そもそもの話の発端は、荷物の中に大量に含まれているアクセサリを見ているうちにセシルが何気なく呟いた一言だった。

「…そう言えば、元の世界に帰れたら…プレゼント考えなきゃ」
「プレゼント?誰にっスか?」

指輪を手にしたままのセシルの呟きに、興味津々と言った様子でティーダが問いかける。その問いかけに、自分はそんなおかしなことでも言ったのだろうかとでも言わんばかりにセシルは首を傾げてみせた。
だが、その言葉の意味がしっくり来た者は仲間の中にはいなかったらしい。誰もが皆不思議そうにしているのを、セシルが逆に不思議そうに見返している―傍から見れば随分と不思議な光景であったであろうことは想像に難くない。

「うん、確かね―結婚してから丁度1年経つか経たないかくらいの時にこの世界に呼ばれたから」
「え、結婚してたのは知ってたけどそんな新婚さんだったんスかセシル」
「まぁね。でも僕は元の世界を離れたり、仕事が色々あって大変な思いをさせてるんじゃないかなって思って。だから、元の世界に帰れたら結婚記念日ってことで奥さんにプレゼントでもしようかなと」

穏やかなセシルの微笑みに、仲間達は皆が冷やかすような声をかける。無論セシルが大の愛妻家であることは皆承知の上での反応ではある―ついでにカインの姿を探し、この会話が聞こえない位置でウォーリアオブライトと何事か話し合っているのを見て安堵の息を漏らした者もいたりして。

「そっかー、結婚するとそう言う記念日みたいなのが出来るんスね。なんか羨ましい」
「結婚してなくたっていいんじゃないかなぁ。たとえばティーダ、ユウナと初めて会った日が何月何日かとか覚えてない?」
「覚えてないっスよ、初めて会った時それどころじゃなかったし」

セシルとティーダは引き続きそんな会話を繰り広げている―その近くでは同じように荷物の整理をしていたティファとティナがその会話を聞くともなく聞いていたり。
会話の内容が気になるのか初めのうちは黙って聞いていた2人だったが、ふと視線が合ったのをきっかけにどちらからともなく言葉を交わし始めていた。

「そう言う記念日ってなんだか楽しそうだよね。まあ、この世界だとカレンダーもないし何を記念日にしていいのか分からないって言うか」
「いろんなことが起こりすぎるとそれはそれで何を記念日にしていいのか分かんなくなるんだけどね」
「ティファ知ってる?それね、惚気って言うんだよ」

そして―乙女2人のそんな会話を聴くつもりもないのに聞いているのは、仲間達がアイテムを整理している中大量に持ち運んでいる武器を手入れしているフリオニールだった。
興味のない素振りを見せながらも、どうしてもその会話の内容が気になってしまう。
そもそも、初めにセシルが言ったことからして気になっていたのだ。結婚記念日のプレゼント、なんてことを自然に考え付くなんて自分には絶対に出来ない話であったし。
仲間に対しても向けられる細やかな気遣いは当たり前のように愛する人にも向けられる。自分がそう言う意味での機転が利かない自覚のあるフリオニールからすればそんなセシルが少し羨ましくもなったりして。
だがその後ティナが言っていたことにも一理ある。いつ出会ったかも明確ではないし、それからどのくらい時間が経ったのかなんてことももはや数えてはいない。つまりどう頑張っても、記念日なんてものは自分たちには縁のない話だと頭では分かっている。だが、それでも―
…考えかけたところで、剣の柄に巻いていた革が裏表逆になっていたことに気付いてフリオニールは苦笑いを浮かべた。
普段なら絶対にすることのないこんな間違いをしてしまうなんて、一体自分は彼らの話にどれだけ関心を持っているのかと―だが、その会話に加わったところで虚しくなるだけだというのが分かっている。
暦すらない、時間の経過すら曖昧なこの世界で出会った自分とライトニングは決して、「記念日」なんてものを望むことは叶わない…フリオニールは黙ったまま、方向を間違えた持ち手の革をはがすことしかできなかったのであった。

「あーでも、何か記念日見つけたら美味しいものでもクラウドに作ってあげようかな」
「うん、きっとクラウドも喜ぶんじゃないかな」
「あーいいなー、オレもユウナに何かプレゼントとかしてあげたい」

楽しそうな仲間達の会話はまだまだ続いている。耳を塞いでしまいたい衝動に瞬間的に駆られはするものの、突然そんな行動を取るのが不自然だと言うことは頭にあるので実行に移すわけにも行かず。
剣を傍らに置き、斧を手にとって柄巻を解く―聞かないようにしようとしていても耳に入ってくるその会話はやはりフリオニールの集中を乱すだけで、全ての武器のメンテナンスの最中に何かひとつは失敗してしまうという彼らしくもない失態を見せて仲間に呆れられたりもしていたのだが。


そして、その日の夜。
仲間達が食事を終え談笑している中、フリオニールは焚き火を見つめて何事か考え事をしているらしきライトニングの姿を見つけ―当たり前のように、その隣に腰を下ろした。
気配だけでそれがフリオニールなのだと気付いたのだろう、ライトニングはすぐに顔を上げると微かに笑みを零してフリオニールの方を見つめる。焚き火に染められたオレンジ色の頬にちらりと目をやり、そのままフリオニールは何を言うでもなく―先ほどまでライトニングが見ていた焚き火の方へと視線を移した。
少し離れたところからは仲間達の楽しげなやり取りが聞こえてきている。その声に、ふとフリオニールの脳裡を過ぎったのは昼間に武器のメンテナンスをしている最中に聞いた会話―
もしもこのことをライトニングに告げたら彼女はどう言うだろうか?
そんな疑問が心の中に浮かび、しかしそれを口にするのはなんだか格好悪いような気がして一度は開きかけた口を閉ざす。
何も言わないフリオニールを、ライトニングは黙って見つめていたが…ぽん、とその肩にライトニングの華奢な手が置かれる。どこまでも、いつものように。

