差し込む光が眩しくて目を覚ましたら、珍しく早起きしていたらしくこっちを見ていた蒼い瞳と正面からぶつかった。途端にボンッと音がしそうなくらい真っ赤になって、一瞬で耳の先まで毛布に潜り込んでしまった。
本当に食事があんなのでいいのか半信半疑だったが、一晩寝て起きたら顔色はずいぶん良くなってる。

「おい、トラファルガー」

「………なに」

「…おはよう」

「………おはよ」

「毛布全部持ってくな、寒い」

「………」

布団の中からくぐもった返事はするが、しっかりくるまって抱え込んだ毛布を返す気配はない。どう考えても昨晩のが原因なんだろうけど、そんなにあからさまな態度とられると逆に困る。大体こいつらにとってはあれが飯なんだから、もっと堂々としてたってよさそうなもんなのに。

「俺もう起きるけど」

「……俺も」

「ん、じゃあ朝飯作るから。食うよな?」

「…うん」

目隠しを取ったら多分必要ないんだろうけど、別にいきなり人間食を食わなくなるわけじゃないらしい。こいつは小食だし、栄養というよりは嗜好品の意味合いが強いんだろう。
目玉焼きを乗せたトーストを齧っているトラファルガーは、飯に気を取られてるせいかも知れないがさっきより少し落ち着いたようだった。そわそわしながらもやっぱりキッチンにはくっついて来たけど。フライパンに卵を割り入れたら偶然にも黄味が双子で、初めて見たらしいそれに目を輝かせていたから「これはお前の分な」と言ったらまた真っ赤になって小さな声で礼を言われた。あんまり素直すぎると逆に心配になる。

午前中は何となくぎくしゃくしていたが、昼飯のリクエストを聞いたらまたシチューが良いと言いだした辺りから調子が戻ってきた。
とはいっても先週も食ったし、牛乳はまた切らしてるし、大体今から作って昼飯に間に合うわけがないから断固として拒否した。トラファルガーは不満そうにぎゃあぎゃあ喚きながらシチューがいかに素晴らしいかを熱弁していたが、全部聞き流してコートを放り投げるとやっと黙った。勝ち誇ったように耳をピンと立てて「買い物か?」とうきうき訊いてくるから全然諦めていないんだろうけど、面倒くせえし天気いいから外食、と言ったら嬉しそうに着替え始めた。
そういえばここに連れ帰った初日以来、トラファルガーは一度も外に出ていない。大学からの帰り道にスーパーがあるせいで夕飯の買い物さえ連れて行ってなかった。
今更ながら、俺はこいつに対して少し無関心だったのかもしれない。
体調のことだって説明書を読むというたったそれだけのことをしていたら、あんなに悪くなる前にどうにかしてやれたはずだった。トラファルガーは一度も俺を責めなかったし、瀬戸際になっても何も言わなかった真意は分からないが、あれはやっぱり俺が悪い。
あっという間にコートを着て靴を履いて急かすように揺れてる耳を見てたら、どんなに人間に近い言動でもこいつはペットで、主人は俺しかいないんだと訴えたトラファルガーの言葉が沁みてきた。

「ユースタス屋?何してんだよ、行かねえのか?」

「昼は無理だけど、夕飯はやっぱシチューにするか」

「…っ!いっぱい作れ!明日ももう一回食うんだからな!」

だから俺はそんなにシチューばっかり食いたくないと思ったが、あんまりにも嬉しそうな顔するから、まぁいいか、と溜息を吐くだけにした。詫びというわけじゃないけど、そんなに喜ぶなら作る側だって悪い気はしない。
「じゃあ代わりに昼飯は俺の好きなもんな」と言ったら、トラファルガーからは偉そうな承諾が下りた。




普段は俺の半分も食わないトラファルガーも、好物のシチューは時間を掛けながらもちゃんと皿一杯を食いきった。満足そうに洗い物も手伝ってくれて、ソファで今日借りたばかりのDVDを物色している。突っつくと逃げる耳を何とはなしに弄りながら「お前、今日は腹へってねえの?」と訊ねたら、夕飯を食ったばかりのこいつは一瞬怪訝そうな顔をした後、意味を悟ってものすごい勢いで罵倒してきた。照れてるんだろうけど、あまりにも可愛げがなくてこれを恥じらいとは呼びたくない。
『食事』の頻度はどれくらいが妥当なのか判断に迷った故の質問だったが、話を振ってもまともに答えないから困った。腹が減ったら言え、なんて念を押してもこいつが素直に申告するとは到底思えない。一日経ってもぴんぴんしてるから毎日の必要はなさそうだが、マニュアルには最低でも一週間に一回と書いてあるんだから、二三日に一度くらいはしておいた方がいいのかも知れない。
翌日、着替えを抱えて風呂に入ろうとしているトラファルガーを捕まえて、暇だから髪洗ってやるけど、と言ってみたらあっさり頷いた。
何だかんだ言ってこいつは世話を焼かれるのが好きみたいだから断られるとは思ってなかったけど、純粋に嬉しそうにしてる顔を見るとなんだか騙し討ちみたいで罪悪感がある。だけどこの前は具合が悪かったから大人しかっただけで、放っておいたらきっとまた平気だ何だと言い張ってギリギリまで先延ばしにするに決まってる。
逃げ場のない狭い風呂場で、案の定嫌がって抵抗するトラファルガーを宥めながら二回抜いてやった。

