「幸子!どうした!?」


家に帰って来るなり部屋に閉じこもってしまった幸子。――幸子の涙を、俺は見た。


「…伊東が幸子に接触してる」
「伊東?この前うちで焼き肉食ってった野郎か」
「奴は、俺達に勝つためなら何するか分からねぇ。もしかしたら幸子に…」
「要はトシ、テメェのせいでこうなったって事かコノヤロー!」
「止めろ!」


声を上げたのは親父だった。
俺はトシの胸倉を掴んでいた手を放す。


「幸子ちゃんに何があったかは分からん。だが俺達は、黙って幸子ちゃんの傍にいりゃあいいんだ」


皆とご飯を食べるのが何より好きな幸子が、その日夕食を食べに来る事はなかった。(こんな事今まで一度もない)
――俺は、俺達は、幸子を泣かした奴を絶対に許さない。



***



「幸子、少しでいいから何か食べろ」
「……銀兄」


次の日、幸子は学校を休んだ。昨日から何も食べていない。夕方になって幸子の好きな桃のゼリーといちご牛乳を持って部屋に入ると、赤く泣き腫らした目の幸子がベッドの上に横たわっていた。


「勝手に学校休んで、ごめんなさい…」
「いいから無理すんな、今日はこれ食って早く寝ろよ」
「…待って、銀兄」
「ん?」
「お願い、…ここに居て」


力なく起き上がった幸子の隣に腰掛ける。手渡したゼリーに口をつけたのを見て、少し安心した。
本当なら幸子が泣いている理由を問い質したいが、無理矢理聞き出す事はしたくない。そんな俺の気など知らぬはずの幸子は、自らその口を開いた。


「銀兄、は…私の事好き…?」
「あ?何言ってんだよ、当たり前だろーが」
「私も、お兄ちゃん大好きだよ、…でも、それなら、」


幸子の瞳からぽろぽろ涙が零れていく。好きならどうして泣く必要がある。何でそんなに悲しい顔をするんだよ。


「私達、血が繋がってないなんて嘘だよね…?ねえ銀兄、偽りの家族って、どういう事?」


幸子の口から出た言葉は、俺達が必死で隠してきた近藤家の真実だった。



近藤さんちの秘密
(全てを話す時がきた)



幸子と、それから総悟に隠してきた事がある。幸子は俺達家族が大好きだから、話したくなかった。傷付けるのが嫌で、ずっと隠し続けてきた。


「俺達家族は、誰も血が繋がっちゃいねぇんだ」
「う、そ…嘘だっ」


俺には、身なし子だった俺を引き取って育ててくれた先生がいた。でもその人が死んで、絶望から一人荒れていた俺は警察官である親父、近藤勲に出会った。
あのゴリラは、どんな奴だろうと全て自分の懐に抱え込もうとする。誰をも惹きつける、そんな男だった。


「近藤勲は、俺も含めて、身寄りのない子供を引き取って育てる事にしたんだよ」
「お父さん、が?」
「今まで黙ってて、ごめんな」


幸子、これだけは分かってほしい。俺達が一緒に生きてきた時間は嘘じゃない。お前を大切に思ってきたこの気持ちは本物。


「俺達は、家族だ」


俺達の糸は、何があろうと切れやしねェよ。



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