*Part-Lightning*

「じゃ、主任のこと頼むっスよ課長」


ティーダに言われ、助手席で眠りこける馬鹿の顔をちらりと見遣る
今日は4部合同の新人歓迎会で
残念ながら新人が入社しなかったうちの部で
新人のかわりに、それと車だから飲めない私のかわりに
へべれけになるまで飲まされてはいたが


「帰れなくなるほど酔いつぶれる奴があるか」


はぁ、とひとつ息を吐いてキーを回しアクセルを踏み込んだ
同期入社で ずっと一緒にやってきて
私のほうがたまたま先に昇進して
今は上司と部下になってはいるが
昔からこの馬鹿のこういうところは変わっていない


「…あれー…ライト…?」


馬鹿がうっすらと目を開ける
こちらをちらりと見た瞳は虚ろで

そう言えば
「課長」ではなく「ライト」と呼ばれたのはどのくらいぶりだろう
あの頃とは違う それは分かっているのに


「とりあえず寝ていろ。吐くなよ」
「うー」


本当に意識があるのかないのか
この馬鹿の自宅に向かうには次の交差点を左

ブレーキを踏んで ウィンカーを出しかけて
…やめてしまった

上司と部下になってしまったが故に
離れてしまった心の距離
それを私がどう思っているか お前はきっと知らない
だから今夜は迷惑をかけられた代償に
あの頃のように 何も考えずに一緒にいたかった

+++

*Part-Frioniel*

目を覚ました時にいたのは
随分と懐かしい記憶の中にある生活感のない部屋
身体を起こすと目に入ったのは
ハンガーに吊された 彼女が着ていたスーツ

痛む頭に 遠くから聞こえるシャワーの音が響く


「…なんで、俺」


昔は確かに 同期の仲間でこの部屋に集まって
ぐだぐだと下らない話をしていたけど
どうして今になって こんな


「…俺、確か」


残った記憶を手繰り寄せる

確か…開発部には新人がいないから
一番上が飲もうにも課長が車で飲めなくて
代わりにお前が飲めって馬鹿みたいに飲まされて それで

…頭が痛む理由は分かった
何故俺がここにいるのかも なんとなく


「だからってさ…」


この部屋に連れて来る必要はなかっただろ
俺の家がどこか知らないわけじゃないのに

いくら上司と部下だからって
男と女が二人きり
俺の気持ちも知らないで なんでそんな残酷なことができるんだ?

そりゃ俺に何か出来るような度胸があれば
この歳まで彼女の一人も作れないまま来ることはなかったわけで
…どうせ何もできないって分かってはいるけど


「…自分に惚れてる男に対しての仕打ちじゃないだろ、ライト」


シャワーの音が止まる
もうすぐ姿を見せるであろう彼女に対して
どんな顔をすればいいのか解らなかった

+++

*Part-Lightning*

バスルームから出て ベッドに目をやる
酔客は案の定 眠りこけていて
起こさない様に 隣にもぐりこんだ
そのまま背中を向けかけて
寝返りを打つように その背中に触れる


「…どうして上司と部下でしかいられないんだろうな」


眠っているのをいいことに
言葉がどんどんとあふれ出してくる


「あの頃はそこまで考えたことなんてなかったのに」


もっと素直に
しがらみなんかなく一緒にいられた

仕事に遣り甲斐を感じているから
こうして地位を得たことに後悔はしていないのに
お前が遠くて それがどうしても哀しくて


「上司としてじゃなくて一人の女として…私は」
「そんなこと言っちゃ駄目ですよ、課長」


眠っていたはずの酔客が
狸寝入りを決め込んでいただけだとそこで気付いた


「それ以上言われたら…俺は」
「上司命令だ、黙って聞いていろ」


卑怯だと自分でも思った
だが もう押さえられない
掌に感じるその背中の温もりがどうしても欲しくて仕方なくて


「上司としてではなく一人の女としてお前を必要だと思っている…好きなんだ、お前が」


返事は言葉ではなくて
寝返りを打たれて肩をベッドに押し付けられて
組み敷かれていることに嫌悪を感じなかったのは
見上げたお前の表情がとても真剣だったから


「…課長、俺」
「ライトでいい」
「…好きだよライト、俺だってずっとライトのことが好きだった」


その言葉に返事は返せなかった
何かを言うよりも先に奪われた唇

上司と部下としてじゃなく
男と女として
ようやく向き合えた そんな気がして

抱きしめられる腕の力と
圧し掛かる体の重みさえ
何も気にならない
唇が離れて見上げた顔は
酒のせいではなくもっと違う何かで赤く染まっていた


+++

*Part-Frioniel*


言われた言葉の意味を考えることなんてもう出来なかった
頭がふわふわするのは 未だ抜けきらない酒のせいなのか それとも


「…で、いつまでこの状態でいるつもりだ」


その言葉に我に返る
勢い任せに組み敷いたはいいものの なんと言えばいいのか


「俺…えーと」
「大体想像はつくが…初めて、なんだろう?」


見抜かれたのがなんだか悔しくて その目を見ることができない
からかうような口調とは相反して ライトの表情はとても優しい笑顔


「学生時代にそんな経験は一切ないって昔言ってただろう、この仕事をしていて出会いがあるわけもないし」
「…根拠としては正しいんだけど…見抜かれたのは悔しい」
「見抜いたわけじゃない…私も同じ、ただそれだけだ」


その言葉と一緒に背中に回された腕
言われてみればその行動もどこかぎこちない
俺が女を知らないのと同じで ライトも男を知らない
ただどうしていいか分からないまま抱き合うことしか出来なくて
ぶつかり合う視線はとても熱くて
それだけで頭がどうにかなりそうで
ただでさえ何していいか解んないのに 考えることさえ出来なくなりそうで
それでもただ、本当に
無我夢中で触れて 何度も何度も口付けて
何も考えられない 考えられるのはただ目の前にいる君のことだけ
見えるものは君ひとりで 聞こえるのも君の声だけで…


「…上司命令だ、もう少し…ゆっくり、でないと痛い」
「このタイミングで課長に戻ることないだろ」


覚えてるのはそんな 冗談めかした会話だけ
あとはもう 言葉なんて必要なくて

心で惹かれあっていた
身体がひとつに結ばれた
今必要なのは その事実だけ


+++

*Part-Lightning*


目が覚めたら 隣に眠っていたのは年の割りにどこか幼い寝顔の大男
私を離すまいとしっかりとこの身体に絡みつく腕
眠っているのに力強さを感じるその腕に幸せを感じてから…時計に目をやった


「…まずいな」


今日は確か本社から開発関連の総括をしてる役員が来るはずだった
会議には課長である私も、現場主任であるこの馬鹿も出席しなければいけない
そう―いつまでも浸っているわけには行かない
纏わりついた腕を 起こさないように解きながらベッドから身体を起こした

朝が来てしまえば 私はもう一人の女ではいられない
どんなに愛していても そのぬくもりに甘えて自分を忘れるわけにはいかない

ドリップメーカーに入れるコーヒー豆はいつもの倍
トースターに入れるパンは2枚
ベーコンエッグは…こんな日に限って焦がしたので今日の朝食はトーストだけ

浸っているつもりはないがそれでもそんな些細なことが幸せだったりして
一人の女ではいられない それでも
すべての準備を終えてから 再び寝室に舞い戻った


「起きろ、フリオニール」
「…ん…あれ、ライト」


ぼんやりとした表情が心をくすぐる
こんな可愛い恋人の表情を見てなんとも思うなと言うほうが無理な話で
でも今は私は お前の恋人ではなくて


「急いで支度しろ、今日は大事な会議があるのを忘れたか」
「え…あ、その」


名残惜しそうなその顔を見ていると胸が痛い
だが、今は


「トーストとコーヒーだけだが用意してある、食べたらすぐに出るぞ」
「…切り替え早過ぎないか」


寂しそうにそんなことを言う
甘えたいのだろうかなんて思いはしても 甘やかすわけには行かない
…上司としての辛いところ


「いいから早く支度をしろと言っているんだ…その代わり」


部下としてはとても優秀だと思っている
そもそも同期入社なんだから その優秀さは良く知っている
たまたま運がないだけで 私の部下で留まっている

それが恋人としてこんなに手がかかるとは流石に思っていなかった
でも そこがたまらなく可愛いなんて
どうかしてるのは…私のほう


「次のプロジェクトが終わったら…お前の望むことをひとつ聞いてやる」
「それは上司としてですか、課長」
「…恋人としてだ。それと、今はまだライトでいい」
「…ややこしいな」


ベッドからようやく大柄な身体を起こした恋人の浮かべる苦笑いに、その髪をくしゃりと撫でた
ああ、確かにややこしい
だが、いずれはきっと慣れるのだろう お前も 私も

昼間は上司と部下 夜になったら恋人
私とおまえのそんな複雑な関係はまだ 始まったばかり


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