瞬く睫毛に宿る神秘。
鋭い視線を隠す目蓋と連なるそれが、朝焼けに反射してピンクに光ると気付いた時俺は既に…。
自分はもっとこういうことには鈍いと思っていたし、最初は戸惑いばっかりだった。
セシルには気を使われバッツにからかわれ散々だった。
っていうか何でみんな知ってるんだ。
ヴァンいわく分からないわけないだろ、だそう…俺と同じくらい鈍そうなあいつに言われてなけなしのプライドは総崩れ。
最初は正体の掴めない好意、次第に心を色付かせた。
心根の強い彼女を護りたい。
これが恋なら…人一倍元の世界に焦がれるライトを想うのはすごく、辛いだろう。
(触りたいのも、傍にいたいのも、声を聞きたいのも笑ってほしいのも…約束も)
きっとその気持ちで打ち消されてしまう。
君の頑なを手折りたくない。
…決意と呼ぶには甘苦いのは諦めるのが苦手、だから。
飛ぶ鳥がうっすらと影を落として、追いかける足は塞がったばかりの傷だらけ。
イミテーションの群れなど慣れきった。
聖域への目印となる怪鳥は、色褪せた写真のような空に浮かぶ一点の白。
曇り空に透き通る太陽のよう。
この空は本物ではないし時折見かける妙な生き物達も、生きてるのかは不鮮明だ。
…私達も、同じ。
砂に汚れた風が音を連れてくる。
見えなくても分かるこれは、フリオニールが鍛練を積んでいる時の荒々しさ。
そびえ立つ神々しい塔の天辺が雲の上に隠れている、気付かない内に帰ってきていたのか…。
駆ける速度を落としていく。
掠れた鉄、燃える凍る轟く魔法、地を打つ多重音…手合わせしてるんだな。
冷静になると痛みがじんじん疼く、仲間が気付いたらすっ飛んでくるだろう。
でももう少しだけこのまま。
(フリオニールの断片が好きだ)
薔薇にかける夢、武器にこもる熱意、ささくれだった傷だらけの手指、身の丈にあっていないマント、それから…拾い出したらこぼれ落ちそうな感情を、きっと名付けなくて良い。
持って帰れない、私の世界は別にある。
天を仰ぎ眩しさに目をつむる。
風の音と混じり合う、今だけは、この世界にたったひとつ、フリオニールの断片。
打ち合う金属音が止んでもしばらく舞う砂に体を預けていたが、暮れる日の寒冷に身震いするのを合図に歩みを再開した。
さっさと戻ってフリオニールを叱咤激励してやろうとわずか心を踊らせて。
聖域中心部より手前に設置している生活スペースに戻るも求めていた姿はなく、はたと疑問を巡らせた。
「おかえりライト、わっ、足傷だらけじゃない!」
「ケアルをかけたから塞がってる…それよりフリオニールは、」
親しげに駆け寄ってきたティファの反応にほとんど無意識で答えかけて我に帰る…も遅かった。
丸い薄茶の目がきょとんと開いて細まる。
しまった、とは表情におくびにも出さない…が、嬉しそうにはにかむ顔が傾いて示した先にはあいつが。
…バレるとかいうレベルじゃない。
「…負けちゃったみたいね」
「経験に差があるから当然だ」
「そういうもの?」
「戦闘はな」
(本当にそうだろうか?)
