偉そうな憎まれ口ばかり叩くくせに、トラファルガーは俺の後をくっついて家事に手を出したがる。意外というか似合わないというか、全部俺に世話をさせて当然とか言うかと思ってた。
キラーが帰った後、やることもないから部屋に掃除機をかけていた。トラファルガーは最初こそソファの上でうるさそうに耳を伏せて膝を抱えていたが、そのうち慣れたのか後ろを付いて歩き始めた。なんだか物珍しそうな顔をしてて、まさかこいつ掃除機を見たことがないのかと思ったが、専用施設のそれはもっと音が静かで、おまけに清掃時には別室に移動させられていたという。まったく優雅なもんだ。こんな高級品が自分で掃除なんかしてたらそれはそれで驚きだけど。
じっとこっちを見ているトラファルガーが何となく手持ち無沙汰に見えて、「やってみるか?」と掃除機を差し出したら、素直に受け取ってそう広くもない寝室にせっせとかけて回っていた。やっぱり音は気に入らないんだろう、相変わらずぺったりと耳を伏せたままだったが、几帳面にもきっちり直線に掃除機を動かす様子は俺よりよほど丁寧だ。

「…ユースタス屋、全部できたぞ」

洗濯物を取り込んでいると、トラファルガーが掃除機を引きずって戻ってきた。
なぜか緊張したような表情をしていて、何かおかしなことでもやらかしたのかと部屋を覗いてみたが、床はピカピカで塵ひとつ落ちていなかった。おまけにぐしゃぐしゃのままだったベッドも綺麗に整えられ、積んであった雑誌まできちんとラックに収まっている。
ここ一週間くらいまともに片付けてなかったからか、それだけでも一気に見違えて、思わずトラファルガーの頭を撫で回した。

「すっげえな。掃除してくれただけでも充分なのに、ありがとな」

「…べ、つに…お前が散らかしすぎるからだろ!もともと貧相な部屋なのに、その上汚いとか最悪だからな!」

ムカつく物言いだが、そっぽを向いたままのくせに耳は俺のほうを向いてて、髪をぐちゃぐちゃにしても文句も言わずに大人しく撫でられてる。褒めたときに一瞬だけほっとしたような嬉しそうな顔したのも見えた。もしかして俺になんて言われるかって緊張してたんだろうか。


それはともかく、結局トラファルガーがまともに出来たのは掃除くらいなもんだった。
洗濯物を畳んでいたら隣に座って見よう見まねで一緒にやり始めたまではいいが、いまいち畳み方が分かってねえらしく、俺がてきぱき手を動かすと逆切れする始末だ。「もっとゆっくりやれって言ってんだろうが!」って言われてねえよ。分かんないなら素直に教えて下さいだろうが。
もっと悲惨だったのは料理で、まぁこれはさすがに俺も何の期待もしてなかった。洗濯物も畳めねえやつに、間違っても調理を任せようなんて発想にはならない。
それなのに包丁使ってるときは近付くなと言いつけたら、冷蔵庫にもたれて不満そうな顔でじっとこっちを見てるもんだから、あまりの居心地の悪さに負けてしまった。冷蔵庫を開けるたびに退かせるのが面倒だったというのもある。ていうか絶対嫌がらせだろ。なんで昨日みたいに大人しくテレビ見ないんだよ。
野菜切るくらいならさせても大丈夫だろうと思ったのが間違いだった。ちゃんと持ち方を教えたにも関わらず、一撃目で指を切ってまな板の上の大根が赤く染まった。単なる輪切りがそんなに難しかったか。涙目で垂れた耳をぶるぶるさせながら、続けて大根をぶった切ろうとするトラファルガーを慌てて止める。

「馬鹿かお前!なんで包丁振りかぶってんだよ!普通に押し当てて切れよ!」

「うっせえ、俺に命令すんな!」

「命令とかいう問題か!次は指切り落とすだろ!」

痛みで気が立ってるらしいトラファルガーを押さえ付けて傷口を洗い流し、滅多に使わない救急箱を引っ張り出して手当てをしてやった。幸い刃先が掠っただけなのか、結構派手に血が出ていたわりに傷はそんなに深くない。消毒して絆創膏を貼ってやると、逆立っていた耳の毛が元に戻ってトラファルガーはばつが悪そうにしょげていた。

「……ごめん」

「気にすんな、別にお前に家事とか期待してねえよ」

トラファルガーがあんまりにも沈んだ顔をするから冗談めかしたつもりだったが、唇を噛んでますます俯いてしまった。
別にこんなことで怒ってねえけど、迷惑かけたとか思ってるんだろうか。

「あ、絆創膏いちおう防水だけど、あんま水につけんなよ。風呂入るとき気をつけろ。後でまた換えてやるから」

「……お前が洗え」

「は?」

「ゆ、指怪我したんだから、髪洗うときどうやったって濡れるだろ!だからお前が洗えよ、飼い主なんだから当然だろ!」

こいつに迷惑なんて概念があると思った俺が馬鹿だった。
生憎うちの風呂は二人揃って入れるほどでかくないので、湯船にトラファルガーを突っ込んで髪だけ洗ってやることで決着が付いた。仰向けにして頭をもこもこ泡立てていると、気持ち良さそうに目を閉じて伏せられた耳も小さく揺れている。耳に泡入れたら蹴り飛ばす、とか脅してたくせに、あんまり無防備にリラックスしてるから本当にやってやろうかと思った。それでも結局、中に水が入らないように気をつけながら流してやるんだから、何だかんだでほだされてるような気がする。
それになんとなく分かってきた。こいつは可愛げねえ事ばっかり言うわりには、ずいぶんな甘ったれらしい。




トラファルガーがここに来て数日が経った。
その間に新しい電子レンジは無事家に届き、キラーが貸してたCDを返しに顔を見せ、俺は昼間は大学に行って普通に日々を過ごしていた。最初はネコなんて押し付けられてどうなることかと思ったが、案外何とかなるもんだ。
トラファルガーは俺がいない間一人で残されることに不満そうだったが、プライドが邪魔したのか表立って文句を言うこともない。相変わらずソファで寝ることは断固拒否しているし、朝は俺が起きるとどんなに眠そうでも一緒にベッドを出る。朝飯を食い終わるとソファの定位置でクッションに懐いているが、耳はしっかりこっち向いてるのにも気付いてる。出かける支度をしてるのが気になって仕方ないらしい。
少しずつ誰かが部屋にいる生活に慣れて、トラファルガーの尊大さは相変わらずだが、そこそこ上手くやっていけると思ってた。
けれど六日目くらいから、どうもトラファルガーの様子がおかしい。
なんとなくだるそうだし、顔色も良くない。ぼんやりしているのか、呼んでも反応に間があるときがあった。風邪でも引いたのかと思ったが額に触れても熱っぽさは感じない。

「お前、どっか具合悪いのか?」

「別に…なんでもねえけど」

環境が変わって今頃体調が崩れたのかもしれないと早々にベッドに入れたが、翌日も回復したようには見えなかった。というよりむしろ少し悪化してるようにも見える。
何でもないと言い張るトラファルガーは人の心配も他所にふらふら起き上がっていたが、夕方になってついに自分からベッドに潜り込んだ。あの意地っ張りがこんなふうになるなんてよっぽどだ。けれど様子を見に行くと毛を逆立てて怒るから、少し寝かせておいて夜は消化に良いものでも作ろうと放っておいた。
そのことを、実際夜になってから後悔することになる。

「…ッ、おい、トラファルガー!お前…やっぱどっか悪いんだろ!」

「……うる、せ…なんでもね…って」

「そんなわけあるか!ちょっと待ってろ、病院…!この場合って人間の病院でいいのか!?」

「いい、ユ…スタス屋…ほんとに、なんでもねえ、から…」

「そんなぐったりしててどう見ても平気じゃねえだろ!」

「…違うんだ、ユースタス屋…なぁ、ここにいろ」

「トラファルガー?」

「なんもしなくてい…から…頼むから、このまま…」

俺の手を縋るみたいに握り締めてるトラファルガーは青褪めて冷や汗をびっしょりかいてて、頬に触れるとひやりと冷たかった。どう考えても尋常じゃない。なのに弱々しい力で懸命にしがみついて、何もしなくていいから此処にいろ、と繰り返すばかりだ。ほんの少し喋るのさえ辛そうで、焦点の合っていない蒼い瞳がゆるゆる閉じるのを見て頭が真っ白になった。トラファルガーの手を振り払って隣室に駆け戻ると、しまったきりだったネコの取扱説明書を引っ張り出す。せめて大雑把な症状とかどこに診せればいいのかとか、それくらい書いてあるだろうと必死にページをめくった。ようやくそれらしい項目を見つけて大急ぎで目を通した途端、想像もしていなかった内容に思考が止まる。
『ネコは主人からの愛情を糧にするいきものです。』

