秋の夜長に君を恋う

彼の帰りを告げに来たのは、出会った頃から彼の周りを楽しげに歌いながら優雅に飛んでいた可愛らしい黄色の小鳥。
仕事中だろうと何だろうと関係なく仕事場に乗り込んできたヒバードは、並中の校歌を高らかに歌いながら私の肩に着地したのだった。いや、毎回どうやって入ってくるの。エレベーター乗ってくるのか。凄くない?
「ヒバリ、ヒバリ」と主人の名を口にしたヒバードに、慌てて了承の返事をする。するとヒバードは、理解したのか優雅に羽ばたき帰っていった。賢すぎる。
このヒバードの奇襲は時折あって、最初は職場の人達もポカーンとなっていたが今では慣れたもので、謝罪をすると「彼氏さん、帰ってくるんだねぇ」なんて温かい言葉が返ってくるようになった。本当に申し訳ない。
一応、携帯を確認したがメールもラインも着信もなし。まぁ、ヒバードが来たと言うことは、まだ仕事中で手が離せないのだろう。あの人のいる世界は私と違って、ちょっとの隙が命取りになる。嬉々としてその世界に身を置く彼を心配こそすれ、止める気はない。それが、彼らしい生き方なのだから。

「晩御飯……」

久しぶりに彼が帰ってくる。ということは、お風呂の準備もして、晩御飯も適当ではなくちゃんとした物を作って……。部屋もちょっと掃除しとかないと。残業なんて以ての外。
これは、まずい。非常にまずい。彼に会えるのは跳んで喜ぶほど嬉しいけど、金曜日になんてこと。明日は休みの予定なのに、仕事を残せば出勤する羽目になる。何としてでも終わらせる。気合いを入れ直して、パソコンに向かい合った。

「つ、つかれたぁ……」

休憩時間も惜しんで今日の業務を全てやりきり、スーパーで買い物をして帰宅。思わず部屋に入って扉を閉めた瞬間、靴も脱がず玄関に崩れ落ちてしまった。大変よく出来ました。自分で自分を褒めつつ、のそのそと靴を脱いで立ち上がる。頑張った分、これから幸せが待っているのだ。

「ふへへっ、恭弥さんが帰ってくる」

職場では何とか耐えたけど、嬉しくって頬が緩みまくる。ルンルンで晩御飯の用意に取り掛かったのだった。
携帯が鳴ったのは、それから直ぐのこと。一応、何時に帰ってきますか? とラインを入れていたのに、返事がきたのだ。画面には《20時》とだけあって、なるほどと頷く。
時計に視線を遣れば、まだ結構時間があった。晩御飯の下準備はほぼ終わった。なので、先にお風呂に入ってしまおうと思い立つ。そうすれば、恭弥さんと沢山一緒にいられる。今から入れば、恭弥さんの帰ってくる時間に上がれそうだ。そしたら、恭弥さんもすぐにお風呂に入れるし、良い感じだろう。

「よし!」

そうと決まれば、即行動。お風呂掃除はしておいたのでお湯を溜めて、その間に部屋の掃除を軽くしよう。パタパタと世話しなく部屋の中を動き回る。そうこうしている内にお湯が溜まり、1日の疲れを癒そうと私はお風呂に入った。
ゆったりとお風呂を楽しみ、ラフな部屋着に着替える。髪を乾かしたり色々し終わって、再びキッチンに戻った。鼻歌を歌いながら晩御飯を仕上げていれば、ガチャリとリビングの扉が急に開いて、肩が跳ねる。そこにいたのは、恭弥さんで。
彼に駆け寄った瞬間、恭弥さんの香りに包まれた。ぎゅう……と強く抱きすくめられて、身動きが取れなくなる。肩にすり寄ってくる恭弥さんのさらさらの黒髪が少し擽ったい。

「恭弥さん?」
「名前……」

どこか甘えるような響きを持った声だった。それに、胸がきゅう……と締め付けられる。

「おかえりなさい」
「うん、ただいま」

恭弥さんは顔を上げると、ゆるりと目を細める。次いで、額に唇を落とした。それに、肩が跳ねる。彼はそんな私に構うことなく、顔中に唇を落としていく。いやいやいや、なにごと!?