「…そんなに怒ることねえだろ」

「うるせえ!髪洗ってくれるって言ったくせに…!」

「髪も身体も洗ってやっただろうが。耳に泡も入れてねえし」

言い終わらないうちに枕が飛んできた。「だからってあんなこと…!」と自分の枕に顔を埋めて怒りか羞恥かでわなわな震えてるトラファルガーは、風呂から上がって服を着せた途端さっきまで半泣きだったとは思えない剣幕だ。
手を変え品を変えそんなことを十回近くも繰り返し、一ヶ月経つ頃にはさすがのこいつも諦めたんだろう。相変わらず慣れる気配はないし多少の悪態もつくが、呼べばちゃんとこっちに来て大人しく脚の間に座るようになった。
二日か三日に一回、夕飯を食い終わってだらだらして風呂に入る前。
トラファルガー、と呼ぶとぺったり耳を伏せて、真っ赤な顔で唇を噛んで、視線はうろうろ泳いでいて、あんまりにも緊張しているからいつも頭を撫でて落ち着かせてやらないと可哀想なくらいだった。

「…なぁ、ユースタス屋って彼女とかいるのか?」

「…は?…お前このタイミングで何てこと聞いてんだ」

「だって…この前キラー屋と飲み会がどうとか女がどうって話してた」

「いやそれは…飲みに行っただけだから。今は付き合ってるやつなんていねえから余計なこと気にすんな。どうせまた、こういうことしてるのに、とか要らねえ気回してんだろ」

「……前はいた?」

「前って…そりゃあまぁ、いたけど…え、なにお前、まさか妬いてんのか?」

「はぁ!?なんで俺がお前なんかに妬くんだよ!人間の女と付き合ってようが俺には関係ねえし!餌の心配に決まってんだろ!!」

「じゃあ昔とか尚更関係ねえだろ」

「聞いただけだろ!うっせえなユースタス屋のくせに!!」

出したばっかりで息も整ってないくせにギャンギャン可愛げのないことを喚くものだから、掌に吐き出された温い白濁をべったり頬になすりつけてやったら、声にならない悲鳴を上げて風呂場にすっ飛んでいった。自分のなんだしそこまで嫌がらなくても、と一瞬思ったが、俺が同じことされたらやっぱり切れる。
すぐに響いてきたシャワーの音とそれに混じる罵声を聞きながら、ベッドに寝転がってまだ濡れてる掌を眺めた。
まさかトラファルガーに女の事を聞かれるとは思わなかったし、自分があんなに動揺するとも思ってなかった。それに何より、

「やべえ…なんか勃ちそう」

俺の中の常識では男は興奮材料になりえない。それが覆るかどうかなんて考えたこともない。
トラファルガーの事だって、義務といったら変な感じだけどそれに近いはずだった。
いつも一方的にしてやるだけだが、一度だけ互いのを触りあったことがある。そのとき俺はかなり疲れていたし、だけどトラファルガーにちゃんと飯はやらなくちゃいけないし、色々重なってその上あいつの押し殺した喘ぎ声を間近で聞いていたらうっかり勃った。
俺もする、と言って服の中に手を突っ込んできたトラファルガーがあれ以来頭の隅にこびりついて離れない。思い出すと腹の奥がざわついて落ち着かない気分になる。
一瞬泣き出すんじゃないかって顔をして、でも俺のを引っ張り出して恐る恐る握ったときは確かに安堵が混じってた。自分ばっかりされるのはやっぱり嫌だったんだろうか。
ぎこちない手の動きと表情を窺う潤んだ瞳に頭がぐらぐらして、初めて向かい合ったまま二回ずつ出した。いつもと違う位置でトラファルガーの表情がよく見えて、あぁこいつは俺のことが好きなんだと何となく分かってしまった。
嫌悪はなかった。男なのに、とかそういうのもあまりなかった。
トラファルガーが俺のことをあくまで主人として好きなのか、ネコにも恋愛感情があるのかは分からない。主人と抱き合わなきゃ生きられないなんて妙ないきものだから、慕ってくるのもあくまで本能のひとつかもしれない。べったりで一途で従順なのがそもそもネコの売り文句でイメージそのものだ。
ただ、我侭で甘ったれで態度もでかくて、普段あんなに突っかかってばかりのトラファルガーが俺のために一生懸命になってるのを見たら、こいつが俺を必要とする限りちゃんとその手を取ってやろうと思った。




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