「良かったね、退!退院だって」
「う、うん」
いろんな事がありすぎてすっかり忘れていたが、車に轢かれて入院していた退も明日退院できるらしい。あんなに吹っ飛ばされて、体が有らぬ方向にぐにゃんぐにゃんに曲がって血まみれだった割には早い回復で安心した。
今日も私は学校が終わってから、退の好きなミロをお見舞いに持って彼の病室を訪れている。
「そういえば、部長も総悟さんも試合に勝ったんだってね」
「うん!個人戦も団体戦もうちの高校が優勝したんだよ!退は何もしてないけどっ」
「(ガーン)」
全国大会予選。個人戦では総悟が決勝で伊東先生を打ち破り、団体戦もトシ兄の活躍で優勝。
「幸子ちゃん。伊東は、どうなったの…?」
伊東先生とは、あの日以来会っていない。
きっと私は、無意識のうちに彼を傷付けてしまったのだと思う。お兄ちゃんに似ている彼に甘え過ぎてしまった。でも本当に私は先生を尊敬している。頑張る伊東先生を見て、私も先生みたいになりたいって、ずっと思ってたんだ。
もう一度、伊東先生に会ってちゃんと言いたい。「ごめんなさい」と「ありがとう」って伝えたい。
「ところで何でお見舞いが毎回ミロ?別に俺好きでもなんでもないけど」
「そうだっけ?じゃあ私が飲むからちょうだーい」
「えええええ!!!?」
私は、伊東先生に会いに行く。
ともだち
(かけがえのない、君)
「こんにちわ!伊東先生っ」
あれだけ傷付けられて、それでもまだ僕の前に現れるこの女は、どこまで馬鹿なのだろうと思った。近藤幸子は、以前と同じように突然やって来て僕に言った。
「だって勉強教えてくれるって約束したじゃないですか!」
「……そもそも、君とそんな約束した覚えはない」
「よーっし!それなら改めて、私に勉強教えてください!」
「…ッ!そうじゃないだろう!」
そうじゃない。僕は、君に酷い事をした。ただ近藤十四郎に勝ちたかった。彼女と彼女の家族が憎くかった。自分の欲望を満たすために、僕は彼女を傷付けおとしめようとした。君だって、それくらい理解してる筈だろう。
それなのに何故君は、まだ僕と関わろうとする。
「もおお!そうやってウジウジするの止めてください!鬱陶しいです!」
「な、にを、」
「先生がすごい優しい事だって知ってます!私を傷付けるふりして自分が傷付いてる事も分かってます!」
何故君は、僕のために泣く。
「私は先生にもっとたくさんいろんな事教えて欲しかった。私はただ先生と一緒にご飯食べたり勉強会したり、私は…っ」
――私はただ、先生と友達になりたかったんです。
始めから彼女は、僕が本当に欲しかったものを知っていた。知ってて僕の傍にいた。
今やっと理解出来た気がする。彼女が皆から愛される理由。彼女にあって、僕にないもの……
「……何を、教えて欲しいんだ」
「す、数学です」
「それなら行こう。…場所は君の家で良いだろう」
「!はいっ!」
どうやらまだ、君は僕の隣を歩いてくれるらしい。いつか言える日がくるだろうか。僕は君に「ごめんなさい」と「ありがとう」を伝えられるだろうか。
スーパーで買い物を済ませ、僕は再び近藤家を訪れる。幸子を溺愛する彼等の嫉妬に狂った反応は相変わらずだった。ただ以前と違うのは、僕を迎える空気が少しあたたかい事と、勉強を教えた後に彼等家族と食べた鍋がすごい美味しかったような気がした、ただそれだけ。
end