(ペンロでだらだらハロウィン話)
(ハートいろいろ捏造)
(キャスケットの特技はお菓子作り。ハートのパティシエ)





ハロウィン一週間前、『船にある菓子類全て回収』との船長命令が下った。
手持ちの飴玉一つまで残さず出すように、と朝食の席で厳命を下したローは、ありったけのカラフルな包み紙で満たされた巨大なプラスチックのカボチャを満足そうに眺めている。
振っても音さえしないほどに甘いものを詰められたジャック・オ・ランタンを船長室に運び込むようにベポに命じ、菓子を取り上げられてしょげてしまった白熊の口にキャンディを放り込んでやっていた。

「このなかから食べても良いけど、誰かにあげたら駄目だぞベポ。内緒なんだ。特にペンギンには絶対やったら駄目だからな」

「うん、ありがとキャプテン、内緒で食べるね!」

おおっぴらな内緒話をしながらうきうきと廊下を歩く一人と一匹の後姿を見ながら、何かろくでもないことを企んでいるな、とは思ったのだ。忙殺される一日の中ですぐに忘れてしまったけれど。



ハロウィン前日、キャスケットは朝から一心不乱にパーティ用の菓子を作っている。昨日から停泊しているこの島には大きなマーケットがあって、こまごまとした材料まで揃えられたと大喜びだった。キッチンにはおよそ海賊船に似つかわしくないバニラとリキュールの甘い匂いが漂っている。
料理の腕も悪くないが、なにより小麦粉とクリームと卵にバターに砂糖をかき回しているのが幸せと言うこいつにとって、ハロウィンはまさに一大イベントで毎年の恒例だった。「俺、この日のために生まれたんじゃないかって思います、あとクリスマスとか」と真顔で言うキャスケットに、「お前がこの船に乗った日にだってそんなこと言わなかった!俺よりカボチャが好きなのか!」と、これまた真顔で面倒なことを言い始めたローを必死になだめた思い出がよみがえる。

「ペンギン、明日一人で買出ししてこい」

重そうな瓶をいくつも抱えて通りかかったローが、脈絡もない言い付けを寄越した。言われた内容より瓶の中身に気を取られて反応が遅れた。
臓物のホルマリン漬けはまだいいとして、緑色の液体にぷかぷか浮いている不気味なものは何だ。何かの一部にも、それ自体が生き物のようにも見える。見覚えがないから新しく購入したのだろうか。それ以前に向かっている方向が船長室ではなくて食堂だというのが激しく引っかかっていた。あそこは今ハロウィンの飾り付け真っ最中だ。まさかその瓶詰めを一緒に並べるつもりなのか、よりにもよって食堂に。

「おい、聞いてるのか。明日はお前だけで街に出ろって言ってるんだ」

「俺一人…ですか?無理ですよ、どれだけ荷物があると思っているんですか」

「重くて持てないもんとかは買わなくていい、それは後で出直す。とにかく一人で行ってこい。あと菓子は買うな、絶対買うなよ、船長命令だ。破ったら…どうするか、とりあえずそこの奴とお前の頭交換するか」

指差した先には、まだ作りかけで半端な笑みを浮かべたジャック・オ・ランタン。
オレンジのカボチャがつなぎの肩に載っているのを想像したら、まぁ至ってハロウィンの仮装らしくてそう違和感もないのだが、代わりに俺の頭が菓子や蝋燭や不気味な瓶詰めと一緒に並べられるのはまっぴらだった。

「買いませんよ。あなたじゃあるまいし、そんな無駄遣いするわけないでしょう。菓子ならもうこれだけ揃っているのに」

鼻歌交じりのキャスケットを指差して肩をすくめるとローは一瞬だけむっとした顔をしたが、反論の種を見つけられなかったのか、約束を取り付けたことにとりあえず満足したのか、不安定な瓶の山を抱えなおしながら鷹揚に頷いた。



そしてハロウィン当日の今日、ローの理不尽な言い付けどおり朝食を済ませてから午後の茶の時間まで街中をぶらついていたのだ。持てない物は買わなくていいと言われても、船旅に必要な物資など重いものばかりで、結果買い物もそこそこにほとんど観光に近い散策をする羽目になった。
祭り独特の浮ついた空気がそこかしこに満ちている。
食料品店の前でとんがり帽子を被った店員にサービス中だと可愛らしいキャンディーバーを差し出され、断ったものの「折角ですから、是非。こっちも今日までの限定品です」と今度は小さな飴玉を手渡された。くれぐれも菓子を買って帰るなと言ったローの言葉が頭をよぎったが、まぁ金を払ったわけではないからと言い訳してポケットにしまう。なにより妙な命令に何となく嫌な予感がしたという理由もあった。
おそらくローは暗に時間を潰してこいと言ったのだろうから、あまり早くに戻るわけにもいかない。そしてこんなことを言い始めるローが何も企んでいないわけはないので、船に戻る途中から何処でどの方向から何が飛んできても対処できるように神経を張り詰めていた。悪戯と称して背後から仮装したベポの飛び蹴りが来るくらいのことは想定した上で。
しかし予想に反して無事に船にたどり着き、無事に梯子を上りきり、おかしいと首を傾げながら騒がしい食堂に入って唖然とした。

「…うっわ、船長あんたこれ、」

テーブル中に積み上げられた皿、皿、皿だった。
朝食の方付けが終わった直後から運び込まれていたはずの色鮮やかなタルトにマフィンにケーキ、プディング、そのほか大小様々なキャスケットの力作があとかたもない。フォークを持って口元に焼き菓子の欠片をくっつけたまま何故か得意げな笑みを浮かべるローの前にも、幾枚かの皿が積まれていた。
ベポや他のクルーもいるとはいえ、よくもこれだけ腹に詰めたものだ。昨日見た時点でキャスケットが仕上げた菓子は積み上げればまさに小山だったし、まだまだ満足しないと言わんばかりに今朝もひたすらに没頭していたのに。あれだけのものがほとんど何も残っていない。
俺は別段甘いものを好むわけではないので構わないといえば構わないのだが、仲間外れにされたようで少し面白くないのと、キャスケットのクッキーを食べ損ねたのが些か残念だった。この時期にだけ作る、鮮やかなオレンジ色のカボチャとナッツの代わりにオリーブグリーンの種を練りこんだクッキーは、甘さが控えめで好物だったのに。それから真ん中にピンクペッパーの粒がのっているパンプキンマフィン。アクセントの利いた味が好きだった。

「これだけ食べて…あんた夕飯どうする気です?」

「食うわけねえだろ。さすがにもう入らねえ」

「………キャス」

「いや俺のせいじゃないし!えっと…とりあえず今ポトフ煮込んでますから少しでも食べてください、船長。野菜摂らないと駄目ですよ、スープ系好きでしょ?」

「食えねえって言ってんだろ。大体それくらいでいいって止めたのに延々菓子作るお前が悪い、キャス」

「俺だってちゃんと船長止めましたよね!意地でも食べ切るって言い張ったのあんたでしょう!」

「どっちが悪くても構わないんだが…船長、菓子だけで他のもの食わないつもりなら今すぐ胃の中身吐かせますよ」

「……夜食に食う」

やれるもんならと鼻で笑われようものなら、今すぐトイレに引っ張り込んで咽喉に指を突っ込んでやろうと思っていたのに。
俺の本気を感じ取ったのか珍しく素直に降伏したローは、弄んでいたフォークをカランと皿に放り投げてこちらを見上げる。

「それはともかく、ペンギン」

にやりと性質の悪い笑みを浮かべて掌を差し出した。

「Trick or Treat ?」

あぁなるほど、途中から薄々分かってはいたがこれがしたかったのか。
周りを見渡すも、幾らかは残っていたはずのキャスケットお手製の菓子の群れは、さっきの隙に見事に食べ尽くされている。ここまで徹底しているとなるとおそらくローの差し金だろう、何がなんでも残すなと脅されでもしたか。なら初めから作らなければいいとも思ったが、それではキャスケットが発狂しかねなかっただろう。
船内にあるちょっとした甘いものも、一週間前にローの厳命によって回収されていた。道理であれほど俺に菓子を買って帰るなと念を押したわけだ。
底意地の悪い船長は楽しくて堪らないといった顔で俺の反応を待っている。トリック以外を選ばせる気などまるでない笑顔に、思わず溜息をついてポケットを探った。
ほら見ろ、こういう嫌な予感は当たるのだ。

「まったく、子供みたいな真似を…」

飴玉を掌に落としてやると、ローは信じられないものを見るようにに眼を見開いた。
小さなキャンディと俺の顔を交互に見てぱちぱちと瞬きをした後、音がしそうなほど勢いよく背後を振り返る。クルー達が瞬時に青褪めて、渡したのは自分達ではないと一斉に首を振った。ここからは見えないがきっと据わりきった眼をしているのだろう、なにしろ覇気まで漏れている。「ベポ…?」優しいが低い声で問いかけられた白熊が、「違うよキャプテン俺あげてない、キャプテンとの約束破ってないよ!」と懸命に否定した。
最愛のベポにまで水を向けるとは、どうやら怒りは本物らしかった。

「…じゃあなんだそれ、お前の私物か?あれほど菓子を買って帰るなって…」

「買ってませんよ、街中で宣伝用に配ってて渡されたんです」

ハロウィンですからね、と言いかけて、黄色いパーカーに包まれた肩がふるふる震えているのに気付いた。俯いて、飴玉ごと拳を硬く握り締めている。やばいと思った瞬間に飛んできた拳を反射で避けてしまった。
しまった、ここは多分甘んじて受けておくべき場面だった。
キッと睨みつけてくる瞳には、帽子の陰になっていたが涙さえ滲んでいたようだった。

