「まぁ、そういうわけだ。これからよろしく」

苺のように真っ赤な髪を撫でようとするとあからさまに避けられた。髪と揃いの色の目が不信と警戒といくらかの憤怒をあらわに睨みつけてくる。
『犬』とドフラミンゴは言っていたが、そのあからさまな敵意に、なるほど躾のなっていないいわゆる駄犬だったんだろうと感心した。

「んー…とりあえず状況は理解してるみたいだし、俺の言ってることもちゃんと分かるよな?ワンしか喋れないとかだと困るんだけど」

「………」

「名前あるのか?犬って呼ぶのはちょっとなぁ」

「………」

「…お前今までもそんな調子だったの?買ったやつらに怒られなかったのか?それともああいう人種は素直なのは好きじゃねえのかな」

「………」

「もしかして腹へって機嫌悪いのか?よし、なんか食うか」

キャベツが半分と豚肉が残っていたはずだ。麺の買い置きもあるし、昼を大分回っているから簡単に焼きそばでも作ろうと思った。

「あ、紅生姜ないんだった。なぁお前焼きそばって生姜ないと嫌か?」

冷蔵庫を覗きながら声をかけたが、案の定返事は返ってこない。そもそもあの犬は焼きそばを食べるんだろうかと考えたが、他に作れそうなものもないので仕方がない。こんなことならドフラミンゴに食材でも持ってこさせるんだった。夕飯の前には買い出しに行かないといけない。
ちらりとリビングを覗くと、赤い毛並みの犬は所在無さ気に膝を抱えて部屋の隅に座っていた。目の前にソファがあるんだからそっちに座ればいいのに。
声をかけようかと思ったが、犬は相変わらず警戒心の塊のようにこちらを睨んでいるものだから、とりあえず放っておいて遅い昼食作りに専念する。腹が減れば気も立つだろう。ドフラミンゴの話では昨日のオークションで競り落とされて事故にあってそのまま此処に来たというのだから、少なくとも昨晩から何も口にしていない筈だった。ドフラミンゴが商品の胃袋事情をいちいち気に掛けるとも思えない。

「ほら、出来たからこっち来て座れ」

「………」

「まさか床で食うつもりじゃねえよな?」

皿と箸を置きながら促すと、たっぷり三十秒ほど迷った後にようやく立ち上がって椅子に座った。
グラスに水を注いで渡してやるとまたしばらく迷った後に恐る恐る口を付ける。一口含んで、グラスの水面を見つめて、喉仏が上下して嚥下したらそのまま止まってしまった。張り詰めた表情でグラスを見つめたままじっと動かない。
なんなんだと思いながら黙々と焼きそばを食べていると、犬がようやくグラスから目を離して皿を見た。「冷めるけど、食わねえの?」と訊くと躊躇いがちに箸を取って一口食べ、また動きを止めてしまう。
本当になんなんだ。別に普通の焼きそばだと思うけど、不味いんだろうか。それともやっぱり紅生姜がないのが不満なのか。
俺が半分ほど食べ終えた所で、彫刻みたいに固まっていた犬がやっと動きを再開した。さっきまでの躊躇いが嘘みたいな速さで咀嚼して飲み込んでいく。やっぱり腹が減ってたんだろう。
結局俺よりも少し早く完食して、人心地ついたように息を吐いた。

「あ、名前聞くばっかで俺が名乗ってなかったな。トラファルガー・ローだ」

「……トラ、ファルガー」

飲み干したグラスにもう一杯注いでやりながら自己紹介すると、ここにきて初めて声を発した。なんだ、やっぱり喋れるんじゃないか。

「うん、それでお前は?」

「………」

「教えてくれないなら苺ちゃんって呼ぶ。俺、苺好きなんだよなぁ、ジャムはあんまり好きじゃねえけど。苺よりマーマレード派。あー…あと練乳も駄目だな、やっぱり苺はそのまま、」

「誰が苺だ!」

「じゃ、名前」

「………」

「苺ちゃ、」

「ユースタスだ!!」

「下は?」

「……キッド…ユースタス・キッド」

「ふぅん、綺麗でいい名前だな」

素直な感想だったのだが、ユースタス屋はものすごくびっくりしたような顔で瞳を瞬いた。なんだよ、と聞くと、そっぽを向いて、別に、と返される。男にしては白い頬が少しだけ赤くなっていた。もしかして照れてるのか。
あんなにビリビリ警戒してたくせに、と思うと何だか可笑しくて、長めの赤い髪をぐしゃぐしゃと掻き回した。迷惑そうな顔をされたが、今度は逃げられなかった。

