不思議な夢を見た。
夢の中で自分は剣を持って戦う戦士だった。
おぼろげな記憶を頼りに現れる敵を剣で屠り、
終わらない戦いを終わらせるために戦っていた。
そうして最後、無限に湧き出る人形たちの出口を壊し、自分もこと切れた。
「――ッ!」
がばり、とライトニングは飛び起きた。すぐにあたりを見回し、自分の居場所を確認する。
自分の部屋、自分のベッド、そして――
「……ライト?」
「……」
隣に眠る愛しい人を無言のまま、ただひたすら抱きしめていた。
世界は優しい夢を見る
「夢?」
「そう、夢だ。実に下らない夢だった」
そう言うなりダンっ!と勢いよくライトニングはレタスに包丁を入れた。そうしてザッザッザ、とリズミカルに刻んでゆく。フリオニールは隣で卵焼き用の卵を溶いている。
窓から降り注ぐ眩い朝の陽ざしを浴びながら、フリオニールとライトニングはキッチンで朝食の準備をしていた。カチャカチャと調理道具が奏でる音以外に、二人の声だけが響いている。
(「やっぱり、振るべき話題じゃなかったか……けど」)
不機嫌なライトニングの声色と態度に、フリオニールは胸の内で唸る。しかし、聞かずにはいられなかったのだ。抱きしめられたあの時、ライトニングが震えていたから。
「自分は二人の神が支配する世界に呼ばれた別の世界で生きていた人間で、私は剣を持って戦う戦士だそうだ。なんでも、その世界はその神たちが別の世界から人間を呼び出して戦わせて、勝敗を決めるゲームをしていた。……全く、喧嘩に他人を巻き込むなど神の考えは理解できない」
「……なんだかえらく壮大な夢だなあ」
フリオニールが答えあぐねているうちに、ライトニングは一人で淡々と話し始めていた。そしてまるで他人事、とでもいうかのような返答をしたフリオニールにフッと笑いかける。
「まるで他人事だな。お前もいたんだぞ、フリオニール?」
「えっ、俺もその夢の中にいたのか?!」
「当然のようにいたぞ。お前は確かいろんな武器を操る戦士だった。武器を背負い込んでまるで人間武器庫のようだったな」
「な、なんかすごいなそれ」
「お前も私と一緒で別の世界から来た人間で、私とはそこで初めて出会ったんだ」
「へえ〜。夢の中の俺、どうだった?」
「お前はお前だったよ、フリオニール。ただ、どういうわけかバラを持ち歩いていたな」
「えっ? どういう経緯で!?」
「さあな。それは私も知らないが、なんでもそのバラを見て何か感じたものがあるらしい。私もそうだった。だから、私たちはそのバラを通じて互いを知るようになっていったんだ」
「なるほど。じゃあバラ様様、ってところだな」
「そんなところだ」
「で、その戦いは一体どうなったんだ?」
「……」
フリオニールがそう聞いた瞬間、ぴたりと音が止んだ。ライトニングが包丁を動かすのをやめたのではあるのだが、彼女自身が言いにくそうに口を噤んでしまっていた。コト、とライトニングが包丁をまな板に置く。一呼吸おいて、彼女は用意していた二人分の皿に、黙々と立った今刻んだ野菜を無造作に放り込む。フリオニールは黙ってライトニングを見つめていた。フリオニールはライトニングが野菜を全て皿に盛りつけ終わったのを見計らって、彼女を呼んだ。
「ライト?」
「……私は、私はその世界で戦いに勝つために――死んだんだ」
「えっ……」
「言っただろう、ゲームだと。呼ばれた人間は神であるプレイヤーの駒となり、用意された盤上で戦う。カオス――混沌の神が勝ち続け、コスモス――秩序の神が負けるのを永遠に繰り返すゲームだったんだ」
「……」
「私はその真実を知り、そんな下らない戦いを終わらせるために闘った。次のゲームで確実に秩序の神が勝つ布石のために、闘って、闘って、闘って――そして、力尽きて、死んだ」
「俺は!?」
「お前は、一足先に真実を知った仲間がいて、そいつが次の戦いのために仲間に不意打ちを食らわせて眠らせていった内の一人だった」
「じゃあ、俺は何も知らずにそのまま戦線離脱したってこと?」
「そうだ」
「そんな……」
「そこまで落ち込むことはないだろう。たかが夢だ」
「たかが夢だとしても、やっぱりライトの隣に居られないのは俺は嫌だ」
「フリオニール……」
「もしも俺がその真実とやらを知っていたら、絶対ライトを止めてたと思う」
「ああ、違いない。お前ならきっとそうするだろうな。私が折れるか、フリオニールが折れるかで言い合いから喧嘩になりそうだが」
「確かに。ライトも大概頑固だし」
「お前もな。こうと決めたら絶対に譲らない」
そうしてどちらからともなく目があった瞬間に微笑み、ひとしきり二人は笑いあっていた。夢でも現実でも、互いの性格が、この関係が変わらないとでも言うように笑って笑って笑いあっていた。そして、ようやくそれが収まった後にライトニングが口を開いた。
「……さて、話が思いのほか長くなってしまったな。フリオニール、卵焼きはどうなった」
「あっ……」
言われてフリオニールが手にしていたボウルと菜箸に目を向ける。卵は未だボウルの中に漂っていた。申し訳なさから顔を下に向けるフリオニールに、ライトニングは苦笑しつつ声をかけてやる。
「……早く焼こう。いっそスクランブルエッグか炒り卵でも私は構わないんだが」
「……いや、今日は絶対に卵焼きを作る! ちょっと時間がかかるけど待っててくれ」
「分かった。待っている」
「ああ。腕によりをかけて作るからさ」
そして、フリオニールがいざ調理を始めようとしたまさにその瞬間――
「えっ……?」
ぐにゃり
空間が、世界が突如として歪んだ。
「……っ! ライ――」
フリオニールは愛しい人の姿を確かめようと名前を呼ぼうとして、意識を失った。
* * *
「――ル!」
「……」
「――ニール!」
「……」
「フリオニール!! お鍋が焦げちゃうわよ!!」
「……えっ!? はっ、あれっ?」
「もう、貸して!!」
ふっ、とフリオニールの意識が戻った瞬間、聞こえてきたのは仲間であるティファの声。そして、ティファがフリオニールの手にしていた鍋をひったくり中身を確認している。フリオニールはというと目を白黒させて一部始終をただ見ているだけであった。
(「――今のは夢、なのか?」)
夢にしてはやけに生々しい夢だった気がする。抱きしめられたときに感じたライトニングの震えも、キッチンでのやり取りも、一つ一つが鮮明に五感に焼き付いているのだから。ふとフリオニールがあたりを見渡せば、そこはかつて二柱の神が支配していたあの世界で、今は神々はいなくなり、代わりにモーグリたちが気ままに暮らし、操る者がいなくなったイミテーションが行くあてもなく彷徨っている崩壊しかけた世界だった。
そして視線を近くに戻せば、かつては立派な城があったであろうその場所をキャンプ地とし、皆が手分けして作った簡易な台所があり、少し離れたところに仲間たちがテントを背にし、たき火を囲みながらワイワイと話し合い、時折こちらをチラチラと見ていた。
「ああ、やっぱり焦げてる……うーん、でもこれくらいなら大丈夫かしら?」
「……」
「うん、上だけ使えば大丈夫ね! ――フリオニール!」
「ハイッ!?」
急に名前を呼ばれ、思わず声が裏返るフリオニール。対するティファは腰に手を当てて仁王立ちをし、キッとフリオニールを睨みつけている。無意識のうちにフリオニールは後ずさっていた。
「料理しているときはそっちに集中しなくちゃダメでしょう? 自分のだけならまだしも、みんなのご飯を作っているんだから」
「う……すまない。さっきは本当にどうかしてたんだ」
フリオニールは本当に申し訳なさそうにティファに向かって謝った。そんなフリオニールを見てティファもやれやれといった風に笑う。
「ま、全部が全部だめになったわけじゃないから大丈夫よ。次からはよーく気を付けてね」
「ああ、分かった」
「……取り込み中済まないんだが」
「っ!」
「あれ、ライトどうしたの?」
そんなやり取りをしているときに、ライトニングが二人に向かって話しかけてきた。フリオニールは先ほど見た夢を思い出して、つい過剰な反応をしてしまった。そんなフリオニールにお構いなしにライトニングは淡々と用事を告げる。
「食事はまだかまだかと五月蝿い連中が何人かいてな。私が代表で聞くことにした」
「ごめんなさい。大丈夫よ、もうできたから。あとは盛り付けだけ。ねっ、フリオニール」
「あ、ああ。ライト、あと少しなんだ。待っていてくれ」
「分かった。待っている」
それだけ言うと、ライトニングは踵を返して食事を待つ仲間たちのもとへと戻って行った。後には食事係のフリオニールとティファが残される。
「さて、早くご飯盛り付けないとだね、フリオニール!」
「……」
「? フリオニール、どうしたの?」
「!! す、すまない! ちょっと考え事をしてた」
隣に立つフリオニールに明るく声をかけたティファだったが反応がない。もう一度大きな声で彼の名前を呼ぶとようやく気付いたようだった。フリオニールの煮え切らないその態度に、ティファはついつい口を尖らせてしまう。
「もう! 本当に大丈夫なの?」
「ああ、すまない。早くしよう。皆待ちくたびれているだろうし」
「じゃあ、そっちの大きいお皿を用意して頂戴」
「分かった」
(「夢の中では結局、食べさせてあげることはできなかったけど」)
朝食を終えたら、二人でこっそり夢の話をしよう。彼女は一体どんな反応をするのだろうか。そんなことを考えながらフリオニールはいそいそとティファと一緒に朝食の準備をするのだった。
end.
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