疑問が過る。
自分が発した言葉を疑うなんてしたことが、ない。
何に対する疑問だろうか…私への…ティファ…でもなければ、あいつへの。
カインと熱心に話し合っている、身振りで先の復習と見てとれた。
槍使いだからとて、他の知識が乏しくてはいけない。
特に血統書付きの家系ならば努力は計り知れなかっただろう…短剣を逆手に持つ、拳がフリオニールの脇腹を小突き腹を引き裂く真似をした。
感心しきりに頷いて、カインの頭上で制止させていた槍を振り下ろす――動きを見計らい回し蹴りを食らわされ呆気なく沈没。
「頑張りやさんだね」
「実が伴ってないがな」
「そういうこと言っちゃうんだから」
たしなめるティファを後にして本来の目的を遂行する。
大股に歩を進め、腕を引かれて立ち上がるフリオニールを睨み付けた。
情けない、なんて悔やみ尽くした。
強者の笑みで以て腕を引く、カインに勝てた試しがない。
惜しいなといつも言ってくれるのだけれど、気を遣ってるに違いないんだ。
槍をぐっと握り締めもう一戦申し込もうと口を開いたら、割って声が響いた。
一番見られたくなかった…ライトの声が。
「また負けたみたいだな」
痛恨の一撃。
遠退いた意識に口ごもったフォローが入り込んでくる…ああ止めてくれカイン、逆に傷が滲みる。
必ず強くなってみせるさと普段なら言えるけれどじとり睨み上げてくる目に、表情に怖じ気づく。
護りたいと言わせてくれない強さに憧れもするし美しさを闘いに費やさせる環境が疎ましくもある…君が闘いを求めているのならそれはそれで悲しい。
ライトを宥めるカインが志すべき背中に思えて槍がとてつもなく重かった。
「…お前、近頃闘い通しじゃないか?」
「え?そうかな…」
「昨日もイミテーションと闘っていたぞ」
「ああ、鍛練を怠ったら腕がなまる」
嘘はない。
君を見ないためだとか…邪念を払いたい気持ちも含めて。
強くなりたい。
真剣な気持ちだというのにカインは何でだか溜め息を吐いて背を向けた。
ライトも同じような呆れた表情を…。
おかしなことを言ったろうか――闘うだけではダメだと、よく注意されるが護るためには強くなきゃいけない。
言葉なく去っていく広い背中は、俺には遠いのか。
「…強くなりたいんだ、ライト、達の隣に立てるぐらいになりたいんだよ…情けないが」
「ああ、情けないな」
胸がつまる。
頭の血管が跳ねて暴れて、ガンガンのたうち回っている。
鳴り響く鐘の空洞に立ってるみたいで、煩い、痛い、苦しい、気持ち悪い。
(好きなんだ)
口にできない想いを飲み込んで平静を保つ。
(好きなんだ、弱いけど、頼りないけど、好きなんだ、好きなんだ)
鐘楼が打ち鳴らす鈍痛は、力強い引力に掻き消された。
気付いたときには目前にライトの顔が迫り…襟を握りしめられ息が詰まる。
「お前は自分の強さすら認められないのか」
「っ、」
「経験も才能も凌駕出来る努力や飲み込みの早さを、お前自身が認めなくてどうする!」
それが出来ないなら強さも何もない、言って突き放す細い腕は怒りに震えている…でも襟は握ったままで、視線は合わさっていて…逸らしたくない、もっとこの熱を――。
ふと、気が付いた、ライトの足は傷だらけだった。
鐘の轟音が返り咲く。
息が、うまく出来ない…ヒューと喉が鳴った。
衝動が走る。
細く筋張った肩を、背中を強く、強く。
抱き締めた。
「すまない、弱くてごめん、情けなくて…俺は、君が…」
(手折りたくない)
熱が冷えていく。
脳天からすり抜けて落ちていく。
君の実直を護りたい気持ちのために、諦める決意のために、口に出来ない。
頬を滑る桃色の髪が風に揺れて唇をかすめ、沈黙を許してくれる。
抱き締めきれず宙に止まる武骨な握り拳を見詰めながら浅い呼吸を繰り返した。
覚束ない柔な決意。
まごつく俺の背を彼女の――彼女らしくない優しい手がとんとん、となでた。
動きに合わせて跳ねる心臓、火照る体。
振動や熱が伝わってないことを祈りつつ拳をほどく、掌をそっと、しなる背中にくっつけた。
…抱き締め方も知らない。
君をみんなと同じように仲間だと思えていたらどんなに良かったろう。
「…お前の情けなさは悪いことじゃないがな」
「悪くない…?」
「向上心があるということだろう?目指す場所は遠くてもお前の心根は強い…フリオニール」
「……」
「私も…お前の傍にいたいんだ」
(ずっと)
心中で装飾した言葉は胸の内に抑えた。
君の隣にいるのが、これからずっと俺だったら良い…せめてこの闘いだけでも。
ライトが同じ気持ちでいてくれるなら…彼女は恋心でなかったとしても…うん、幸せだな。
元の世界を切望する、君の心も全部護りたいんだ。
彼の揺らぎない決意を彼女は知らない。
彼女の秘めたる憧れを彼は知らない。
お互いがお互いに抱く想いを知らない、けれどこれが恋ならば、いつか実るかも知れない。
彼らはこうして愛を語り合い、仲間が呼びにくるまでの束の間を抱き合っていたのだから。
――想いが通じ合うまでにはもう少し時間がかかるけれど。
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