約束通りに頂戴

『俺には勿体ない良い娘でなぁ!』

それが父の口癖だった。父はイタリア人で、裏の仕事をしていることは知っていた。母は日本人で、2人は確かに愛し合っていたけれど、私が10歳の時に事故でなくなった。
私は父が大好きで、父も私を大事にしてくれた。武器なんて持たしてくれなかったし、殺しも教えてくれなかった。だから、私は普通の子に育った。どこにでもいる普通の子に。

「だから、止めろと言ったんだ」
「…………」
「この依頼には、裏があると」
「そう、ですか」

その日は雨が降っていた。父が仕事中、裏切られて死んだ。私が16の時だった。父は殺し屋をしていたから、葬儀なんて出来なくて。せめてと立てたお墓には、誰も来てはくれなかった。この人以外は。
すでに雨でびしょ濡れになっている私の隣に立ち、傘を差してくれているのは、父の友達のシャマル先生。よく父と一緒にお酒を飲んでは、ベロベロになって家に転がり込んでくるロクデナシの女好きのスケベオヤジ。そして、ロリコン。最低ではあるけれど、私が風邪をひいたりすると、きちんと治してくれる腕の良いお医者さんだ。

「どうするつもりだ?」
「どうするって?」
「妙なこと考えてねーな?」
「考えてません。そんな事、父は教えてくれなかったから」
「そう、か……」

安心したように息を吐いたシャマル先生は、優しい人だ。女性限定だけど。きっと私が男の子だったら、こんなに優しくしてくれない。そんな事を思っていたら、なんだか笑えてきた。

「名前ちゃん?」
「ねぇ、シャマル先生?」
「ん?」
「約束覚えてます?」

約束。14歳くらいからチューしろと迫ってくるようになったロクデナシ。はいはい。成人したらね。なんて、流したのが悪かったらしい。約束だからな。とマジで返してきたシャマル先生の圧に負けてした約束。

「成人したらチューさしてくれるってやつか?」
「うわぁ、覚えてた」
「当たり前だろぉ? 俺がレディとの約束を忘れる訳がねぇ」
「友達の娘に手を出すのは如何かと」
「関係ねぇな」
「最低か」
「で? その約束がなんだって?」

自分でも馬鹿げていると思う。でも、忘れたくないのだ。なかった事にしたくないのだ。父と過ごした16年間を。だから、覚えておいて欲しい。誰かにも、私がここにいたのだと。繋がりが欲しいだけなのだ。我が儘が過ぎる。でも、でも、

「そのまま、忘れないで下さいよ?」
「……約束をか」
「はい。私、日本に行くんです。母の妹さんに引き取られることになって。母と同じで優しい人なので、不安も心配もないです」
「そうか」
「約束覚えてたら会いに来て下さい」
「探し出せってか?」
「それくらい出来るでしょ? 天才な殺し屋さん?」

ちょっと驚いた顔をしたシャマル先生は、バレてないとでも思っていたんだろうか。父の友達という時点で怪しいし、彼からも血の臭いがしていたから、父に探りを入れたら大正解。しかし、このスケベオヤジが父より凄い天才殺し屋とは今でも信じてないけど。

「1回くらいなら、してあげますよ」
「言ったな? 口にだぞ」
「え、」
「当たり前だろ? 態々日本に。しかも、何処にいるかも分からねぇのを探し出せってんだから、口に、な?」

ニヤニヤとだらしなく笑うこの男の事だ。きっとその内忘れて、違う美人か可愛らしい女の子の尻でも追いかけるだろう。そう思って、了承したのだ。

「良いですよ。口にですね」
「あぁ、楽しみにしてるぜ」

安心させるように、頭を撫でる大きな手を私は今でも覚えている。


朝から憂鬱だ。今現在、25歳になった私は並盛中学で教師をしていた。担当科目は数学。今日も今日とて学校があるので、目覚まし時計の音に叩き起こされて学校へと向かっているのだけれど。

「懐かしい夢」

まぁ、元々期待なんてしていなかったけれど、あのスケベオヤジは成人式には来なかったし、この5年間一切の音沙汰もない。今頃、イタリアの何処かで女の尻を追いかけ回してるんだろう。笑えない。

「あのロクデナシが」

忘れようと、首を左右に降る。見えてきた並中に、今日も1日頑張ろうと気合いを入れた。
職員室に入ると、何やら女性職員達がキャッキャッと色めき立っていたので、首を傾げる。自分の席についた瞬間、隣の席の体育教師である杉崎さんが説明してくれた。

「今日、新しい養護教諭の先生が来るそうですよ」
「あぁ、今日でしたっけ?」
「イタリア人の男ってことで」
「なるほど。この色めきっぷりですか」
「そう言うことです」

既婚の先生までもが輪の中に入って楽しそうにしている。何というか、単純ではある。でも、まぁ、イタリア人男性って聞いたら色めきもするか。父もイケメンだったし。
1人納得していると、校長が職員室に入ってきた。皆、慌てて席につく。どうやら、新しい養護教諭の人を紹介してくれるらしい。あまり興味もなかったけれど、一緒に働くのだからとちゃんと扉の方へと視線をやる。扉から現れた人物に固まった。

「シャマル先生です」
「あー、シャマルです。よろしく」

やる気なさそうに挨拶したのは、紛れもないロクデナシの女好きのスケベオヤジ。思わず視線を逸らす。いやいやいや、そんな馬鹿な。今更そんな事があるわけがない。ということは、まったくの偶然。きっとそう。バレない? たぶん、バレない!!
そう結論付けた私は、恐る恐るとシャマル先生へと視線を戻す。ばちりと合った視線に、営業スマイルを返しておいた。


******


『俺には勿体ない良い娘でなぁ!』

それが、ダチの口癖だった。馬鹿正直な良い奴で、だから死んだ。まだ16歳の娘を置いて、簡単にいなくなっちまった。
墓の前で雨に濡れながら立ち尽くす少女に、手を差しのべてやれるほど、俺はお人好しでも、綺麗な手でもなかった。

「約束覚えてたら会いに来て下さい」

そう言って気丈に笑ったそいつに、出来もしねぇ約束をしちまったのは、何でなんだか。ダチの娘だったからか。いや、きっと……。
手元にある書類に、苦笑を漏らす。やっと見つけた。しかも、こんな偶然があっていいのか。リボーンに呼び出されてやってきた並盛。そこに、あいつもいるなんて。

「忘れてんだろうな」

あんな口約束。覚えてる方がおかしい。つまりは、出来もしねぇはずだった約束を果たしにきた俺がおかしい。しかも、約束の成人なんて、とっくの昔にしちまってる。遅刻も遅刻。大遅刻だ。
書類には、面影を残しながらも可愛らしく成長したあいつが写っていて、思わず目を細める。俺の目に狂いはなかった。絶対良い女になると思ってたんだよなぁ。いや、ダチから言わせれば当時から、か。
色々と偶然が重なり、まんまと並盛中学の養護教諭になったまでは良かった。良かったが、職員室で目が合ったあいつから返ってきたのは、綺麗な営業スマイルで。これは、覚えてないのかと思ったが、偶然を装って学校内で何度か話した感じ、確実に覚えてる。

「困った女だ」

保健室の机に頬杖をついて、考える。さて、どうやって口説き落とそうか。頭を使ってタネと仕掛けを作れば、落ちねー女なんて地球に1人もいねぇ。いねぇはず……。
ここ数日の空振りぐあいを思い出して、机に崩れ落ちる。ぜんっぜん、駄目だ。いや、まぁ、それで確実に覚えてるって確証が持てたわけだが。

