元気になぁれとおまじない

「スクアーロ隊長にボロカス怒られたベルくんに、良いことを教えてあげようか」

8年前から、生意気な女だった。ちょっとオレより年上だからって、すぐにガキ扱いする。本気で生意気な女。

「いらねー」
「まぁまぁ、とっておきの“おまじない”だから、損はないよ」
「おまじない? 何それ、バカじゃん?」
「バカで結構」

クスクスと楽しげに笑ったバカは、ポンポンとオレの頭を撫でた。そして、聞いたことねぇ声音で言ったんだ。

「ベルくんは頑張ってるよ。えらいね」

当時はバカより背が低くかったから、自然と見上げる形で目を合わせたオレを見つめ返すバカの瞳が、何でか忘れられない理由は今でも分からない。


******


あのバカが大怪我を負ったと聞いたのは、オレが余裕で任務を終わらせ戻ってきてすぐのこと。バカにしてやろうと部屋にいけば、隊長のうるせぇ声が廊下まで響いてきた。マジうるせーんだけど。
扉が壊れるんじゃねーかという勢いで部屋から出ていった隊長を見送って、あけっぱなしの扉から中を覗く。目当ての人物は、ベッドの上で上体を起こし三角座りをしていた。
寝てなくても平気ってことは、そこまでの大怪我じゃねぇってこと? なんて、様子を観察する。しかし、そいつと目が合うことはなかった。何故なら膝に顔を埋めて、珍しく落ち込んでるっぽいから。

「だれ……」
「ししっ、似合わねーことしてんじゃん」
「ベルくんか」

部屋の中に入って、扉を閉める。ベッドに近寄っても、そいつは顔を上げなかった。つまんねーな。重苦しい室内がいつもと違っていて、イライラとする。

「なぁ、」
「うん」
「隊長にボロカス怒られたバカに、良いこと教えてやってもいいぜ」
「良いこと?」
「聞きてぇ?」

そいつはイエスともノーとも取れないような曖昧な返事を返す。

「とっておきの“おまじない”だからさ」
「おまじない?」
「王子これしか知らねーんだよ」

昔、こいつがやってきたように、頭をポンポンと出来るだけ丁寧に撫でた。弾かれたように顔を上げたバカは、ポカンと間抜け面でオレを見る。まだ終わってねぇから。

「名前は頑張ってんな。えらいえらい」

全力でガキ扱いする。キレるかと思っていたそいつは、何故か嬉しそうに笑んだ。それに、今度はこっちの動きが止まる。

「懐かしいなぁ」
「な、に……」
「その“おまじない”本気で効果あるみたい。ありがとう、ベルくん」
「……ふーん」

ふにゃふにゃと締まりなく笑うバカが、いつも通りのバカさ加減で。まぁ、効果があったなら良いけど。そう思ってしまったのが王子らしく無さすぎて、誤魔化すようにそいつの頭をわしゃわしゃと撫で回す。
それを嫌がる所か、更に楽しげに声まで出して笑いだしたから、頭でも打ったのかと手を止めた。ぐっしゃぐしゃの髪の毛のまま、そいつはまだ笑い続ける。満足したのか、「はぁーあ」なんて溜息を吐いた。

「ベルくん」
「……んだよ」
「ありがとう」
「それ、さっきも聞いたんだけど」
「そうだっけ? でも、良いんだよ。何回でも言うから、何回でも受け取って」
「いらねー」
「またそういうこと言う」

一変してそいつは困ったように笑ったけど、それは俺らのいつも通り。「まぁ、いいけど」なんて言って、そいつはベッドに倒れた。
椅子を引っ張ってきて、ベッドのすぐ横に置く。それに俺が座ったから、まだ部屋から出ていく気がないと伝わったらしい。そいつは眉尻を下げた。

「やらかしたなぁ」
「逃がしたんだろ?」
「まさか、味方諸共アジトを爆破するとは思ってなくて……。深手は負わせたから、どうだろうね。まぁ、でも生きてるかぁ」
「ししっ、だっせーの」
「返す言葉もありませーん」

目を伏せたバカは、反省しているらしい。けど、さっきよりはマシになったから効果あるってのは嘘じゃないっぽい。
マジマジと観察していれば、目が合った。ゆるりと笑ったそいつが、俺に手を伸ばしてくる。王子は優しいから、その手を取ってやった。それに、バカは目を瞬く。

「なに」
「あ、え? あぁ、ベルくんの任務は?」
「楽勝に決まってんじゃん」
「そっか。なら、良かった」

人の心配してる場合じゃねーくせに、安堵するみたいにそいつは息を吐いた。次いで、この8年間で見慣れてしまった色を瞳に滲ませて。聞き慣れてしまった声音で。

「ベルくんは凄いなぁ。えらいね」

なんて、ガキ扱いする。ぎゅっと握られた手を握り返すか返さないか。くだらない事をぐるぐると考えて、口をへの字に曲げた。やっぱ生意気な女。

「なぁ、は?」

いつの間にか手にいっていた視線をそいつに戻せば、飛び込んできたのは間抜けな顔で寝てるバカで。あの一瞬で寝たわけ?

「ありえねー」

警戒心の欠片もない安心しきった間抜け面に、溜息が出た。寝首かかれても文句言えねーぜ、これ。ツンツンと頬を人差し指でつついてみても、起きる気配はなかった。

「いつまでガキ扱いする気?」

ちょっとは警戒しろっての。頬をつついていた人差し指で、バカの唇をなぞる。俺、もうガキじゃねーから、“おまじない”なんかじゃ満足しないわけ。“ご褒美”貰うぜ。

「しししっ。王子ちょっと遊んでくるから、名前はイーコで寝てろな?」

マーモンに金積めば、すぐに見つかるだろ。でも、こいつが深手負わせたって言ってたし、そんな遊べねーかなー。まぁ……。遊ぶ方法は色々あるし。

「“ありがとう”は一回で良いから、他のモンちょーだい」

髪に指を通せば、スルリと想像よりも柔らかいそれがすり抜けていった。
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -