珍しくトラファルガーが手ずから淹れてくれた茶を一口飲んで、沁みるような痛みに思わず顔をしかめた。
二、三日前から、歯茎にほど近い頬の内側に口内炎ができている。四六時中じくじく痛んで鬱陶しくて仕方ない。
痛ぇ、と思わず漏れた声に、固い蜂蜜瓶の蓋に四苦八苦していたトラファルガーがこっちを向いた。「火傷でもしたか?ちゃんとフーフーしてから飲みなさいって言い忘れたな」なんて馬鹿にしきった台詞を吐きやがる。瓶の蓋ひとつ開けられねえくせに!
丸っこいガラス瓶を奪ってガチンとこじ開けてやると、トラファルガーは少しだけむっとした顔をしながら金色を一匙すくって紅茶をかきまわした。蜂蜜のせいで黒っぽくなった紅茶にミルクをたっぷり入れて飲むのがこいつの好みだ。隙あらばこっちの紅茶まで甘ったるくしようとするから、何も入っていないブラックティをさっさと飲み干した。几帳面なトラファルガーの淹れる茶はうまいと素直に思うが、今は熱い液体が口の中の傷を刺して正直味どころじゃない。
どうにも気になって舌先で触れていると、口元の動きで見当をつけたのかトラファルガーが遠慮もなしに唇を摘んでひっぱってきた。

「あー…口内炎できてる。うわ、痛そ」

事実さっきから痛ぇって言っているのに追い討ちかけるみてえに爪で引っ掻かれて、突っ込まれた指に噛み付いてやろうかと思った。「ビタミン摂れよ、ユースタス屋ぁ」なんて暢気に喋りながらぐりぐり傷を弄ってくるから堪ったもんじゃねえ。でも噛み付いたら多分ここぞとばかりに拗ねる。本気で怒ってるわけでもねえくせに、こいつはそういう面倒くせえ振る舞いが大好きだ。
仕方ないから無難に引っぺがそうと骨っぽい手首を掴んだら、トラファルガーがひょいと膝の上に乗り上げてきた。鼻先がくっつきそうなくらい近い場所で、焦点のぼけた青い瞳が笑う。ちゅ、とやたら可愛らしい音を立てて一秒にも満たないキスが降ってきた。まるで子供騙しだ。触ったと思ったらもう離れてる。

「そんな不満そうな顔するなよ」

「うるせえ」

片手でわし掴みにできそうな小さい頭を引き寄せて薄い唇に噛み付いたら、トラファルガーは機嫌よさそうに喉の奥で笑って舌を差し出してきた。いつもは俺のほうから絡めて引きずり出してやるのに珍しいと思ったら、歯列をぐるりとなぞって頬の内側を舐められる。探り当てた口内炎をまたぐりぐり弄られて、今度こそ殺意じみたものが沸きあがった。この野郎、やけに積極的だと思ったらこういうつもりか。しつこく傷を刺激する舌を少し強く噛んだら、首に回っていた腕に力が入って薄っぺらい身体が密着してきた。
すっぽり抱え込める収まりのいい身体を膝に乗せて、手櫛を通すみたいに髪を撫でられるのは悪い気はしない。問題はこいつが痛む傷を弄るのをやめないことだ。それさえなければ俺にとっては至福の時間なのに。トラファルガーの機嫌はいいし、珍しく自分からくっついてキスしてくれるし、時々漏れる気持ちよさそうな声も可愛くて仕方ない。口が裂けても言わねえけど。
名残惜しかったが痛いもんは痛いので、パーカーの背を掴んで引き剥がした。トラファルガーは上気した顔で不満そうに唇を尖らせ、懲りずにもう一回俺を引き寄せようとする。「痛えっつってんだろ!」と抗議しても「知ってる」とあっさり返されて言葉に詰まった。

「ユースタス屋…涙目になってる」

そんなに痛えの?と聞いてくるから真剣に頷いたら、「俺、ユースタス屋の痛がってる顔、可愛くて好き」なんて斜め上の返事が飛んできて、柄にもなく泣きたくなった。気遣うどころかやめる気がまるでない。青い瞳がとろんと潤んでいて、トラファルガーが目を細めると少しだけ色が濃くなる。

「まぁ…なんだ。気を楽にしろ。そんなに痛くしねえから、多分」

医者の言う『痛くない』は信用ならないもんだが、その中でも今のトラファルガーは飛びぬけて説得力の欠片もない。なのに頬を染めて少し蕩けた表情が可愛くてタチが悪い。普段よっぽど頑張らなきゃそんな顔見せねえくせに。もっと眺めていたいのに、そのためには甘んじて痛い思いをしろなんて言いやがる。
「悪魔か、てめえは!」と叫んだ唇はあっさり塞がれた。



「…痛え」

数日後、因果応報というかなんなのか、飯食ってる最中に口の中を噛んでしまったらしく、今度はトラファルガーが熱い茶に眉を顰めていた。
見せてみろ、と唇を引っ張ってみると、内側の犬歯の位置の粘膜が白っぽく傷ついている。

「ざまあみやがれトラファルガー!ほら、さっさと口、」

「言っておくが今俺にキスとかしやがったら今日は指一本触らせねえし、あと三回くらいは会っても無視する」

「……だってお前この前俺に、」

「この先ずっと四回目に会うまで俺と口も聞けないなんて可哀想にな、ユースタス屋」

「………」

「………」

「…お前自分が理不尽だって自覚あるか?」

「全然」

そうだと思ったよ、この野郎!



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