深紅の舞台で今宵はワルツを

「あら? 私と踊って下さるの?」

楽しげに響いた声に、顔をそっちへ向ける。華美な装飾のされていない、機能性重視のシンプルなサーベルがシャンデリアの光を鈍く反射してんのが見えた。
既に何人か仕留めたのかサーベルは赤で彩られていて、恭しくお辞儀なんてしてみせているバカとちぐはぐで笑える。
お辞儀された敵ファミリーの連中は、バカにされたとでも思ったのか顔に怒りの感情を浮かべた。まぁ、半分以上は正解。煽ってんなぁ。
余所見をする俺に隙が出来たとでも思ったのか、後ろから襲いかかってきた連中にナイフを投げる。狂いなく急所に刺さったナイフが鮮血を舞わせた。つまんねーの。遊びにもなんねぇじゃん。

「がっ!?」
「ぐぅっ!!」

視線をあいつに戻せば、倒れていく図体ばっかでけぇ男の向こう側で、うっそりと微笑んでんのが見えた。パーティーに潜入するため着ていた無駄にヒラヒラとしたサーベルとは真逆のドレスが、嘲笑うように揺れる。
間髪いれずに男達の間をスルスルと通り抜け、ペアと向かい合った瞬間、迷いなく振られるサーベルが会場を深紅に仕立て上げていった。あいつにとってこれは、パーティーでのダンスにすぎないらしい。
クルクルとその場でターンをしたあと、サーベルの血を落とすためかそいつはそれを振った。どー考えても無駄な動き。その余裕すぎる優雅な所作が更に敵を煽っていく。

「しししっ、マージで最高」

ステップ、ステップ、クローズ、ターン。今日はワルツか。そういや最近、あいつの部屋からワルツばっか聞こえてたな。あれ、何て曲だっけ。知ってっけど、忘れた。
断末魔の合間に聞こえる鼻歌がそのワルツな事だけは確かだ。なんて考えてたら、終わったらしい。俺の周りはとっくの昔に全滅させてたけど。待っててやるとか、俺チョー優しくね?

「なー、名前」
「はい? 何ですか? ベル隊長」
「俺以外の男と踊って楽しかったわけ?」

俺の言葉にそいつは、きょとんと目を瞬かせる。次いで、嬉しそうに笑んだ。楽しかったとか言いやがったら、殺そーかな。

「まさか。お話になりませんよ」
「ふーん。じゃあ、王子と踊れよ」
「はい?」

ナイフが飛んで来るとでも思ったのか、鞘に納めかけたサーベルが止まる。それでも良いけど、今日は違う気分。
手を差し出してやれば、「え?」なんて素っ頓狂な声が耳朶を打つ。折角深紅に染まった舞台があるし、俺今すっげー気分良いし。

「踊ってやるって言ってんの」

そいつは思案するようにじっと俺の手を見つめる。

「ワルツですか?」
「何でも良いぜ」
「リードなんて出来るんですか?」
「ったりめーだろ。だって俺、王子だもん」
「そう、でしたね」

ゆっくりと重なった手を掴んで強く引き寄せる。至近距離に驚いたバカの間抜けな顔が見えて、笑みを深めた。
鉄臭い深紅の舞台が似合ってる。ん、良いんじゃね。最高に綺麗じゃん。

「名前が歌えよ」
「お気に入りので大丈夫ですか?」
「何でも良いぜ」

掴んでいた手をちゃんと組んで、右手をそいつの背中に添える。少し驚いたような顔をしながら、そいつは答えるように左手を俺の右腕に添えた。
聞こえ出した名前の鼻歌に合わせて、足を出す。ゆったりとしたワルツのリズムに合わせて、そいつのドレスがフワフワと揺れた。
何かに浸るように伏し目になっているそいつの顔を眺めていれば、視線に気づいたのか瞳が焦らすようにゆっくりと俺に向く。絡まりあった視線に、名前が目を瞬いた。

「    」

瞬間、瞳がとろけるように目尻が下がる。
ワルツを心底楽しむように。この時間を喜ぶように。喜色を滲ませた瞳が真っ直ぐに俺に向けられる。足元に転がる冷たさとは真逆の温度を持っていた。それに目を細める。
気づいてるだろーけど。そう思いながらも、名前の足元にあった邪魔なモノを避けさせるために、腰に手を回してフワッと抱える。そのままターンすれば、視界の端でドレスの腰ひもがゆらめいた。

「わっ!? ベル隊長?」
「止めんな」
「え、あ、はい!」

曲も佳境に入って、もうじき終わる。ガキの頃は、ダンスのレッスンとか好きじゃなかったけど。まぁ、やってて無駄にはならなかったな。
名前がクルクルと回りながら離れていく。適度な距離で止まったそいつが、恭しくお辞儀をした。重力を感じさせない動作。そこで丁度、曲が終わった。

「しししっ、悪くないじゃん」
「ありがとうございます」

嬉しそうに笑んだそいつは「楽しかったです」と素直に感情を吐露する。

「じゃあ、帰ろーぜ」
「はい」

歩き出せば、隣に名前が並んだ。最後に深紅の舞台に視線を遣る。満足して、口角を上げた。
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