「なんだこれ…まさかこれが原因、なのか」

平たく言えば、目隠しを取った以上、最低でも一週間に一回はネコを抱くなり抱かれるなりしろという話だった。つまりは行為そのものがネコたちにとっての食事に等しく、人間の食い物では本質的に身体を維持することはできない、そういうことらしい。
じゃあもう一週間もトラファルガーは絶食してるも同然って事なのか。なんで、あいつそんなこと一言も。それにこの期に及んで何もしなくていいって。このままだと死ぬのに、ただ側にいろって、なんだそれ。
寝室に戻った俺の手にあるマニュアルに気付いて、トラファルガーは今にも泣き出しそうな顔をした。

「…お前、自分の身体のこと知ってたよな?何でこんなになるまで言わなかった」

「ユ、スタス屋」

無言で毛布を剥ぎ取りトラファルガーを抱き起こすと、まともに力の入っていない身体で嫌がって暴れられた。そりゃあそうだろう、俺だって男と、ましてや仮にもペットとそんなことするなんて夢にも思わなかった。

「や、やめろ、俺はオスなんだぞ…!」

「見りゃ分かる。そりゃお前も嫌だろうけど、だからってこの際どうしょうもねえだろ。ちょっと我慢してろ」

「…違う…お前、が…」

途切れ途切れになにか言いかけて、でも結局頭を振っただけで黙り込んでしまった。泣く寸前みたいに潤んだ目は、やり場が分かんねえみたいに宙を彷徨ってる。もう構わずに壁に凭れ、トラファルガーを後ろから抱え込んで服をたくし上げた。さっきまで寝てたからかいつものジーンズは脱ぎ捨ててあり、身に付けてるのはサイズのでかいパーカー一枚と下着だけだ。びくりと肩が跳ねたが、片腕でしっかり固定して、暴れんな、と小声で叱ると大人しくなった。
俺だって躊躇いがないといえば嘘になる。だけど事実トラファルガーは具合が悪そうだし、どうせしなきゃいけないなら先延ばしにしたってしょうがねえ。

「なぁ、これってどこまですればいいんだ?最後までみたいに書いてあったけど、男同士の場合でもか?」

「…っ、途中まで…触るだけでも、大丈夫だと思う。こ…ゆうことするの自体が俺にとっての餌だから…」

「そっか…じゃあしてみるけど、何かあったらちゃんと言えよ?」

「……ん」

下着の中に手を入れてまだ萎えたままのものを握ると、密着した身体が体温を上げるのが分かった。血の気のなかった頬も少し上気している。形を確かめるように撫でて邪魔な下着をずらした。
状況が状況とはいえ、男のもんなんて実際目の当たりにしたら気分的にも萎えるんじゃないかと思っていたが、いたたまれないみたいにギュッと目を瞑って震えてるトラファルガーを見たら、そんな懸念も隅に押しやられてしまった。あんな生意気の代名詞みてえなのが腕の中で小さくなってべそかいてる。
なんとなく庇護欲がかき立てられて抱きしめる力を強くしたら、トラファルガーも俺の腕にしがみ付いてむずかるように腰を引こうとした。ささやかな抵抗なんか無視して、濡れてきたそこをぐちゃぐちゃ擦って裏筋を辿りながら先端までなぞり上げる。目尻に涙を浮かべて、唇をきつく噛み締めて必死に耐えてるトラファルガーのふわふわした耳の付け根に顔を埋めて囁いた。吐息がかかると上等の絹糸みたいな毛がぶわっと逆立つ。人間で言う鳥肌みてえなもんか。

「トラファルガー、声出せ、その方が楽だろ」

「…ふ…ざけんな…俺の声なんか聞いて、何が楽しいんだよ…!」

真っ赤で泣きそうな顔してるくせに、物言いだけは相変わらずだ。びくびくしてる黒い耳が鼻先をくすぐって、思わず目の前で揺れてる先っぽを噛んだら小さい悲鳴みたいな声が漏れた。同時に下肢を少し強く弄ってやったら口を閉じるのが間に合わなかったのか、涙と溜息が一緒くたになった喘ぎが零れ落ちる。
身体を固定してる手を少しずらして服の上から胸元を押し潰すと、何もなかったそこが少しずつ固くなって指先を押し返してきた。強張っていたトラファルガーの身体から力が抜けていって、男のくせにちゃんと胸でも感じるんだな、と感心した。短く荒い息をついて、それに同調するように腰が揺れ始めたトラファルガーはそろそろ限界が近いんだろう。

