「…チョコ?」
「そう、チョコ。モグちゃんたちに頼んで材料揃えてもらったんだ」

ニコニコと無垢な笑みを向けるティナの目の前にあるのは…微かに残る元の世界での記憶の中に存在するもの、チョコレート。
そのほかにも鍋だとかなんだとか、モーグリに揃えさせたとは言うがそのモーグリが一体何処で揃えてきたのかは定かではない品物ばかり。

「で、どうして急にチョコなんだ」
「あ、もしかしてライトの世界にはそう言う風習がなかったのかな」

意味ありげに、悪戯をする子供のように笑うティファは人差し指を立て、ライトニングの瞳を真っ直ぐに覗き込んだ―随分と楽しそうな表情を浮かべてはいるが、残念なことにライトニングにはその理由が皆目検討つかないわけで。

「年に一度、女の子からお世話になってる男の人にチョコをプレゼントする風習があってね、明日がその日なんだ。だからいい機会だしうちの男性陣にもチョコを渡してみようかなーなんて」
「それで昨日、折角ですから手作りしようって話になったんですよ」

昨日、と言えばライトニングはひずみを解放する為にパーティを離れていたが、その間に彼女たちの間でそんな話がまとまっていようとは夢にも思わなかった。
しかも、話がまとまったのが昨日だとするのならそこからモーグリに声をかけ、一日で材料や調理器具を一式取り揃えたことになる。この行動力は一体何処から湧いて出るというのであろうか―はっきりと言えば、ライトニングには理解できない。

勿論、仲間達に世話になっていないかと言えばそんなことはない。
一度神々の戦いは終わったと聞いているが、そのはずなのに何故かこうして再びこの世界に呼び集められ共に戦う仲間達には感謝している―
その感謝の気持ちを表す為の贈り物、と考えれば悪い話ではない。ただ世話になっているだけでなく、随分と迷惑をかけている自覚もあったし…昨日、ちょっとした口論の末に殴り飛ばしたヴァンの顔など思い浮かべながらライトニングは小さく頷いていた。

「そう言うことなら私も手伝おう―それで、何をすればいい?」

ライトニングのその言葉に、残る3人の表情はぱっと明るくなる。もしかしたら断られることを危惧していたのかもしれない。
返事を聞いたユウナは明るい笑顔のまま置いてあった小さな鍋をライトニングに手渡す。

「これでそこにあるチョコを溶かしておいてくれますか」
「ああ、わかった」

言われるがまま、渡された鍋を手にすると置いてあったチョコレートを塊のままその鍋の中に放り込むライトニング。
…その様子を黙って見ていたティナがぽつりと一言…

「あのね、ライト。チョコ溶かす時は湯煎するんだよ。だからもっと細かくしなきゃ」

必要最低限の料理は出来るものの、菓子作りなど殆ど経験のないライトニングはその言葉に眉根を寄せた。

「なんだか随分面倒だな」
「その分、気持ちは沢山籠もると思うけどね」

自分の作業に取り掛かりながら笑うティファのその言葉に妙な納得を覚えながらライトニングは小さく頷くと、鍋に放り込んだチョコレートの塊を取り出した。


***


流石に仲間達全員に配るとなるとなかなかの量になるわけで、4人は手分けしながら作業を進めていく。
ライトニングが溶かしたチョコレートにティファが何かを混ぜて型に流し込んでいく。その間にもユウナは別のチョコを溶かし、それにティナがナッツか何かを混ぜ込んで箱の中へ入れたかと思うとその箱に向かってブリザドの魔法を使う…
男性陣が見ていたらそんな冷やし方があるかと茶々のひとつも入れられそうではあるが、本人たちはいたって真面目に作業を続けていく―
そんな中、既に先ほど型に入れて冷やし固めたチョコレートを型から抜きながらティファが何かを思いついたようにライトニングに囁きかけた。

「ライトにも教えておいてあげようかな」
「何の話だ?」
「お世話になってる人にチョコを贈るのも大事なんだけど、一番大切な人にはね…特別なチョコをプレゼントするんだよ」

ティファの言っている意味が今ひとつよく分からず、ライトニングは微かに首をかしげる。
理解していないのであろうライトニングに対して特に苛立った様子を見せるでもなく、ティファはにっこりと笑顔を向けた。

「だからね、お世話になった人だけじゃなくて…大切な人に、その気持ちを込めたチョコをプレゼントするの」

そんなことを言うティファの手には、他の仲間に配る為に用意したものとはまた別にチョコレートが取り分けられている。
なるほど、チョコレートの量が随分多いと思っていたがそう言う目的で別に取り分ける分もあったのか…と言う奇妙な納得とともにライトニングの脳裡を掠めたのは―フリオニールの横顔。
その幻影を振り払うかのように、ライトニングはぶんぶんと首を横に振る。

「まぁ、別に絶対ってわけじゃないけどね…もしもライトにその気があるなら何か別に作っておいてもいいんじゃないかな?」

悪戯っぽい笑みを浮かべながらティファは取り分けてあったチョコレートを小さな箱に詰め始める。きっとそのチョコレートはクラウドの手に渡ることになるのであろう。
しかし、特別と言われても何をすればいいのやら。しっかりと鍋の取っ手を握り締めたままの右手に無意識に視線を落とし―その先にまた、フリオニールの顔が見えたような気がしてライトニングはひとつ溜め息をついた。
そんな話を聞いてしまった以上、フリオニールに何もしないわけにはいかないような気がして。
だからと言って何が出来るかと問われてもその答えは簡単に出せない気がして。

「特別、か…難しいな」
「まぁ、難しいことはしなくていいと思うけどね。ライトに出来る範囲で『特別なもの』を用意すれば…あぁ、そうそう」

ティファは相変わらず悪戯っ子のような表情を浮かべたまま、ライトニングの耳元に唇を寄せる。そして、ライトニングひとりにだけ聞こえる程度のとてもとても小さな声がその耳をくすぐり始めた。

「そう言えば、チョコの味見なんだけどね…」


***


翌日。

「何かコソコソしてると思ったらこんなの作ってたんだな」

彼の手には昨日皆で協力して作ったチョコレートが詰められた袋がある。
ジタンだけではない。袋に詰められて渡されたチョコレートを手に、驚いたり喜んだり忙しく表情を変える男性陣の姿を見て、4人はそれぞれに笑みを交わし合った。
ふと見ればヴァンは既に袋を開けてチョコレートを口に放り込んでいて、行儀悪いとオニオンナイトに窘められたりしているが…まぁそれはいつものこと。

「我々を労いたいとのことだが、チョコレートは疲労した時に効率よくエネルギーを摂取するのに向くと言われている。そう言う意味もあっての贈り物と思っていいだろうか」
「えっと…そこまで深く考えてたわけじゃ…」

ウォーリアオブライトの真面目な問いかけに困ったような笑みを返すティナを見て、一行の間に笑いが巻き起こる。
そんな風に和やかに仲間達が時を過ごす中―ふと気付けばそこにはティーダとユウナの姿がない。同じように、クラウドとティファも。
昨日ティファが言っていたことを思い出し…そして先ほどから隠し持ったままの「もの」のことを思い出し、ライトニングは仲間の輪の中和やかに談笑しているフリオニールのほうへと歩み寄る。

「フリオニール、今少しいいか」
「ん?どうしたんだ、ライト」

振り返ったフリオニールはあまりにもいつもの通り。
なんだかそれに、自分ひとりが緊張しているようで無性に腹立たしく思えてしまう―だが、そんな感情は隠したままライトニングは努めて冷静に一言だけ言い放った。

「話がある、来い」

それだけ言うとライトニングはすぐにフリオニールに背を向けて歩き始める―後ろからついてきた重い足音は聞きなれたフリオニールのもの。
少なくとも他の仲間達に見つかってしまえば何を言われるか分かったものではない。少しでも仲間から離れようと、ライトニングはわざと早めの歩調で歩き続けていた―
その間、フリオニールのほうを振り返ることが出来なかったのは、きっと他の仲間に言えば笑われてしまうであろう…ほんの少しだけライトニングが持ち合わせていた「乙女心」のせい、なのだろうか。

振り返ってもそこに既に仲間達の姿は見えない。あるのは、黙ったまま自分についてきていたフリオニールの姿だけ。
ここまで来れば大丈夫だろう。ライトニングはひとつ息を吐くと、懐に隠し持ったままだった小箱をフリオニールに向かって差し出した。

「…これ…お前の分のチョコだ」
「え?俺の分はさっきもう…」

右手に持ったままだったチョコレートの袋とライトニングが差し出した小箱を交互に見比べるフリオニールの表情。彼の頭の上に盛大に疑問符が浮かんでいるように見えたのはきっとライトニングの気のせいではないだろう。
だが、自分だって知らなかった風習なのだ。フリオニールがきちんと認識しているとは考えにくい―ライトニングは手の中の小箱を開けながら真っ直ぐにフリオニールの瞳を見据えた。

