ひと夏のアバンチュールとは?

風紀委員の皆さんへ毎朝の挨拶を日課にしていた私は、いつの間にか風紀委員副委員長の草壁さんと校内で会うとよく話す仲になっていた。
そんな草壁さんに「ひと夏のアバンチュールがしたいんですよね」なんて、夏休み前で浮かれていた私はつい口を滑らせたのだ。

「風紀を乱すのは良くないぞ」
「そんな激しいのは求めてないんですよ。何かちょっと、甘酸っぱくて切ないのをですね」
「理解できない」
「えぇー……。何かこう、全部夏のせいにしちゃうみたいな?」
「……そっちもあまり理解して言っていないだろう」
「バレました?」
「止めておけ」
「あはは……。ですよねぇ」

草壁さんの言うとおりだよなと、早々諦めていつも通りの夏休みに突入した。はずだった。そうだ。そのはずだったのに。何故こうなったのかと、目の前の端正な顔を見ながら記憶を探る。
夏休みの課題である読書感想文の本を読んで、クリーンヒットした私に空前の読書ブームが到来。夏休み中ではあるけど並中の図書室に入り浸っていた。
気になる本を借りて、ホクホク気分で図書室を出たところまでは良かったのだ。何故か私の前に立ちはだかった人物、風紀委員長のヒバリさんが現れるまでは。
意味が分からなかったけれど、「こんにちは」と会釈して横を通り抜けようと足を出した。瞬間、ガッと手首を掴まれ本気で心臓が口から飛び出たかと思った。
草壁さんとは仲良しではある。しかし、ヒバリさんとはお話したこともなければ、挨拶だって滅多にしないのだ。
状況についていけない私をほったらかして、ヒバリさんはそのままスタスタと歩き出し……。手首を掴まれていたため、私もズルズルと半ば引き摺られるような形で応接室までやってきてしまった。
そのままソファーの前まで連れてこられ、トンッと肩を押された私は何の抵抗もなくソファーに座ってしまい。気づいた時には、ヒバリさんが私に覆い被さるように背凭れに両手を付いていたと。いうわけで……。駄目だ。全然、理解できない。

「あのー……」
「なんだい?」
「それはこちらの台詞なんですが」

出来るだけ背凭れにくっ付き縮こまる。ヒバリさんと距離を空けたいのだが、如何せん壁ドンみたいに囲われているので、逃げ場がない。

「したいんだろ?」
「な、なにをでしょう?」
「ひと夏のアバンチュール」
「はい??」

ヒバリさんの口から出ると、とんでもなく違和感のある言葉に、脳が上手く言葉を処理できなかったらしい。ひとなつのあば、なんて? 何度も頭の中で言葉を反芻してみたが、理解できなかった。

「え??」
「君が言っていたんだろ?」
「ひと夏のアバンチュール?」
「そうだよ。してあげてもいい」
「なぜ?」

ようやく脳が言葉を理解したというのに、更に意味の分からないことをヒバリさんが口にする。何がどうなってそうなったのかを伺いたい。

「分からない」
「まさかですね」
「でも……」
「はい」
「君が他の男の隣にいるのは認められない」

スリ……と頬に添えられた手に、びくりと肩が震える。鼻先が触れそうなくらいにヒバリさんが距離を詰めてきた。

「わ、あ……」
「全部、夏のせいになるんだろ?」
「そ、それは……。です、はい」

オロオロと狼狽える私を見て、ヒバリさんはフッと僅かに笑った。羞恥に耐えきれず、ぎゅっと目を瞑る。
き、きすされてしまうのだろうか。なんて思っていれば、手が添えられていない方の頬にちゅっと可愛らしく何かが触れた。
それに、ん? と目を開ける。至近距離で合ったヒバリさんの瞳は驚くほどに綺麗で。って違う。今のは、キス……されたんだよね。ほっぺに。

「ひと夏のアバンチュール……」
「なに? 不服なの?」
「いや、え?」
「君の言う“甘酸っぱくて切ない”は曖昧過ぎるよ」

ムスッ……と拗ねたように口をへの字に曲げたヒバリさんに、色々な感情が爆発して両手で顔を覆う。
ひとまず、ひと夏では嫌です。お友達からどうですか。そんな提案をして、お許しが出るだろうか。でたら嬉しいな。
諦め忘れかけていたソワソワとした浮わつきが、再び甦ってくる。夏を理由に大胆になってみよう。目の前のヒバリさんに倣って。

「あ、の……」

指の隙間からヒバリさんの覗く。相変わらず至近距離に見える綺麗な瞳に、さっきとは別の意味で心臓が跳ねたのだった。
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