「ゆ、すたす、屋…も、出るから、はなせ…!」

「いいからこのまま出しちまえ。足りなかったらもう一回してやるから」

「や…だ、はなせって、手…よごすから…ぁ、ふ、ぅあ…―ッ…!」

どろどろになって今にも弾けそうな熱の塊を攻め立てて、胸を弄っていた片手を下ろして張り詰めた袋を潰すように揉んでやる。一瞬息の止まったトラファルガーが耳から爪先までピンと硬直したあと、全身を痙攣させながら数回に分けて精液を吐き出した。掌を大量のあったかい白濁が伝い落ちて、中に残った精液まで搾り出すように扱いてやると髪を振り乱して、もうやだぁ、と子供みたいな泣き声が上がった。
せわしなく肩で息をしてるトラファルガーが落ち着くのを待って、すっかり汚れてしまった下着を脱がせてやる。ずらしただけだったから思ったよりたくさん出た体液でぐちゃぐちゃだった。下腹にまで少し飛び散っているそれを拭ってやるとだらしなく足を広げたままの格好に気付いたのか、ただでさえ火照っていた顔が茹蛸みたいに真っ赤になって、隠すみたいに着ていたパーカーの裾を引き下げた。ギリギリ無事だったパーカーも今ので完全に汚れたな。別にいいけど。

「もっかいするか?」

「…い…いいっ!も、充分だから…!」

「…別にそんなに恥ずかしがらなくてもいいだろ。いつもみてえに飼い主なんだから当然って言わねえの?」

「と、当然に決まってんだろ!誰が恥ずかしがってんだよ!」

「顔真っ赤だぞ」

さっきまであんなにしおらしかったくせに、親の敵でも見るみてえな目で睨まれた。
パーカー一枚で凄まれてもなぁと思いながら、腹の辺りの布を借りて汚れた掌を拭うと、信じられねえといわんばかりに絶句してから何か怒鳴る寸前みたいに全身をぶるぶる震わせていた。気に入りの服を汚されたのがムカついたんだろう。
でも結局トラファルガーは何も言わず、深呼吸をひとつして項垂れてしまった。凭れていた身体を少しずらしたかと思うと、掌がおずおずと俺の下肢に伸びてくる。ろくに反応していないそこを一度だけ撫でて何とも言いがたい表情を浮かべていた。悔しそうにも何故かしょんぼりしたようにも見えるが、こいつは一体何を期待してたんだろうか。この期に及んで、自分だけイかされてムカつくとかほざきやがったら、とりあえず嫌がるのを押さえ付けてでももう一発抜いてやろうと思った。
そりゃあ俺だって何となく妙な気分になりかけたが、男相手ということもあって正直いまだに困惑の方が大きい。嫌悪こそないものの、頭がパニクってるだけなのかもしれない。

「ユースタス、屋」

「ん?」

「…ごめん、面倒くせえことになって」

「珍しく素直だな…別にお前のせいじゃねえだろ。そりゃ、俺だってびっくりしたけど…お前にしてみたら女に貰われた方が良かったんだろうけどなぁ」

「っ…そ…んな、そんなん知らねえよ!今更主人なんて換えられね…し、どっちが良かったとかそんなの俺が知るわけ…!」

「あー悪かったからそんな顔すんな、こんなことで追い出したりしねえから。ちゃんと面倒見るって約束しただろ」

「あ…当たり前なんだからな!」

素面で泣きそうになってるトラファルガーがあんまりにも似つかわしくなくて、慌てて頭を撫でて慰めてやったら、ぐすぐす鼻を啜りながらお得意の上から目線が返ってきた。腹立つけど、強がりって分かっててもやっぱりこっちの方がいい。弱ってるトラファルガーなんて本気でどうしていいか分かんねえ。
適当に拭いただけの掌で撫でた髪には白いのがくっ付いてしまってて、バレて切れられる前に風呂に放り込んでしまおうと薄っぺらい身体を抱え上げた。今日くらいは全部洗ってやってもいいと言うと、トラファルガーは何かごにょごにょ不明瞭なことを呟きながら、俺の首にしっかり腕を回して抱きついてきた。




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