「ティファから、その…大切な奴には特別なチョコを用意するものだと言われて…だな」
「え…あ」

ライトニングの意図しているところが分かったのだろう、フリオニールの表情が疑問を抱えているものから嬉しそうな、華やかな表情へと変わる。
それを見ているライトニングのほうがなんだか恥ずかしくなってしまって、フリオニールから視線を逸らす―逸らした視線は、箱の中のチョコレートへ。
これだけは私がやるから手を出すな、と他の3人に言い放って溶かすところから全てひとりで作業した…ライトニングに出来る「特別」なんてそんなものでしかなかったけれど。
型に流し込む時に失敗してしまって、他の仲間に渡したものに比べて少し形の悪くなってしまったチョコレート。だがきっと、フリオニールはそんなことを咎めはしないのだろう―だが、それでもあまり見せたいものでもなくて。
そんなことをもやもやと考えながらも箱の中からチョコレートをひとつ手に取ると顔を伏せたまま視線だけをフリオニールに送った。

「とりあえず口を開けてみろ」
「え…でも」
「いいから」

急に語調を強めたライトニングの言葉に従うかのように素直に口を開けたフリオニールを確かめると、ライトニングは手にしたままのチョコレートをねじ込むようにフリオニールの口の中へ押し込んだ。
ライトニングの手がフリオニールから離れたと同時にフリオニールの唇が閉ざされ、そしてもぐもぐと小さく動く。
口を開けろと言われたときから張りついたようになっていた困惑は、やがていつもの彼の穏やかな笑顔へと変貌していた。

「美味しい…けど、甘いな」
「そんな甘かったか?」
「もしかして味見してなかったのか?」

チョコレートを全て食べ終えたのだろうか、ぺろりと唇を舐めたフリオニールはライトニングの言葉に小さく苦笑いを浮かべる。
そのときにライトニングの記憶にふと甦るのは―昨日、作業の途中でティファに囁かれたこと。
確かに味見はしていない。その理由は…ティファが教えてくれたから。

「ああ、そうか。…もう一度口を開けろ、フリオニール」
「いやその…普通に食べるからいいよ…なんか恥ずかしいし」
「いいから口を開けろ」

フリオニールがその言葉に従って口を開けるよりも先に、ライトニングは再びチョコを手に取るとフリオニールの唇に押し当ててからその口の中にゆっくりとねじ込む。
その手を離したと同時にライトニングの手はフリオニールの後頭部に回され―瞬きほどの間に、その唇が重なる―
唇を押し当てたまま、ライトニングはまずゆっくりとフリオニールの唇を舐める。それとともに伝わるのはフリオニールの唇に残るかすかな甘さ。
それを確かめるとライトニングは満足したように唇を離し、後頭部に回していた手で呆然とライトニングを見ていることしかできなくなっているフリオニールの頬に触れた。
触れた頬は何故か熱い。それどころか、フリオニールの顔は耳まで紅く染まっていた―掌に伝わるのはその熱なのだろう。

「…確かに甘かった」
「味見したいなら…直接食べたらよかっただろ」

呆然としたままのフリオニールがようやく搾り出したその言葉に、ライトニングは首を横に振る。

「これはお前への贈り物だ、堂々と私が食べてどうする」
「だからって」
「贈り物として作るものなんだから普通に食べてはいけないし味見するときはこうするのが正しいとティファに教えられたんだが」

呆然としたままだったフリオニールの表情に、そこで違うものが混ざる…言葉にするのならば、「呆れ」、だろうか。
その表情の意味が分からずライトニングは微かに首を傾げる。自分は確かに昨日ティファに教わったとおりにしたはずなんだが一体フリオニールが何を呆れているのかが分からない。
ライトニングを見ていたフリオニールはそこでひとつ大きく溜め息をつく―ライトニングが自分の取った行動に何の疑念も持っていないことに彼も気付いたのだろうか。

「ライト、それ…絶対騙されてると思う」
「……まあ、随分妙な習慣だとは思わなかったわけじゃないが」

疑問には思ったもののそうだと言われればそうするべきだろうとあっさり受け入れたが、どうやらそれでフリオニールを困惑させてしまっているらしいことにそこでようやっと気付く…
まだどこかライトニングと視線を合わせることに戸惑いを覚えているらしいフリオニールの頬に添えた手にぐい、と力を込めて真っ直ぐに自分の方を向かせる。

「もしかして…嫌だったか?」
「いやその、嫌だったわけじゃなくて…寧ろ嬉しかったんだけど、その」
「じゃあ問題はないな」
「いやその、それはそうなんだけど…えーと」

未だ視線をどこに置けばいいのか判断がつかないのか彷徨わせたままのフリオニールにこともなげにそう言いきってやると、フリオニールはまだ紅い顔のまま再び大きく溜め息をついたのであった。



「ずっと戦いの中に生きてきて世間ズレしてないせいかもしれないけどさ…ライトって変なところ素直だよね。まさかほんとにやるとは思わなかった」
「…と言うか俺にはお前の目的が分からない」

そのふたりの様子を、近くの大樹の陰からティファとクラウドがこっそり覗き見ていたことはまぁ…誰も知らないままにしておいた方がいいのだろう。


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