……ん、お前の、すき」

あんまりエロい顔して、飲みきれなくて零れた分まで夢中で舐めてるから揶揄っただけなのに、予想外の言葉に思わず固まった。頭を撫でてやってた手が止まり、顎をべたべたに汚したままのトラファルガーが不思議そうに見上げてくる。耳が催促するように二、三度揺れて、撫でるのを再開したら満足そうに口元を緩ませた。
「シチューとどっちが好き?」馬鹿げた質問にも、トラファルガーは気だるそうに瞬きをして少し考え込み、「…シチューも好き」と素直な答えが返ってくる。
意識が定まってるのか心配になったが、元々のネコってきっとこんなもんだろう。こんなにとろとろに溶けてるトラファルガーを正気に戻すなんてもったいない。いつの間にかまた腹に埋めてる顔を上向かせて、自分のを舐めた口にキスするのはさすがに嫌だったから頬や目許に何度も唇を落とす。
ユースタス屋、大好き、と擽ったそうに笑うのに胸が苦しくなった。
俺もだよ、と抱き締めて撫でたら、嬉しそうな顔して本物の猫みたいに擦り寄ってきた。




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