「船長、」

「うるせえ!もうお前なんか知るか!」

いつになく感情を顕わに、手近にあったホルマリン漬けを掴んで振りかざす腕を慌てて掴む。そんなものを掃除するのも嫌だし、お気に入りの標本が壊れてあとで不機嫌になられるのもまっぴらだった。
よほどお冠なのか聞くに堪えない罵詈雑言を喚く口を塞いで、一瞬ひるんだ隙に細い身体を担ぎ上げる。
後片付けと食事の用意はちゃんとしておけ、と息を呑んで成り行きを見守る食堂全体に言い渡すと、「まぁ、ご機嫌斜めな船長の面倒見るよりは楽ですね」とキャスケットが肩をすくめた。



「俺に選ばせるためだけに随分大掛かりなことしましたね」

往生際悪く暴れるローをベッドに降ろして鍵を掛ける。
船長室の棚には発端ともいえる菓子でいっぱいのカボチャが鎮座していて、こちらを見下ろす張り付いたような笑みが何となく不快だった。

「…白々しいんだよ、見越してたくせに」

「飴もらったのは本当に偶然ですよ。そんなに俺に悪戯したかったんですか?」

「うるせえって言ってんだろ!菓子寄越したんだからもう用はねえだろうが。さっさと出てけ」

本格的に機嫌を損ねてしまったローは、こちらを見ようともせずベッドに潜り込んでしまった。
乱暴に蹴立てられた真っ白なシーツに寄る皺を眺めながら、さてどうしたものかと考える。
ローの意図は分かっていたのだから、ただ汲んでやればそれで良かったのかもしれない。けれど、相変わらず素直ではないが、ハロウィンにかこつけて分かりやすい甘え方をしてきたこの人を可愛いと思ったのだ。期待に応えてやっても良かったが、分かっていて飴を渡したのはほんの意地悪のつもりだった。俺に構ってもらえない、と落胆して拗ねるであろうローを見たくなった。愛情表現がストレートでないのはお互い様だ。
そうは言っても、せっかくの華やいだ祭りをこのまま終えてしまうのはあまりにつまらない。
シーツの海からはみ出している髪を撫で、耳元に唇を寄せた。二人分の体重を受けて、北欧のオーク材でしつらえた上等なベッドがごくごく微かな軋みを上げる。「船長、」ほとんど吐息だけで呼ぶとびくりと布の塊が震えたが、顔を出すには至らない。
これでは三日経ってもこの調子だろうと、懐柔するのを早々に諦めて思い切りよくシーツを剥いだ。

「船長、Trick or Treat ?」

「…へ?」

おそらく俺があの手この手で甘やかして機嫌を取るとでも思っていたのだろう。間の抜けた声をあげて、わずかに潤んだ紺碧がひとつ瞬いた。

「何を呆けているんです、ハロウィンなんだから俺にも言う権利あるんですよ。ほら、選んでください」

「菓子なんてさっきのお前の飴と…あ、あと棚に沢山、」

「駄目です。自分で用意したものでなくちゃ」

「…そんなの持ってねえよ」

「でしょうね」

俺に菓子渡さないようにするので手一杯でしたもんね。
一度剥ぎ取ったシーツをまたばさりと被せて、その上から抱きしめる。ローは暴れたそうにもがいたが、俺がすっぽり抱え込んでいるのと絡まる布が邪魔になってじきに大人しくなった。

「悪戯したかったんでしょう?俺に」

「べ、つに…誰がお前なんか!」

「酷いですね。でも船長は菓子くれなかったんだから、あとは大人しく悪戯されてください」

「…石鹸で落書きでもしてろ、馬鹿」

「嫌ですよ。そんなの結局俺が掃除するはめになるんじゃないですか。色々食い損ねたし、歩き疲れたし、責任とってくださいよ」

布越しのあてずっぽうな、まるで唇に掠らないキスが気に入らなかったらしく、ようやく自分からシーツを振り払って、半分ほどしか聞き取れない罵倒交じりに噛み付くように口付けられる。あぁくそ、性格悪りぃな、だからお前となんか本当ろくなことにならねぇ。ぐるぐる咽喉の奥で唸っている途切れ途切れの悪態は、きれいにラッピングしてそっくりそのまま返してやりたい。
唾液ごと交換するように貪って、柔く食んで、ローの薄い唇がふっくらと充血するのを見るのが好きだ。
「悪戯、なんですから。多少のことは大目に見てくれますよね」、耳朶を舐めて囁けば体温を上げた身体がぶるりと震える。手の甲から腕へと、それ自体が発熱したような刺青をなぞって肩から肩甲骨へ、背中の窪みをくすぐって腰まで、時間をかけて撫で下ろしてやるとローは決まって縋りついて音を上げるのだ。まるで素直になんてなれないくせに、こんなときだけ息を詰めて堤防を崩すタイミングを待ちわびている。なんて頑なで分かりやすい。
まったく、どうしょうもなくて可愛い人だと思った。





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