「私の剣は、何も切れないんだ」

にこりと微笑む彼女は、とても綺麗だった。
しかし、その美しさはどこか儚さを伴っていて、フリオニールはその小さな肩を抱きしめる。
そっと腕に触れてきたライトニングの指は、小刻みだが確かに震えていた。

「…ライト?」
「すまない…でも、」

もう少し、このままでいさせてくれ。
そう言って静かに目を閉じるライトニング。
完全に閉じきる前に伏せられた睫毛が小さく揺れるのを見て、フリオニールは唇を噛みしめた。
どうして、彼女は。

「…なぁ、ライト」

閑散と静まりかえった月の渓谷に、フリオニールの声が響く。
月光を遮るように岩陰に身をひそめて、彼はライトニングの髪を撫でた。
その手の動きに合わせるように、ライトニングの頬が擦り寄せられる。
小さく聞こえてきた嗚咽を、フリオニールは聞こえないフリをした。

「どうした…?」

掠れた小さな声。
彼女らしからぬそれには触れずに、彼はその身体を抱く腕に力を込める。
それだけで十分だとは思えなかったが、それしかできなかった。

「…背負って、ほしくないんだ」
「え…?」

閉ざされていた瞼がそっと持ちあがる。
こちらを見据える青。
それに苦笑しつつ、フリオニールは彼女の髪を梳くように撫で続けた。

「お前は、なんでも一人で背負い込むだろう?」

それが、俺はたまらなくつらいんだ。
言うか言わないかの瞬間に、誰かの嗚咽が聞こえた。
隠そうとしていないそれは、まぎれもなく彼女のものだろう。
しかし、当の本人である彼女はこちらを見て目を見開いていた。

「ライトニング?」

名を呼んでも応えてくれる様子が見られない。
どうして?
フリオニールはその青を見つめる。
おずおずとライトニングの指がこちらに向けて伸ばされる。
細くて、しかし硬い指先はつぅ、と彼の頬を伝った。

「泣いている」
「え?」
「どうしてだ。どうして、お前が泣く?」

ぎゅっと抱きしめられた背中。
頬が熱くなる。
慌ててライトニングを引き離そうとフリオニールは彼女の背中を掴むが、その背中は小刻みに震えていた。
ぴたり、制止する全て。
制止と同時に脱力してしまい、フリオニールはその場にだらりと座り込む。
そのまま目を閉じれば、彼女の温もりが脳に直に伝わるようだった。




「なぁ、フリオニール」
「ん?」
「私の剣は、何も切れないんだ」

しばらくして、繰り返される先ほどの会話。
顔は見えないが、きっと今のライトニングは暗い顔をしているのだろう。

「そんなことはないさ」

微笑んだって彼女には見えない。
しかしフリオニールは笑った。
これは彼自身の願望だが、きっとライトニングはわかってくれる気がした。
返事はない。
渓谷が静まり返る。
しかし、腰にまわされた腕には確かな力が入っていた。

「…大丈夫」

無音の空間に響いたフリオニールの声。
それは静かに、そして穏やかに空間を支配する。

「ああ…」

凛と響いた彼女の声が、たまらなく愛しかった。


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