「怒ってんのか? 遅刻したから? いやいや、でもちゃんと探しだして会いにきてんだろー……」

約束を持ちかけてきたのは、お前の方だ。なら、責任は取ってもらう。ちゃんと、口に! チューだ。そこまで考えて、思い出す。12の少女が語った夢。

「なるほどな。いやぁ、でも柄じゃねーな」

むず痒くなって、髪を乱す。しかし、日本に来る前、ダチの墓に向かって言った言葉を思い出して、覚悟を決めた。

「お前の娘、俺が貰う」

悪く思うなよ? あの日、手を差しのべなかった俺に、繋がりを残したのはあいつだ。逃がしてなんてやらない。我ながら10も下の少女に本気で惚れていたなんて、笑えない。気の迷いだと思った時期もあったが、諦め悪く居場所を探し続けた時点で、なぁ?

「さぁて、ご所望は確か……真っ赤な薔薇の花束だったな」

軽い男の本気の愛は重いらしい。しかも、俺は裏の人間。あいつの家も、帰り道も、退勤時間も調べはついてる。あー……。殺しをするより、緊張する。なんて、いい年こいた男が情けねぇ話だ。
花屋で買った真っ赤な薔薇の花束を眺めながら、手持ち無沙汰にあいつを待つ。人通りの少ない場所を選んだから、邪魔は入らねぇだろうが。頭脳戦は通じない。タネも仕掛けもバレて終わり。それはそうだ。小せぇ時から、女を口説く俺をよく見てたからなぁ。俺の作戦なんて、全部知ってる。なら、タネも仕掛けもなく、真っ正面から挑むしかねぇだろ。本当に、柄じゃねぇ。

「シャマル先生?」
「こんばんは、お嬢さん」
「こ、こんばんは」

戸惑ったように俺を見る名前ちゃんは、俺が持つ薔薇の花束に気付き、顔をしかめた。何か勘違いしたな。

「誰かとお出掛けですか?」
「いや、これから口説く所だ」
「へぇ? 未成年は駄目ですよ」

トゲトゲとした声に、思わず苦笑する。昔の方がもうちょっと可愛げがあったな。まぁ、そんな所も好きだけど。

「未成年じゃねぇさ。もう」
「……もう?」
「約束。覚えてるよな?」

びくりと肩を揺らした名前ちゃんは、困ったように視線をさ迷わせる。やっぱりな。覚えてた。あぁ……。ちゃんと、覚えてたんだな。俺のことも。約束も。

「約束通り、探しだして会いに来た」
「本当に?」
「遅刻しちまったけどな」
「だ、大遅刻です」
「悪かったよ」

むくれる顔は、昔のまま。ご機嫌取りの方法は、いつもこれ。昔はチョコだのケーキだの。お土産に渡せば、すぐに嬉しそうに笑ってたな。
目の前に薔薇の花束を差し出せば、名前ちゃんは目を瞬く。どうしたのかと分かりやすく訴えてくる瞳に、苦笑を返す。やっぱり、柄じゃなかったか。

「告白には、真っ赤な薔薇の花束を」
「え?」
「昔、12のガキが言っててな」
「それって……」

みるみる内に赤く染まっていく名前ちゃんの顔に、ついついニヤケが抑えられない。目敏く気づいた名前ちゃんが、目をつり上げた。

「か、からかわないで下さい!」
「おじさんは本気」
「絶対に嘘です!!」
「おいおい、それはねぇぜ」
「だ、だって!」

ぐっと距離を詰めれば、名前ちゃんが目を真ん丸にして息を呑んだ。するりと頬に手を添える。逃がさない。やっと、手に入る。

「おじさんが、どれだけ我慢したと思ってる?」

はくはくと口を開け閉めする名前ちゃんに、追い討ちをかけてやる。

「約束通り、口にチューな?」
「シ、シャマルせんせ」
「んー?」
「い、一回だけ、です、か?」

おっと、これはヤバイな。どこでそんな事を覚えてきたのか。……仕込まれた、とかじゃねぇだろうな。潤んだ瞳が、様子を伺うように見上げてくるのに、クラクラとした。

「一回だけじゃもの足りねぇな」

何か言われる前に、問答無用で口を塞いでやった。
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