(ハウル的なタイムスリップキドロ。気付いたら大半がショタっ子ローでした)
(一応原作設定ですが、いろいろ捏造ファンタジー)





目が覚めたら、まるで知らない場所だった。


キッドはあまり物事に動じるほうではないのだが、それにしたって起きたらたった一人で白銀の世界に埋もれていたのだ。さすがに動揺のひとつもする。それに何より寒い。グランドラインに入ってからは雪もそれなりに見慣れたものとなっていたが、元来暖かな土地で育ったキッドは寒さへの耐性が少なかった。
よく凍死しなかったな、と頑丈な己の身体に感心しながら、強張った手足で起き上がる。愛用のコートは濡れた毛が凍りつき、柔らかな手触りが見る影もない。
機嫌は降下する一方だったが、とにかくここは何処なのだと辺りを見渡すと、背の高い木々の群れから一人の子供がおっかなびっくり覗いていた。

「……だれ?」

「…こっちのセリフだ」

白いふかふかとした帽子を被り、凍り付きそうな白い息を吐いて子供は蒼い眼を丸くしている。
キッドが寝ていたのは、どうやら雪に埋もれた森か林のようだった。天を突くような常緑樹が一面にそびえたち、終わりが見えない。五、六歳くらいに見える子供は数メートル離れた場所からまじまじとキッドを眺めている。そりゃあこんな場所に薄着の男が寝ていたら物珍しいだろうな、と真っ直ぐな視線を少し煩わしく思いながら、ふと気付いた。子供のふくらはぎの中ほどまで埋もれるような深い雪には、一人分の小さな足跡しか付いていない。

「お前…こんな所で一人か…?親は?家近ぇのか?」

キッドの質問に子供は一度頷き、一度かぶりを振り、それからもう一度頷いた。「近くに住んでて、親は家にいるんだな?」と聞き直すと、「違う。家は近くだけど、俺はひとり」と返って来る。
つまり親はいないのか。
離れて暮らしているのか、死んだのか。どちらにしろそれ自体はキッドに大した感慨をもたらすことではなかったが、一人だと言い切る子供に、こんなクソ寒い場所でか、と思わず顔を顰めた。キッドとは違っておそらくここの生まれとはいえ、こんな幼子一人でこの冬は厳しいんじゃないだろうか。
しかし「そりゃあ大変だな」と本心から言ったキッドに、子供は思いのほかしっかりした声で首を振った。

「俺はもう大きいからだいじょうぶだ。ペンギンだってしょっちゅう来てくれるし」

「そうか。まぁ男なら泣き言なん、ざ……え…?」

ほんの一瞬耳を疑った。妙に馴染んだ名前が鼓膜を打った気がしたのだ。
「誰が来るって?」と聞き返すと、「ペンギン!ずっといっしょで、仲良しなんだ!」と元気な答えが返ってくる。数秒考えて「…鳥か?白黒の」と食い下がったが、「そんなわけないだろ!人間の友達だ」と憤慨された。
ペンギン。ペンギンか。まぁ寒い所だしな。そんな名前や愛称のガキが一人二人いたって不思議じゃねえ。
無理やり納得した所で、いつの間にか子供がとても近くまで来ていたことに気付いた。しゃがんだキッドの膝に手を掛けて、物珍しそうに双眸を覗き込んでくる。手袋に包まれた小さな手がキッドの髪に伸びた。おおかた色が珍しいのだろうと好きにさせていたキッドは、正面から子供の顔を見て今度こそ思考が停止した。

「……トラ、ファル、ガー?」

「…?なに?」

「…トラファルガー・ロー…か?」

「うん。俺の名前、知ってるの?」

さぁ落ち着け、俺。
キッドは目を閉じてゆっくりと深呼吸をした。冷たすぎる空気が肺を焼いて、血管の中をキラキラ光る小さな氷の粒が流れていく気がした。
本当にとんでもなく寒い場所だ、堪ったものじゃない。やはり人間には生まれ育った場所の気候が一番合っている。

「親父の名前が、トラファルガー・ロー…なのか?」

「違う…そんな名前じゃなかった。ローは俺」

「…あぁ、あれか、海賊のトラファルガーに憧れてんのか。やめとけ、マジでろくでもねぇぞ。性格悪りぃし変態だし、すぐ人の腹の中身に興味示すし」

「…おにいちゃん、大丈夫?海賊じゃなくて、俺がトラファルガー・ロー」

「……マジかよ」

似ているのだ、あまりにも。いっそ目を疑うほどに。
髭こそ蓄えていなかったが、幼いその顔はあまりにも見覚えがあった。浅黒い肌、大きな蒼い眼の下には既にうっすらと血の凝った隈の気配がある。あの濃い隈はひとえに不健康な生活ゆえだと思っていたが、体質との相乗効果もあったのか。
よく知る茶色いまだら模様ではない、けれど似た形の真っ白い帽子をそっと持ち上げてみると、短く切り揃えられた髪の色までがどうしょうもなく見慣れたもので、キッドはくらくらと頭が痛くなった。

「…なぁ、ここは何処だ?」

返ってきたのはまるで知らない地名で、キッドの胸に今更ながら何ともいえない焦燥が込み上げる。訳が分からないにも程がある。だって自分は仲間達と航海していたはずなのだ。妙な敵にも自然現象にも出会った覚えはない。ましてや幼い頃のトラファルガー・ローに出会える心当たりなどあるはずもない。
落ち着け、と再度自分に言い聞かせ、僅かな希望をもう一度口にする。

「ここはグランドラインの何処かだよな…?」

「グランド、ライン?違うよ、ここはノースブルーだよ?」

眩暈を堪えながら訊ねた年と日付は、何故かキッドの頭の中にあるものより十年以上も昔で、およそ冗談を言っているわけではなさそうなローの表情に、聞くんじゃなかったと本気で後悔した。




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -