目が覚めたら、自室のベッドで見慣れた天井を眺めていた。


「おはよう、ユースタス屋。もう昼だぞ。クタクタだった俺より遅いお目覚めとは優雅なご身分だなぁ?」

「…うっせぇよ、やっぱこっちは全然可愛げねえ…」

当然のようにキッドの船長室に居座っているローは、昨夜の名残など感じさせずにきっちりと服を着込んでいる。座り心地の良い椅子にさらにキッドのコートを敷いて、悪びれもなくその上に腰掛けて新聞を読んでいた。
怒鳴り付けてやろうかと逡巡したが、ベッドの端に引っ掛けられた帽子が目に入ってなんとなく気が削がれた。

「なんだよ、コートで怒らねえなんて珍しいな…頭でも痛いのか?」

声には揶揄が含まれているが、髪を払って額に触れる手付きは優しい。熱はねぇけど、寝過ぎたのかもな、と頭を撫でる温度の低い掌を捕らえて引き寄せる。
「夢見てた、すげぇ昔の」そう告げると、ローは笑いながらベッドに乗り上げてきた。
「懐かしい夢か?どんな?」蒼い瞳が、まどろみの淵を覗くようにゆらゆら揺れる。ローの瞳は故郷のサウスの海に似ていると、キッドはこっそり思っている。

「お前さ、白い帽子も似合ってたな。ふかふかのやつ」

そういって短い髪に触れると、ローは驚いたように目を丸くして、それが幼いローとまったく同じ表情だったから何となく可笑しくなった。
白い帽子、とローは噛み締めるように呟く。それからとても嬉しそうに破顔した。

「ははっ…当たり前だろ!ガキの頃の俺も愛らしかっただろうが」

「…そりゃあ、今に比べたら断然にな」

「あれだけ熱烈なプロポーズしておいて素直じゃねえな」

嘯くローに「そういうお前は泣き顔がえらく可愛かった」とからかってやると、それは忘れろと指先で額を弾かれる。

「お前にしてみればついさっきの話なんだろうけどな、俺はユースタス屋の『いつか会える』を信じて十数年だ……なんかすげえ理不尽な気がしてきたんだけど、まぁいいや…やっとユースタス屋が俺の初恋に追いついたみてえだから、許してやる」

「……初恋って、前に相手は男だって言ってたの、あれのことかよ」

「教えたときは妬いちまって大変だったなぁ、ユースタス屋…?」

にやにや笑うローの物言いは憤慨するに足るものだったが、その声があんまりにも優しい色をしていたのでキッドは黙らざるを得なかった。
考えてみれば、途方もない時間を掛けたものだ。
ローにとっては優しいばかりの記憶ではなかったかもしれない。氷に閉ざされた林の中で妖精にでも化かされたような、それこそ雪解けと共に消えてしまうような曖昧な話は、他人に告げてもおよそ信じられなかっただろう。
それでも幼い時分の口約束ひとつで、ちゃんとキッドを見つけてくれた。
それだけで、充分だと思った。

「…本当に今日は怒らねえんだな、逆に気持ち悪いぞ」

「…うるせえ、俺だってたまには殊勝にもなる。しばらくはてめぇの言うこと何でも聞いてやってもいい気分だ」

「え、マジで?じゃあ、」

「待て、そういう気分ってだけだ。モノの例えだからな!」

とんでもないことを言い出す前にローの口を塞ぐと、もごもごと不明瞭な言葉と不満そうな視線が返ってくる。
ぬいぐるみひとつに身体いっぱいで喜んでいたあの時代はどこへ行った、と溜息を吐いて、キッドはふと言い忘れていたことを思い出した。

「…トラファルガー」

「なんだよ」

「あのとき言いそびれたけどな、てめぇはあからさまに怪しい知らねえ男にホイホイ付いていくんじゃねえよ!飯食って手繋いで買い物してって…危機感ねえにもほどがあんだろ!」

「あぁ…お前に言われるのだけは心外だけど、安心しろ。後にも先にも、いたいけな俺を攫って一日デートを楽しんだのはお前だけだよ。俺は分別のつくお利口さんだったしなぁ…あのときユースタス屋にくっ付いていったのは、まぁ…運命だろ」

「…アホか…それより毛布よこせ。寒いのはうんざりしてんだ。歩き通しで寝た気がしねえし」

ひとつ欠伸をして丸くなると、猫みてぇと笑いながら目尻に滲んだ涙を拭ってくれた。バサリと毛布が掛けられ、隣に潜り込むローがベッドをかすかに軋ませる。
あたたかいベッドでまどろんでいると、どこかで子供の泣き声が聞こえる気がする。涙の凍るような寒さを思い出して、薄い身体をしっかりと抱え込んだ。
「あのとき、泣かせて悪かったな」ごくごく小さな声で囁くとローは幼い頃のようにキッドの首にしがみ付き、今度は自分から頬にキスを落とした。

「Good night. Sweet dreams.」







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