幸子ちゃんの様子がおかしい。何だかぼーっとしているし、時々何か考え込んでいる。
昨日なんて普段読まないジャンプを五時間熟読していた。それに放課後になると誰かに会いに何処かへ出向いてるみたい。
「幸子ちゃん、何かあったの?」
「…退」
いつも笑ってる君だから、元気がないとこっちまで調子が狂う。
部長は予選を前にいつもに増してピリピリしている。旦那と総悟さんは相変わらずマイペースだけど、情報によるとどうやら次男晋助が最近学校に来てないらしい。
――一体、近藤家に何が起こっていると言うのか。
「あのね、お兄ちゃん達が私にだけ吐いてる嘘って何だと思う?」
「あの人達は幸子ちゃんに嘘なんか吐かないよ」
「でも、私の家族は嘘吐きだって、伊東さんが」
「伊東…?」
伊東ってもしかしてうちのライバル校の主将、伊東鴨太郎の事だろうか。
だとするなら、これはまさか予選を控えた俺達への妨害工作。(早く部長に知らせないと!)
「別にどんな嘘でもいいんだ。でも、私にだけ隠し事されてるのが嫌なの」
「…幸子ちゃん…」
「家族の事全部知りたいって思うの、やっぱり変かな」
幸子ちゃんの笑顔はやはり元気がなかった。この子は本当に、あの馬鹿兄弟共が好きなんだなぁ。
「大丈夫、あんたの兄ちゃん達は妹超大好きだから」
「そうなの?」
「だからその嘘って言うのも、きっと幸子ちゃんのために吐いてる嘘だと思うよ」
「………うん」
うん。やっぱ幸子ちゃんは笑ってる方が良い。
***
「…伊東が、幸子に…?」
「何やら幸子ちゃんに吹き込んでるようです。おそらく奴の妨害工作かと」
「…伊東の野郎、そこまでして試合に勝ちてぇのか…」
俺の話しを聞いた部長の瞳孔がいつもの五割増し開いた。(怖えええ!)伊東は幸子ちゃんを傷付ける事で、間接的に兄貴である十四郎さんに攻撃しようとしている。
――俺は幸子ちゃんを守りたい。
「部長、幸子ちゃんに隠してる嘘って何なんですか…?」
部長は、俺の質問に答えてはくれなかった。
宇宙一不幸な男、
山崎
(なんて嫌な役まわり!?)
もう一つ分からないのは幸子ちゃんだ。十四郎さん達に嘘を吐かれるのが何故そんなに嫌なのだろう?確かにあの兄弟達が幸子ちゃんに嘘を吐くのは珍しい。でもそんなに気にする事じゃないと思うけど。
そんな事を考えていた帰り道、道路を挟んだ反対側の歩道を歩く幸子ちゃんを見つけた。
「幸子ちゃん!」
「…さ、がる…?」
俺の声に振り返った幸子ちゃんは、酷く弱った瞳で俺を見た。
……幸子ちゃん、もしかして泣いてる?
まさか、また伊東に…!
「幸子ちゃ……ッ!?」
――キキィイッ!!
慌てて幸子ちゃんのもとに駆け寄ろうとした俺は、そのまま――走っていた車に撥ね飛ばされた。
「退!退!?」
薄れ行く意識の中覚えているのは、全身を走る痛みと、俺を呼ぶ幸子ちゃんの声……
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