「もうこんな時間か…腹へらね?作るの面倒だし、適当に出前取る?」

「………」

ローはドロドロのソファで蹲ったまま何も答えず、さっきまであんなに可愛い顔してたのに、と思わず溜息がこぼれる。

「じゃあ適当に頼んじまうな」

メニューの束をめくりながら電話でなにがしかの注文を済ませ、隣室に消えたキッドはしばらくして湯を張った洗面器と着替えであろう衣類を持って戻ってきた。

「風呂は食ってからにしようぜ。とりあえず身体拭かせて、気持ち悪いだろ」

「………」

「大丈夫か?眠かったら寝ちまっていいからな」

「……触、んな」

「ロー…?」

「…帰、る…も、嫌だ、帰る…!やめろっ…て言ったのに…!」

放心状態から現実に引き戻されたローが、身体が満足に動かないのにも構わず身を捩って逃げ出そうとした。ろくに力の入っていない腕ではキッドの身体を押しのけることすら叶わなかったが。がむしゃらに、とにかくキッドの手から逃れようともがくローを再びソファに押さえつけた。

「駄目だ、帰さねえよ」

「…ふ、ざけんな!なん…で、こんな…酷ぇことばっか…!」

「決まってんだろ、先生が好きだから」

キッドの言葉があまりにも予想外だったのか、ローは一瞬固まった後に涙を溜めてめちゃくちゃに腕を振るった。いくらまともに力が入っていないとはいえ、自由な両腕で正面から本気で抵抗されればそれなりに手を焼くものだ。
からかわれたと思ったのだろうか。話どころか、顔も見たくないと言わんばかりに本気で嫌がるローはひどく傷ついた表情をしていて、見ているキッドまで胸が痛くなる。

「暴れんなって…やっぱり気付いてなかったのか。けっこうアピールしてたつもりだけど、先生鈍いからなぁ…だからもうちょっとここに居ろよ、時間かけて説得するから」

「何…言ってんだよ、冗談じゃねえ、いますぐ離せ!」

「せんせ、っ…!」

ばたつかせた脚がキッドの腹に当たった。大して痛くないとはいえ、思わず力が緩んで掴んでいた手首がすり抜け、勢い余った指先がキッドの頬を掠めて爪跡を残した。鋭い痛みにキッドは僅かに怯んだが、滲み出す赤色が目に入ったローも大げさなほどビクリと身を竦ませて抵抗を止めた。

「…あ…ごめ、ユ…スタス屋」

思わず、といった風にローが傷ついた頬を撫でたちょうどそのとき、玄関で高くチャイムが鳴った。弾かれたように手を引っこめて、ローはうろたえたように扉を見る。自分が裸のままだと気付いたのだろう、反射的に床に放られた服に伸ばした手を押さえつけて、キッドはやさしい声で囁いた。

「先生、デリバリー来たけど、助け呼んでみる?」

「…え…?」

もう一度、催促するようにチャイムが鳴る。
キッドはあっさりとローを離すと、財布を持って玄関に向かった。ドアの開く音と、話し声が聞こえる。この位置から玄関は死角になっているが、キッドはリビングのドアを開け放したままだ。ローが叫べば気付くだろう。
逃げなければ、と軋むような思考が訴える。キッドは帰さないと言った。本気か冗談か、何を考えているのか分からなかったが、力ずくでここから逃げられないことだけははっきりしていた。今なら助けを呼べる。しかしその思考を押さえつける理性がある。なりふり構わず助けを求めて、その後はどうなる?自分自身と、そしてキッドは?そんなこと、できるわけがない。
結局ローは再び扉が閉まる音を聞くまで、一言も発することができなかった。

「あーあ、行っちゃったな。大声で叫べばここから逃げられたかもしれないのに」

食事を載せたトレイと水のペットボトルをテーブルに置いて、キッドは俯いて肩を震わすローの前に屈んだ。
嗚咽を殺すローの頭を撫で、泣き腫らした目許をそっと拭って、それでも次から次へと零れ落ちる涙に困った顔をした。

「……ごめん、先生。さすがに苛めすぎたな…なぁ、泣くなよ」

帰してあげられねえけど、何でもしてやるから。
甘ったるい声で囁き、目許から頬へ、それから唇へ。涙の跡を辿るようにキスをして、そっと舌先でローの唇を割り開いた。泣き疲れて抵抗する気力もないローは大人しくキッドの口付けを受けている。舌と舌を擦り合わせてやわく噛むと、鼻に抜けるような声が洩れた。
「……もう、かえる」くたびれきって半ば諦めているのに、惰性のように繰り返される駄々にキッドは苦笑して、まだ駄目だって、とローを抱き寄せた。
このまま帰したらローはきっと、泣きじゃくってひとりで眠って必死に頭を冷やして、そのまま全部無かったことにしてしまう。あとでいくら先生が好きだと言い募っても、頑なに二度と耳を傾けてくれないだろう。

「なぁ先生、今日は何曜日?」

「…きん、よう…び…?」

「あたり。だから、あとたっぷり二日は俺と一緒な」

一緒にあったかいもの食べて、同じベッドで眠って、何度でも抱き合って。明日はこんなにたくさん泣かないといい。
「ほんとに何だって聞いてやるから」「ちょっとでもいいから俺のこと好きになって」「先生大好き」
そして月曜日になったらまた俺に笑いかけて。俺のかわいいかわいい大好きなセンセイ。






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