「…言いたいことがあるならはっきり言っていい」
「うん…その、大したことじゃないんだけど」

ライトニングの言葉は不思議とフリオニールを安心させる。時に冷たく厳しくもあるのに、その本質に彼女が隠し人には見せない暖かさと優しさを秘めている―フリオニールはそれを知っていたから。
格好悪い自分を見せたくないなんてのはフリオニールの側の下らない意地のようなもので、きっとライトニングの方は自分がどんな自分を見せても受け止めてくれるのだろう。そんな安心感から、一度心の中に封じ込めたはずの言葉は流暢にフリオニールの唇から滑り出す。

「昼間に、記念日の話をセシル達がしてて」
「ああ、なんだかそんなことをティファが言っていたな」
「俺、それ聞いてたんだけど…なんだか、羨ましいなって思って」

再び視線を送ると、ライトニングは不思議そうな顔でフリオニールのほうを見ている。羨ましいという言葉の真意を図りかねてでもいるのだろうか…ライトニングの内心は、フリオニールには分からない。
だがここで話を止めてもきっとライトニングは最後まで聞きたがるのだろう。納得の行かないことを納得の行かないままにはしない、それが彼女の性格だということはフリオニールだって良く知っていた。

「俺達には記念日なんてない…と言うか、まぁ色々作ろうと思えばあるんだろうけどそれがいつなのか分からないだろ」
「この世界には暦がないからいつがその記念日なのか判断する術がない…と言う意味で合っているか?」

言いたいことが伝わったのを確かめ、フリオニールは大きく頷く。そして、言葉を止めたまま―再び、焚き火に視線を映した。
その続きは暫くは言葉にならなかったものの、どう言えばいいのか―自分が何を感じ、どう思ったのかを頭の中で反芻するうちに少しずつ形になってきた。形になった言葉は、ゆっくりとではあるがその唇を滑って言葉として紡がれてゆく。

「もしも俺達が出会ったのがこんな世界じゃなかったら、そう言う…なんて言うんだろうな。もっともっと普通に『恋人』らしいこともできたのかもしれないなぁって考えるとちょっと寂しかったりするんだ」
「…まあ、元よりそれは無理な相談ではあるわけだがな。そもそも、私とお前はこの世界でなければ巡り会うこともなかったし―この世界でなければ惹かれ合ったかどうかも分からない」
「分かってる。分かってるからこそ…羨ましいし寂しいし、ちょっと悔しいなって思った…って話」

そう、仕方のないことなのは頭では分かっている。
だがもしも、自分たちの境遇が違ったら…もっとライトニングに色んなことが出来たのではないかと思うとどうしても拭い去れないネガティブな想い―言っても詮無きことと頭では分かっているからこそそれ以上は言葉にせず、フリオニールは小さく息を吐いてからライトニングの方を見る。作ってみせた笑顔が何処か寂しそうだったことには彼自身は気付いていないまま。

「お前がそうやって悩んでいるのにこういうことを言うのも悪いかとは思ったが」

ぽつりと呟いたライトニングの視線は、自然とフリオニールの瞳を真っ直ぐに捕らえていた。
彼女の迷いのない瞳はいつもこうやって、フリオニールを真っ直ぐに射抜き捕らえて離さない。だからこそ―フリオニールはライトニングに見つめられるのが好きだった。彼女の側にいてもいいんだと、その視線に許されているようなそんな気がしたから。
そんなフリオニールの考えを知ってか知らずか。ライトニングははっきりと、いつもの彼女らしい凛とした声で言葉をつむぎ出す。

「私はそんなものは必要ないと思っている」
「…そうだよな。ライトはそう言うとこ現実的だし」
「そう言う意味じゃない―特別な1日なんて必要ないんだ。お前が隣にいることが私にとっての『特別』なんだから」

それだけ言って焚き火の方へ視線を向けたライトニング―頬が紅いように感じられるのは、焚き火の炎を映しているからだけではないように感じられた。
あまりにも真っ直ぐ、はっきりと向けられた言葉にフリオニールも不意に顔が熱くなる。彼女の愛情表現が時にストレートなことは良く分かっていたはずだったのに、不意打ちでこんなことを言われてしまっては―
返す言葉が見つからないのは、どんな言葉を返せばそのライトニングから向けられる想いに最大限応える事が出来るのかが思い浮かばなかったから。

「『特別』な日が1年に1回だけなんてつまらないだろう」

付け加えるように囁かれたライトニングの言葉に、フリオニールは大きく頷いてみせる。
ライトニングの言うとおり―彼女が側にいることが自分にとっても特別なのだから。そんな『特別』な毎日を過ごせることこそが、フリオニールにとっては何よりも幸せなことなのだから。
そして―何気ない毎日を『特別』にしてくれるライトニングの存在をとてつもなく愛しいと思いながら、フリオニールもまたライトニングと同じように燃え続ける焚き火へと視線を移していた。

同じものを見て同じ時を過ごす。些細な会話の中から幸せを紡ぎ、誰よりも愛しい存在に感謝を向ける。そんな『あたりまえ』な『特別』がこれからも共にあるように、そう願いながら。


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