神々の戦いが終わったはずの世界。
既に神々が亡いその世界で、戦士達は未だ終わりの見えない戦いを続けていた―その行く末が何処なのかは誰も知らない。
彼らはただ、それぞれの元いた世界へ還るための術を求めて、はっきりとした敵が誰なのかすら分からぬまま神々の戦いが終わったこの世界で戦い続けている。
だが―その戦いの中、誰かが言い出したことがあった…

―もしかして、自分たちもイミテーションと同じような存在なのかもしれない―

誰が言い出したのか、彼らももうよく覚えてはいない。
かつて、コスモスを喪った戦いの最中にそんなことを誰かが言っていたような気がする。その戦いすらも、一度元の世界に還ってから再びこの世界に喚び集められた彼らには遠い遠い記憶なのだから。
人ならざる石の塊に人の姿と力を与えた人形―イミテーション。
この世界に溢れるそれらを造ったのが誰なのかはもう、誰にも分からない。だがもしも、ただの石の塊をああやって、一端の戦士として作り上げるほどの技術があればもしかしたら。
その姿を石の塊ではなくもっと人に近い姿へと変え、そこに記憶を、心を、感情を植えつけることが出来たとしたら―そうやって作り上げられた存在が自分たちなのだとしたら。
自分の中に眠る「元の世界の記憶」はただ植えつけられたもので、「元いた世界」だと自分が思っている世界には自分と同じ記憶を持つ「誰か」がいるのかもしれない。では今ここにいる「自分」は一体誰なんだろう。
その答えを見つけ出せるものもいれば、見つけることが出来ずに思い悩む者もいる。
仮にそうだとしても自分たちには戦うことしかできないのだからとあっさりと言い放つものもいれば、自分たちに還る世界などないのだったら戦う意味はあるのだろうかと思い悩むものもいる。

そしてここに、後者の考えを持つ青年がひとり。


「…はぁ」

岩場に大の字になって寝転がり、薄い雲の広がる空を眺めているフリオニール―彼の瞳が映す空が何処か暗いのはその空が雲に覆われているからなのか、それとも違う理由なのか。
空気に冷やされた岩の感触も、鎧に阻まれた彼の身体に伝わることはない。ただ…流れていても分からないままの雲を映したその瞳の昏さの理由は彼自身にしか分からないこと。
数多くの武器もそこに投げ出したまま、フリオニールはただただ考えている。この戦いの先にあるものは何なのか、そして本当に自分は「自分」なのか…
青年期のモラトリアムとはまた違う自問自答。考えたところで答えは出ない、だって真実はフリオニールよりもずっとずっと遠いところにあるのだから。
フリオニールが思い悩んでいることには気付いているのだろう仲間達は誰一人として近づいてくることはない。それがありがたくもあり、少し寂しくもある―そんな勝手な考えを頭から追い払うようにフリオニールは目を閉じ、そして―もう一度深く深く溜め息をついた。

「…いつまでそんな調子でうじうじ悩んでいるつもりだ、鬱陶しい」

瞳を閉じたままのフリオニールの耳に届くのは冷たく厳しい声。声の主が誰なのか分かった上でゆっくりと目を開けるとそこに映ったのは見慣れた深紅のマント。
ゆっくりと身体を起こし、その先の―薄紅色の髪に柔らかく覆われた空色の瞳を見遣る。
彼女の―ライトニングの表情はいつもの彼女のものらしくどこか厳しく、冷たい。どんな時も迷いなく進んでいく彼女からすれば、今の思い悩むフリオニールに対して苛立ちを覚えるのも仕方のない話なのかもしれない、なんて。
そんなことを考えながら、フリオニールはライトニングの鋭い視線から目を逸らす。そのまま胡坐をかき、再び視線を空へと戻した。

「…ライトは考えたことがないのか?」
「何がだ」
「俺達が…イミテーションと同じような存在かもしれないってこと」

身体の横についたままだった掌を、意識するでもなく目の前へと運ぶ。
傷ついた時に流れ出る紅も、悩みの果てに噛み締めた唇に感じる痛みも、何もかもが「自分」は「生きている」と証明しているように感じられるのに―それすらも偽りだとしたら。
考えるだけで全身からすべての力を奪っていくような絶望を、彼女は抱いたことがないのだろうか。
風に揺れる薄紅色、その奥の瞳はただただフリオニールを真っ直ぐに見つめている。その瞳の奥に宿した閃光は何の迷いの色も孕んではいなかった。
そんな彼女が眩しくて、自分にはとても遠い存在に思えて―真っ直ぐにライトニングを見つめることが出来ない。
そのまま視線を落としたフリオニールの隣に、ライトニングが腰を下ろす―それでもやっぱりフリオニールはそちらを見ることが出来なくて。

「もしもお前の言うとおり、私たちがイミテーションと同じ『造られた』存在だったとして」

凛と澄んだライトニングの声は、今の―道を失ったフリオニールの胸に鋭く突き刺さる。
彼女が何を言おうとしているのかフリオニールには全く推測がつかない、だが―その、力強さを含んだ声には一片の悩みも迷いも存在するようには思えなかった。
思い悩み、戦うことから逃げ出したくなっている自分はこうして彼女の隣にいることが許されるような存在なのだろうか。そんな想いが、フリオニールの胸を去来する―その瞳の色は、雲に覆われた空よりもずっと昏い。
そんなフリオニールの考えていることなど知るわけもないライトニングの声はやはり澄み切った色を含んだままフリオニールの耳に届いていた。

「還る世界がないことが絶望だとは私は思わない―元いた世界にはきっと、別の『私』が存在しているのだろう。それならば、記憶の中にある世界はその『私』に任せておけばいい」
「―でも、今ここにいる俺達は」
「この世界で造られた存在なのだからこの世界で生きていくという方法だってないわけではないだろう」

ふわり、と。
ライトニングの華奢な掌がフリオニールの腕に触れた。
逞しさと柔らかさ、強さと優しさを兼ね備えたその掌が何故か心地よい―

「お前は強い…例えこの世界に絶望しかないとしても、それでも生き抜いていける強さを持っている―私はそう思っているが」
「そんな大した存在じゃないさ…俺なんて」

自分の存在に、自分の行く末に思い悩み道を見失いかけたただの愚か者。
言葉にならない自分への嘲りの言葉は、胸に留まったままフリオニールの心を蝕んでいく―言霊、と言うものが本当にあるのだとしたら、今の彼を傷つけているのはきっとそれなのだろう。

「…あまり私を失望させるな」

言葉は厳しかったが、ライトニングの声に含まれていたのはかすかな優しさ―勿論それは、気のせいかもしれなかったが。
返すべき言葉を見失い黙ったままのフリオニールの、束ねられた長い髪をライトニングの細い指が梳く。

「そうは言ってもさ…やっぱり、怖いよ」
「ならば、お前がもしも造られた存在だったとしても…戦う理由を私が作ってやる」

俯いたままの頬に、ライトニングの手が触れる。
強引に彼女の方を向きなおさせられ、逃げることも出来ないままふたつの視線がぶつかり合う。

「還る場所がなくても、私がお前の居場所になってやる」
「…ライト…でも、君には」
「お前にも私にも、誰か特別な存在がいたかもしれない。だがお前も私も造られた存在なのだとしたら、その『特別な誰か』の隣には元いた世界にいる本物の私やお前がいる」

空色の瞳の奥に秘められた雷光が真っ直ぐにフリオニールを射抜く。
逃げ出したいはずなのに、射すくめられてそこから動けない―フリオニールはただ、茫洋とライトニングの瞳を見つめているだけで。

「だから…お前が本物のフリオニールだろうがそうでなかろうが、今ここにいるお前の考えていることはすべて真実のはずだろう。その真実を私が見届けてやる―一番、近くで」

何の迷いも、衒いもないライトニングの言葉が胸に突き刺さる。
だが突き刺さった言葉は痛みではなく、力となってフリオニールの心を満たしていく―奇妙な感情だと、思わないではない。
何故だろう、ライトニングがそう言ってくれるのだとしたら―居場所がここにあるのだとしたら、自分がもしも偽りの存在であったとしても戦える、ような―そんな気がして。
だが―そこでフリオニールの中で頭を擡げるひとつの疑問。考えてしまえば元々は直情な彼のこと、その疑問はあっさりと言葉になってその唇から滑り出していた。

「ライト…どうして、そこまで」
「お前がうじうじと悩んでいる姿を見ていると苛立ってしょうがないんだ。お前にはもっと強く、真っ直ぐな存在であって欲しいから」

頬に触れていた手がぽんと肩に置かれる。そのままライトニングは立ち上がり、踵を返し足を踏み出した―進みかけた彼女は一度だけ、フリオニールの方をちらりと見遣る。

「…本当の答えは、お前が本当にその悩みから開放された時に教えてやる」

そのまま立ち去ったライトニングの背中を、言葉さえ失ったままフリオニールはただただ見つめることしか出来なかった―

ライトニングが未だ隠したままの「本当の答え」、それに興味を惹かれた。
彼女がかつて元いた世界の話をしていたときに、大切な家族がいたのだと―そう言っていた。その家族を、別の自分がいるならそっちに任せてもいいと言い切ってまで自分の居場所になると告げたライトニングの真意は分からない―分からないからこそその答えをどうしても知りたかった。
そうして願わくば、もしも自分に還る世界がないのだとしたらそのときは―ここにいる自分が抱く「真実」を、彼女に見届けて欲しいと強く願っていた。


後に、フリオニールはライトニングに語っている。
きっと俺が君に恋をしたのはあの瞬間だったんだ―と。

それを聞いたライトニングがなんと答えたのか―それはまた、別のお話。


( back )

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -