「おめでとうございます!」

ガランガランガランとけたたましい鳴り物と、満面の笑みを浮かべる店員の声を呆気にとられて聞いていた。あ、店員のお姉さん結構かわいい。じゃなくて。
「すごいですね、一等賞ですよ!」やたらとハイテンションな店員の言葉に、目の前のテーブルに目を落とす。コロンとトレイに載っている金色の小さい玉。福引の一等賞なんて人生で初めて出した。
だけど今回ばかりは全然嬉しくない。

「や、あの、ちょっと待ってくれね?一等賞って、それ…」

「ええ、こちらの『ネコ』です。良かったですね!大人気なんですよ」

「……悪いけど辞退していいか?まさか当たるとは思ってなかったっつうか、そんなもん貰っても困るんだけど」

「駄目ですよ。もう一等賞って宣言しちゃいましたし」

一歩も退く気がない鉄壁の微笑みだった。
ジーザス、とりあえず責任者出せ。




そして結論から言うと、賞品は強引に押し付けられた。
いらねえ、困るって何回も言ってんのに、規則ですから、折角ですからと聞く耳持たねえ。お姉さんと奥から出てきた責任者のおっさんと、二人掛かりで押し切られた。
どうしても要らなければ誰かにやればいい、ネコは人気だからきっと喜ばれる。そう説得されてついに折れてしまった。あんまりにも埒が明かなくて面倒くさくなったんだが、何でもう少し粘らなかったんだ俺の馬鹿野郎。

「ふっざけんな!俺はたまたま福引何回分かのレシートがあって、三等の一人掛けミニソファがちょっと欲しかっただけなんだよ!何でよりにもよって一等賞とか…!」

「ぎゃあぎゃあうるさい人間だな…諦めろよ。で、大いに喜べ」

「喜べるか!大体てめえは賞品のくせに偉そうなんだよ!」

よりにもよって一等賞は『ネコ』だった。
俺だってその存在くらいは知ってる。早い話が人間に近い形状の愛玩動物だ。しかも相当高価で人気もある。
だけど縁日で掬った金魚くらいしか飼ったことのない男の一人暮らしには、どう考えても無用の長物だった。それどころが正直言ってお荷物だ。誰かにやればいいって、一体誰にだよ。キラーやその他の連中がこんなもん欲しがるとも思えねえ。
大体、家電屋の福引の賞品がネコって。電子レンジを買いに来ただけなのになんでこうなった。

「なぁ、家まだか?歩き疲れたんだけど」

「まだ十分も歩いてねえだろ!あと服引っ張んな!重いんだよ!」

「だって見えねえもん、掴まってないと歩けねえだろ。あー…もうこれ鬱陶しい」

「だったら取ればいいだろ。そもそもなんで目隠しとか着けてんだ、変質者みてえだぞ」

「…取っていいのか?」

「は?駄目な理由が分かんねえよ」

ネコは眉から頬の真ん中近くまで隠れる、馬鹿でかいサングラスみてえなガッチリしたレザーの目隠しを着けている。
さっきは店員に直談判しててそれどころじゃなかったが、よく考えたらこんな格好した奴を連れまわしてる俺の方が変態みたいだ。厄介事を押し付けられて頭に上っていた血が少し下がった途端、心なしか周りの視線が突き刺さっているのに気付いた。いや心なしかじゃねえ、周囲見回したら思いっきり目を逸らされた。ふざけんな、どいつもこいつも!
舌打ちして、立ち尽くしてるネコの目隠しを鷲掴みにする。後頭部がベルトになっていて髪が引っ掛かったらしく、ネコが短い悲鳴を上げたが、構わずに小さい頭から引っこ抜くように外した。
短い髪は冷たくてサラサラだった。黒かと思ってたが、日に透かすと青みを帯びているのが珍しい。見た目は九割以上ただの人間なのに、名前の由来にもなってる猫みてえなでかい三角の耳には、髪と同じ色のふわふわ細い毛が生え揃っていて、ちゃんと体温のあるそれは触ると擽ったそうに逃げていく。
突然開けた視界に眩しそうにぱちぱち瞬きをして、ネコはじっと俺の顔を見上げた。

「ほら、それで普通に歩けんだろ。さっさと行くぞ」

「…よかったのか?」

「だから何が?」

「これ」

革の目隠しを指差されて首を傾げた。よかったのかって、本当に何がだ。あんな格好で家まで付いてくるとか冗談じゃねえと思ったまでだけど。
「あ、まだ渡してなかった」ネコが腰にぶら下がった小さなポシェットをごそごそ漁って、冊子らしきものを手渡してくる。受け取って見ると『取扱説明書 〜ネコとたのしく暮らすために〜』とやたらポップなデザインの文字が躍っている。なんだこれ、食いもんとか世話の仕方とかそういうのか?

「えーと、確かこの辺のページ…あ、あった」

読め、と往来の真ん中で偉そうに命令してくる耳付きの男を道の脇に移動させてから、説明書の示された部分に目を落とした。『Chaptar 1. ネコを迎えたら』、一番最初じゃねえか。

「ネコは目隠しをされた状態で届けられます…まずは目隠しをとって、ご主人さまの顔を記憶させましょう。ネコは最初に見た人を主人と認識、する…いきもの…です、って……ちょっとお前これ、」

「うん、だからよろしくな。せいぜい気合入れて面倒見ろよ、ご主人さま。とりあえず疲れたし、腹減ってきたからさっさと家まで案内しやがれ」

「…ちなみにこれって、キャンセルとかは…」

「ふざけんな。ペットを気軽に捨てるとか最っ低だな、人として」

俺より背が低いくせに、見下すようにつんと顎を持ち上げたネコはこの上なくでかい態度だった。誰だ、こんなのを愛玩動物だの癒しだの潤いだのキャッチコピーを付けて売り出してるやつは。ていうか聞いてねえ。刷り込み?とか全然聞いてねえ。
痛み始めた頭を抱えながら、俺は一体誰を罵倒すべきなのか真剣に悩んでいた。




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