「あの、ちょっ、恭弥さん!?」
「なに」
「なには私の台詞ですけど?」
「口がいいのかい?」
「誰もそんな話はしてません。でも、してくれるなら嬉しいです」
「素直だね。でも、ダメだよ」
「まさかの」
「あぁけど、歯止めが効かなくなっても問題ないならしてあげてもいい」
「問題しかないな。困ります」

意地悪な顔でとんでもないことを言い出した恭弥さんに、頬が熱くなる。折角、腕によりを掛けて晩御飯作ったのに。ぐいぐいと恭弥さんを押して距離を取ろうとし出した私を宥めるように彼は頬に唇を落とすと、フッと笑む。

「僕も困るからしないんだよ。久しぶりに君の手料理が食べたい」

優しい声が鼓膜を擽って、ドキドキと心臓が煩く跳ねる。こくこくと頷くと、恭弥さんは満足げな顔をした。

「恭弥さんの好きな日本酒を買ってきたので、それに合う和食を作ってます。もうちょっと時間掛かるので、先にお風呂どうぞ」
「お風呂……。君は?」
「入っちゃいました」
「あぁ、道理で。いい香りがする筈だ」

首筋に顔を埋めて、スンスンと匂いを嗅ぐ恭弥さんに抗議する。小動物じゃないんだから。恥ずかしいので止めて欲しい。しかし、恭弥さんはそれに不満そうな顔をした。

「だ、ダメですからね。早くお風呂に入ってきてください」
「同じ石鹸の筈なのにね。君の香りは嫌いじゃないよ」
「うぐっ、あの、も〜! 沢山一緒に居たくて先にお風呂入ったんですから! 恭弥さんも早く入る!!」
「ふぅん……そう。分かったよ」
「あっ! でも、ゆっくり浸かってきて下さい」
「うん」

恭弥さんは可笑しそうに目を細めると、私を解放してお風呂場に歩いていく。それに、残念なような。ほっとしたような。なんとも言えない心地になりながら、恭弥さんの着替えを用意して、晩御飯の仕上げに戻った。
机に並んだ自信作の数々に、満足してフフンッとひとりドヤ顔をする。恭弥さんは少食そうに見えて、意外と沢山食べるのだ。その姿を想像していっぱい食べる〜と鼻歌を歌っていれば、スルリと後ろから抱き締められて口から変な声が出た。

「恭弥さん、本当に怒りますよ」
「なぜ?」
「びっくりするから。本当に。気配はバンバン出していきましょう」
「君が鈍いんだよ」
「え、本当ですか」
「うん」

そうなんだ。と、顎に手をやる。恭弥さん的には気配は出してるということ? それに私が気づいていないと……。いや、絶対に嘘だな。からかわれてるな。まぁ、別に良いけれど。と、溜息を1つ。

「お席にどうぞ」
「うん」

恭弥さんはいつも着物だか浴衣だかで寝ているけれど、私の部屋にそんなお高いものを置くスペースなんてないので、今の格好は私が用意したラフなTシャツに下は黒のスウェットパンツというレアな姿で。しかし、着こなしている。何を着ても似合うのだ。この人は。

「なんだい?」
「いや、かっこいいなぁって」
「本当かな」
「本当です」

ちょっと嬉しそうな雰囲気を出しながら恭弥さんが席に座る。私もエプロンを取って向かいの席に座った。
恭弥さんがお猪口を手に持ったので、徳利から日本酒を注ぐ。そのまま自分のお猪口にも注ごうとすると徳利を恭弥さんに奪われた。それに、目を瞬く。どうやら入れてくれるらしい。甘えてお猪口を手に持った。

「お疲れ様でした」
「うん。君もね」
「ふふっ、はい」

口に日本酒を含めば、まろやかな香りが鼻腔を抜けていく。恭弥さんも好きで、私でも飲める銘柄にしたから、美味しい。ニコニコとしていれば、視線を感じてそちらに顔を向ける。恭弥さんが楽しげに私を見ていた。それに、首を傾げる。

「君の好きそうな日本酒を見つけてね。今度持ってきてあげるよ」
「やった! 楽しみにしてます」
「飲みすぎないようにね」
「うっ、気を付けます」

美味しいお酒は飲みすぎてしまうので、本気で気を付けなければならない。酔っぱらって恭弥さんに絡みまくるらしい。所謂、絡み酒なのだとか。しかも記憶がなくなるので、恭弥さんに外でやるとどうなるか分かるね? と凄い顔をされたので、今のところ外で失敗はしていない。色んな意味で怖すぎる。
くわばら、くわばら、と思いながらこの話題は終わらせようと手を合わせる。「いただきまーす」と言えば、恭弥さんも手を合わせた。「いただきます」と静かに落とされた言葉。育ちの良さが滲み出てる。

「はい、どうぞ」

お箸の持ち方もとても綺麗で、食べ物を口に持っていく所作でさえ絵になる。数時間前まで命懸けの戦場でトンファー振り回して暴れまわっていたなんて、誰が信じてくれるのか。

「おいしいですか?」
「うん」
「良かったです」

もぐもぐと沢山食べてくれるのを眺めて、幸せな気持ちになる。頑張って良かった。
恭弥さんに会えなかった間にあった話をあれがこんなで、それがあんなで、と話しながらご飯を食べていく。恭弥さんは適度に相槌を打ちながら、私の話を聞いてくれた。恭弥さん曰く、私の話を聞いてるだけで満足らしい。
恭弥さんも面白い事があった時は饒舌になることがある。赤ん坊がああだ、跳ね馬がこうだ、沢田綱吉がなんたら、ボス猿がかんたら。ほぼ戦闘的なことなので、私は目をぱちくりさせながら物騒だなと思っている。そして、動物の名前が頻繁に出てくるので恭弥さんは何と戦ってるのかとなる。
今回はそんな面白いことはなかったようで、恭弥さんの話は特になく、あっという間に食べ終わってしまった。後片付けをする私をじーと眺めている恭弥さんは、退屈ではないのだろうか。この人は、時々よく分からない。

「あのー……」
「なんだい?」
「それはやっぱり私の台詞なんですけど」

後片付けが終わり恭弥さんに近寄った私の手首を掴み自身の方へと引いた彼は、体勢を崩した私を受け止めて膝の上に横向きに抱え込んだ。驚く間もない早業で、何が起こったのかと呆気に取られる。
スリ……と頬を滑った恭弥さんの大きな手に、肩も心臓も跳ねた。その手は悪戯に耳に触れ、髪に触れ、好き勝手に動き出す。アワアワと止めようとその手に自身の手を添えた。

「ねぇ、名前」

耳元でした低くて艶のある声に身を竦めた。明確な意図をもった行為に、全身を熱が支配する。

「ちょっと、恭弥さん」
「明日は休みなんだ」
「え、そうなんですか?」
「うん、君は?」
「お休み、です、けど……」
「なら、問題ないね?」

ズルいズルい。本当にズルい人。こういう時ばっかり、そうやって優しく聞いてくるのだ。でも、そうか。明日は恭弥さんもお休み。頑張って仕事をした甲斐があった。1日ずっと一緒にいられる。
そんな思考を掻き消すように、恭弥さんは私の耳に歯を立てた。思わず口から変な声が漏れだす。考え事など許さないと言いたげに、耳に触れてくる熱が気分をフワフワとさせる。
気づけば、恭弥さんの手を止めようとしていたはずの私の手は縋るように彼の手を握っていて。恭弥さんはそれに気を良くしたのか、一旦私の手を外させると、指を絡ませ握ってくれた。

「恭弥さんの、いじわる」
「君をその気にさせる方法ならいくらでも知っているからね」

合った瞳が意地悪に細められる。勝利を確信したらしい彼の瞳の奥には、ギラギラとした欲が見えた。
熱に浮かされながら、もうちょっとまったりお話とか、食後のデザートとかテレビとか楽しみたかった気もするなぁと恭弥さんを見つめる。そんな私の気持ちを読み取ったように「いくらでも時間はあるさ」と優しい声が私を宥めた。
この人からは逃げられないのだと、私はよく知っている。早々と白旗を振って、恭弥さんの首に腕を回した。

「恭弥さん、好き……」

自分でも驚く程に、甘ったるい響きを孕んでいた。恋をしている。私は心の底からこの人に、恋をしているのだ。好き。大好き。これを人は愛と呼ぶのだろうか。

「うん」

恭弥さんは囁くようにそれだけ言って、私を抱き上げる。歩を進める先は決まりきっていた。幸せを噛み締めるように目を閉じれば、熱の籠った息が耳を掠める。

「僕も君しかいらない」

彼のそれも愛なのだろうか。
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