伊東鴨太郎。

さっきはいきなりの事にびっくりしてしてしまったけれど、私は彼の名前を知っていた。
隣町にある私立高校はこの辺りじゃ有名な進学校で、当然のように部活動にも力を入れている。中でも剣道部は、必ず全国大会予選の決勝まで勝ち上がる強豪。
伊東さんは、その剣道部主将である。


「助けてもらった上に荷物まで持たせてしまってすみません」
「それは構わないが、君はこの大荷物を一人で持って帰るつもりだったのかい?」
「いや〜なんせ大家族なもんで、私の家」


今まで防具を着けて試合している姿しか見た事がなかったから、彼の素顔を見るのは実は初めてなのだ。こうして見ると、とても強豪校の主将とは思えない。紳士的な物腰と落ち着いた雰囲気はすごく大人びている。(うちの兄弟達とは大違い!)


「あ!もうすぐ全国予選ですね。どうですか調子は?」
「勿論順調だよ。今年こそ、君のお兄さんに負けるわけにはいかないからね」
「トシ兄だって毎日遅くまで稽古して頑張ってますよ」


伊東さんがものすごく強い事は、素人の私にだって分かる。
トシ兄と伊東さんは、その実力から今まで何度も試合でぶつかり合ってきた。去年の大会は団体戦も個人戦でも、トシ兄が勝利を収めたけど、二人の実力に殆ど差はない。
――二人は謂わばライバル同士。


「…僕も、彼との対戦を楽しみにしているよ」
「はいっ絶対負けませんからね」


私が自信満々に言い放つと、伊東さんは一瞬驚いて、それから急に声を上げて笑い出した。


「な、何で笑うんですかっ」
「ハ、ハハ…すまない、君がお兄さんの事をまるで自分の事のように話すから、つい可笑しくて…」


言われてみれば確かにそうだ。頑張ってるのはトシ兄達であって、私は何もしていない。…なのに偉そうに語って馬鹿みたいじゃないか。うわぁ恥ずかしい。


「――本当に仲が良いんだね、君達兄弟は」
「…え?」


そう言った伊東さんの表情は、さっきまでと違って少しも笑っていなかった。



***



結局私は、伊東さんに荷物を半分以上持たせて家まで送ってもらってしまった。伊東さんは気にするなと言ってくれたけど、やっぱり申し訳ない。…そうだ!


「伊東さん!良かったらうちで晩ご飯食べて行きませんか?」
「………は?」



皆で食べるご飯は
おいしい

(今日は焼き肉パーティー)



「幸子が、幸子が男を家に連れ込んだ…俺の幸子が、幸子がぁあぁああ…っ」
「落ち着いてくだせェ、旦那。あいつは俺が殺してやりまさァ」


無理を言って伊東さんを我が家の夕食に招待した。ほんのお礼のつもりなんだけど、もしかして迷惑だったかなぁ。
私を助けてくれたと知ったお父さんは、快く伊東さんを夕食に招き入れた。一方、兄弟達はあきらかに伊東さんを敵視している(何で?)せっかくの焼き肉なのに晋兄はまだ帰って来ない。


「伊東鴨太郎君にかんぱーい!」


トシ兄と伊東さんは、夕食の間一度も目を合わせる事はなかった。



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