「じゃ、ユースタス屋」

「…なんだその変な呼び方」

多分商品用なんだろう、番号の刻まれたプレート付きの革の首輪をキッチン鋏でぱちんと切ってやり、クローゼットからサイズが大きすぎて肥やしになっていたパーカーを引っ張り出してユースタス屋に放り投げる。上着はどれもこいつには小さくて無理そうだが、まあこれくらいの気温なら大丈夫だろう。

「とりあえず夕飯の買い物付き合って。荷物半分持てよ、重いから」




ほとんど着の身着のままやってきたユースタス屋の為にショッピングセンターで服やこまごました物を買い込んでから、地下の食品売り場に下りていく。
なに食いたい?と聞いても遠慮してるのか、何でもいいとしか言わないから、とりあえず端から端まで見て回ることにした。派手な髪色の柄の悪い、おまけに無駄に図体もでかいユースタス屋が大人しくカートを押している姿はなんとも間抜けで、笑いを噛み殺しながら食材を放り込んでいく俺を、ユースタス屋は呆れたような不思議な物を見るような顔で眺めていた。

「ユースタス屋、果物売り場寄ろうぜ。なんか苺食いたくなったし」

「…いい加減それから離れろ。大体苺って季節じゃねえだろ」

「だよなぁ…あ、リンゴでもいいや。最近食ってねえし」

「人の頭見て決めてんじゃねえよ!」

気付けばいつもよりだいぶ多くなった荷物に怯んだが、ユースタス屋は苦もなく三分の二を抱えて家路に着いた。
日が暮れるのが随分早くなった。出掛けたときより風がぐっと冷たくなっていて、さっきちゃんとユースタス屋用にコートを買っておいて正解だった。

「そういえば昼、なんで食い始めたときあんなに手が止まってたんだ?」

疑問だったことをふと思い出して聞いてみたら、ユースタス屋は不意を突かれたように鼻白んで、なにかを言いかけて口を閉じる。
さっきまでの暢気な空気が冷たい風に吹かれて霧散したような、なんだか居心地の悪い沈黙だった。

「焼きそば不味かったか?」

「違う、その…」

狼狽の色を浮かべた赤い瞳が俺を捉える。視線だけで促すと、ひどく躊躇いがちに口を開いた。
ごめん、と謝られて何のことか分からずに首を傾げる。

「……変なもん、とか…薬とか、入ってんのかと…思って」

「…薬?」

「……疑って悪い」

「入れられたことあんのか」

「…あぁ、薬か毒かは分かんねえけど。めちゃくちゃ痛ぇし、全部吐いても何日も苦しくて最悪だった。食わせた奴はのた打ち回る俺見て笑ってたな……二回やられたから、物食うときは少しだけ食って様子みる癖がついた」

「そっか…俺にそういう趣味はねえから安心しろ」

「…悪い」

「謝んな、別に怒ってねえよ」

少ししてぽつりと、何もされないでメシ出されたから吃驚した、と呟くのが聞こえた。
今までユースタス屋がどういう生活を送ってきたのか、そういう世界をせいぜいドフラミンゴ越しの片鱗しか知らない俺には、想像はできても正しく理解することはできない話だった。

「ユースタス屋」

「…なんだよ」

「俺のメシ、うまかった?」

「……ん、うまかった。ご馳走さま」

「ははっ、そりゃあ良かった。夕飯はちゃんとしたの作ってやるから楽しみにしとけ」

先に立って歩き出すと、数歩分だけ立ち止まっていたユースタス屋がすぐに追いついてきた。トラファルガー、と小さな声で呼ばれる。なんとなく振り向いたらいけない気がした。敵意と警戒をあらわに必死で自分を守ってきたであろうユースタス屋の、ひどく脆くて柔らかい部分が滲んだような声だった。まるで迷子の子供みたいだと思った。
夕飯は、ちゃんとお前と一緒に食うから。
ともすれば風に溶けてしまいそうな呟きを聞きながら、デザートのリンゴはウサギ型に切ってやろうと考えた。可愛らしく皿に並べて、赤白でお前とお揃いだなとからかってやったら、ユースタス屋はきっと拗ねるか呆れたような顔で笑うだろう。




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