戦いを重ねることで意思と馴染みクリスタルとなる神の力。
この力があれば、カオスとの戦いに勝てるのかもしれない―

まるで、砂漠の中でたった一粒の砂粒を探し出すに等しい可能性ではあっても、それでも今の自分たちはそれに賭けるしかない。
ようやっと見えた希望の光を未来に繋ぐ為に、そして今は閉ざされた元の世界への帰路を拓くためにも…
聖域から、その希望を繋ぐ為に歩き始めたライトニングの足取りに迷いはない。迷いなど介在する隙もない―はず、だった。

「…ライト」

歩き始めたライトニングの背後から聞こえたその声は、穏やかさと優しさの中に強い意志の力を秘めている―その声だけでそれが誰のものなのかはっきりと分かるほどに、彼女にとっては聞き慣れたその声に―ライトニングは足を止め、ゆっくりと振り返った。
自分のほんの後ろに立っていたらしき彼―フリオニールは突然ライトニングが振り返ったことに動揺したのか一歩足を引く。
その動きに揺らされたバンダナの飾りがぶつかり合って、足元の水がはねるよりも更に微かな音を立てた。

「自分で呼び止めておいて振り返ったら驚くなんて随分と…」
「いやその…まあそうだよな、ごめん」

申し訳なさそうに頬を掻くフリオニールの姿は些か滑稽でもある―だがそれに笑い出すこともなく、ライトニングはただフリオニールの琥珀色の瞳を真っ直ぐに見つめていた。
そこに宿る感情は今のライトニングには読み取ることは出来ない。だが、戦いの中で見せるそれとは違う微かな揺らぎを含んだその色からライトニングは不思議と目が離せなくなっていた。
そうしてぶつかり合うふたつの視線。先に逸らしたのはフリオニール―わざわざ呼び止めたのだ、何か言いたいことがあるには違いないだろうが、彼の口からそれが語られることはない。

…いつも、こうだ。
仲間として共に戦う日々を重ね始めてからそれなりに永い時間が経っているように思っていたが、フリオニールが変わることは全くない。
呼び止めておいて、用件を口にすることはない。
はじめにフリオニールのこんなところを目にしたのはいつだったか―思い起こしてみればきっと、戦場で拾った薔薇の花の持ち主が自分であると明かすことができずに何度も自分を呼び止めてはなんでもないと言って離れていっていたあの時だった、気がする。
それからも何度かこんなことはあった。ほんの些細な事なのに、それを口に出せず戸惑う彼の姿にライトニングは時に苛立ちはしたものの―慣れてしまえばその扱いは思ったより簡単なものだということにもライトニングはとっくに気付いていた。

「用があったから呼び止めたんじゃないのか」
「ああ…まぁその、用って程のこともないんだけどさ」

きっかけを与えてやれば安心したかのようにすぐに話し始める。最初は何を考えているのか今ひとつ読めなかったが実際は単純なものだなどと余計なことまで考えながらライトニングはただフリオニールの言葉が続くのを待った。
勿論、最初はライトニングと接することに戸惑いを感じていたようにすら見えていたフリオニールも仲間として共に過ごす時間が増えるに伴って少しずつ彼女に心を開いていたかのように見えてはいた―
それがライトニングだけの勝手な考えではないことを証明するかのように、フリオニールの言葉は続く。

「コスモスからもらったこの力でもしもこの戦いを終わらせることが出来たら、俺達は皆元いた世界に還る事になる―でも、もし」

目を閉じたフリオニールが懐から差し出したのは、以前ライトニングが拾った真紅の薔薇の花。今はフリオニールの手に戻ってはいる、だが―きっといつかライトニングの手に戻ってくるはずの、約束の証。
その花を真っ直ぐ見据えるフリオニールの目は純粋で、何か懐かしいものを、愛しいものを見るかのようにも見えている。

「もしも、戦いが終わってすぐに君と会うことなく俺達が元の世界に還ってしまうことになるとしたら…約束守れなくなったら困るな、って」
「なんだ、そんなことか」

はっきりと年齢を聞いたことはなかったが、多分自分とさほど大きく違うわけではないだろうに時折子供のようなことを言い出すフリオニールがなんだか可笑しくて―なのに何故か、取った行動はただ視線を伏せるだけで。
フリオニールが浮かべた不満げな表情にも、ライトニングはきっと気がついてはいない…否、気付かない振りをしているだけなのかもしれない。

「そんなこと、って」

表情だけでなく声にも不満を滲ませる彼はとても素直で純粋なのだと思える。時折それが羨ましく思えて…そして―
…その先を考えるのは止めた。
その先に見えかけているものは、ライトニングの知らない感情―深淵を覗き込んで取り込まれてしまうのではないかと、時にライトニングは不安に思うことがあった、から。

「コスモスがすぐに送り返そうとしたとしても、私は必ずお前のところに向かってみせる」
「ライトならできちゃいそうだからな。君は俺よりずっと決断力も行動力もあるし、強いし…」

そのときフリオニールが俯いたのはどうしてだったのだろう。
先ほどライトニングが視線を伏せたのとは全く違う理由を秘めた、唇を噛み締めるその表情が何故だかとても悲しそうなものに見えて―
腕を伸ばしたのはほぼ反射と言ってよかった。
自分よりも背の高いフリオニールの背中を引き寄せ、その掌でバンダナ越しにフリオニールの髪を撫でる。

「ら、ライト」
「そんなことでどうするんだ?私の記憶を預けているんだ、お前にもしっかりしてもらわないと困る」

咎めるように、叱り付けるように。それでいて、何処か優しく―自分の言葉がそんな風に聞こえていたことなど、きっとライトニングは気付いてはいない。
抱き寄せた腕を解き、見上げたフリオニールの顔は微かに紅かった。
紅潮した頬に指先で触れ、もう一度フリオニールの顔を見上げる。何処か困ったように見えるその表情は、ライトニングの全く知らないもの―

「…ライトはさ…ずるいな」
「何の話だ」
「…わかんないならいいよ…俺にもよくわかんないし」

なんだそれは、と短く返しはしたものの…フリオニールのその言葉をそれ以上追求することは、ライトニングには出来なかった。
先ほどから見え隠れする見知らぬ感情が、フリオニールの姿を借りて再びライトニングを呼んでいることに気付いたから―その感情と向き合うことがなんだか怖くて。

「でも…確かにそうだよなって思った。この花に…ライトの記憶も呼び覚ます『何か』があるんだとしたら、俺は今…ライトの記憶も預かってるってことになるんだ」

それ以上ライトニングが考え始める前にフリオニールが呟いた言葉に我に返り、その目を―近いのにとても遠く感じる琥珀色を覗き込んだ。
先ほどまでの困り顔とは違う、いつもの―フリオニールらしい強い意志を秘めたその瞳から目が離せない―耳の奥から聞こえるような気がするのは、「何か」がライトニングを呼ぶ声。
その声に耳を傾けることはなく、それでもフリオニールの真剣な表情に瞳を奪われたままのライトニング…言葉が出てこないのは一体何故なのか、それはライトニングにすら分からなかった。

「大丈夫、俺は負けない。必ずこの戦いに勝って、君との約束を守ってみせるから」
「そうだ、それでいい」

ぽん、とフリオニールの肩に手を置き、ライトニングは小さく頷いてみせた。
フリオニールは強い。仲間として、近くで彼を見ていたライトニングは良く知っている―時々臆病風に吹かれることはあっても、基本的には―真っ直ぐで、そして強い意志を秘めている。
彼に託した記憶はいつか、自分を元の世界へと導く力となりうるのだろう―そう、素直に信じられる強さが今のフリオニールから感じることが出来た。それだけで充分なのかもしれない―なんて。
言葉にしないまでもそんなことをぼんやりと考えていたライトニングの肩に、ふと―ごつごつとした掌が置かれる。丁度先ほどまでとは逆に、フリオニールから置かれたその手はライトニングが思うよりも何故か暖かく感じられた。

「それと、ライト…あの」

肩に置かれた手に不意に力が籠もる。
フリオニールが視線を外した理由がライトニングには分からない。今までに見たことのないような、決意を秘めた―それでいて、どこか弱気なその表情の意味がライトニングには全く理解できない―

「どうした」
「その、俺…」

躊躇いながら―それどころか、その口から出るのは言葉としては意味を成していない短い声だけで。
あぁ、とかいや、とか。何度も繰り返して―時折見せる、弱気な彼の姿がそこにはある―勿論、ライトニングは知っている。こういうときのフリオニールに自分が何をすればいいのかを。
ただ彼がその躊躇いを忘れて言葉を出せるようにすればそれでいい―

「はっきり言わなくちゃ分からない、だろう?」
「ああ、うん…そうなんだけどさ」

困ったように頭に手を当て、あらぬ方向に視線を送っていたフリオニールだったが…ひとつ大きく息を吸い込み、そして覚悟したかのように口を開く。
それでもその声はどこかか細くて―多分に躊躇いを含んでいるままで。

「俺…この戦いが終わったら、君に言わなくちゃいけないことがある」
「今言えばいいだろう」
「違うんだ…今言っちゃいけないんだ。この戦いに勝ってはじめて、俺は…」

言葉を止めたフリオニールの表情は真剣そのもの。
その表情にライトニングの胸がざわめく。また「あの感情」が遠くからライトニングを呼ぶ―耐え切れなくなって、ライトニングはゆっくりと目を逸らした。

「…とにかく。約束を守るそのとき、君に伝えたいことがあるんだ。だから…絶対、もう一度戻ってきて欲しい。俺も必ず戻ってくるから」

それだけを告げて、フリオニールはライトニングの肩に置いた手を離す。そのまま、ライトニングに背中を向けた。

「ああ…必ずこの戦いに勝利する。お前の話は、その後ゆっくり聞いてやるから安心しろ」

背中を向けたままのフリオニールは表情を見せないままにひとつ頷いて、ゆっくりと歩き始めた。
フリオニールの足元で、聖域に満たされた水がぱしゃりと音を立てる―その音がだんだん遠くなっていく。それと共に、ライトニングの視界の中で小さくなっていくのはフリオニールの天色のマントと銀色の髪。

遠くなっていくフリオニールを見つめるライトニングの心を満たしていたのは、深淵の奥底からライトニングに手招きしていた感情。
だがライトニングは最後までその感情を心の奥底に封じ続けた。たとえフリオニールと離れてしまうことが分かっていてもこの戦いに負けることなど彼女の自尊心が許さなかったから―

そして、ライトニングは気付いていなかった。
フリオニールが伝えたかったのは、ライトニングが封じ続けたのと同じ感情だったということに。

もしもふたりが気付いていたら、物語の結末は変わっていたかもしれない。
だが―約束は果たされることはなく、そして…ふたつの感情は交わることはなかった。

ライトニングが真実を知り、フリオニールは何も知らぬまま眠りに堕ちる―そんな終焉へのカウントダウンはこのときもう始まっていた。
ライトニングが目を逸らした感情と、フリオニールが解き放てなかった感情を置き去りにして。
―それが愛だと、互いに気付かぬままに。


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