むかしむかしのお伽噺 03

扉にバンッとへばりつきながら、声のした方へと視線を遣る。で、出たのか。出てはいけないモノが出たのか!?
ドッドッドッと先程とは違う類いの恐怖に心臓が再び煩く鳴る。薄暗い中に見えたのは、先程の男の子だった。バチリと視線が合って、固まる。目が覚めたらしい。
上体だけを起こした男の子がじっとこちらを見ている。色んな意味で良かった。ほっと胸を撫で下ろして、扉から離れる。しかし、この男の子が無害とは限らないので、距離を取ったままどうしようかと考えた。

「きみ、誰?」

先に口を開いたのは、男の子の方だった。思っていたよりも落ち着いた低音は、訝しむような響きを持っていた。それは、そうだ。どう考えても不審者は私の方だからな。

「えっと、私は……」

何て説明しようかと言い淀む。この状況を適切に説明出来る自信が私にはなかった。というか、私もよく分かっていないのだ。
すると、男の子がゆっくりと立ち上がる。「君もさっきの怪物づかいとかいうのの群れ?」なんて呟いて視線を鋭くさせる。目付きが悪い。あどけなかった寝顔とは違い、急に柄が悪くなった男の子に冷や汗が出てきた。これはヤバいあれかな?
思わず後退ったけれど、直ぐに扉にぶつかって逃げ場がなくなる。オロオロとする私を無視して、男の子がコツ……と靴を鳴らして1歩近寄ってきた。

「吸い殺してしまおう」
「へ?」

軽い動作だった。特に勢いを付けたようには見えなかったのに、男の子がその場から消える。気づけば目の前に拳が見えていた。反射的に目を瞑る。それしか出来なかった。
しかし、思っていた衝撃は来なくて、代わりにバチィッ! なんて電気が走ったような耳障りの悪い音が耳朶を打つ。恐る恐ると目を開けると、目を真ん丸にした男の子が呆然と立っているのが見えた。
何が起きたのか分からず、ハテナマークが脳内を飛び交う。男の子もよく分からないのか、目をパチパチとさせていた。しかし、ハッとしたような顔をすると、不機嫌そうに眉根を寄せる。
今度は蹴りが飛んできた。何が起こったのかしっかり確認してやると気合いで瞑りそうになる目を開けて男の子の動きを見続ける。こわいな!

「……っ!」
「わっ!?」

再び、バチィッ! と耳障りの悪い音が鳴り、男の子の蹴りが弾かれる。バチバチと電気のようなモノが私の周りを飛んでいた。あと、男の子の足にも纏わり付いて見える。
きょとんと目を瞬いた。何これ。どうなってるんだろうか。男の子はというと自分の攻撃が弾かれて、ムカついたのかなんなのか。拗ねたように口をムスッと引き結んでいた。

「きみ、」
「はい!?」
「何か持ってるの?」
「もってる……?」

じり……と私との距離を取り、鋭く睨んでくる男の子の言葉を理解しようと繰り返す。考えてみたけれど、特に身を守れるスタンガンみたいな物は所持していない。

「持ってません」

なので正直に否定したのだけれど、男の子は納得していないようで、不審なモノを見るような視線を向けてくる。まぁ、不審ではあるな。さて、どうしよう。

「えっと……」
「魔の力を感じる」
「はい?」
「君、魔法使い? いや、この感じは魔女……かな」

スゥ……と瞳を細めた男の子が答えを求めるように見つめてくる。いや、睨んでくる。魔法使い? 魔女? なんの事か分からずに、首を傾げる。そもそも、この男の子は何なのだろうか。魔の力を感じるって、なに? お年頃特有のあれか?

「あの、私は普通の人間ですけど」
「人間……?」

まさかと言いたげに顔を顰めた男の子が、スンスンと臭いを嗅ぐ仕草をする。瞬間、戸惑ったような色を瞳に滲ませた。何故か男の子が私にゆっくりと手を伸ばしてくる。
しかしその手すらも弾かれ、男の子が嫌そうに眉を寄せた。痛くはないのかな。ちょっと心配になってきた。

「人間の臭いがする……。けど、魔の気配も確かにする……」

男の子は独り言みたいに呟くと、納得したような顔をして私の目を真っ直ぐに見つめてきた。射抜くようなそれに、たじろぐ。

「何か持ってるだろ?」
「んん?」
「出せ」
「ガラが悪い」

出せと言われてもと服をパタパタと叩く。そこで、思い出した。いつも身に付けているので忘れていた、それ。胸元にあるそれを取り出そうと、服の襟に手を突っ込んだ。指に触れたそれを掴み、引っ張り出す。
月明かりを受けてキラッと光ったそれは、ロザリオで。赤ちゃんの時からずっと肌身離さず身に付けているネックレスだ。男の子は不服そうにロザリオを睨んだ。

「僕が、そんなモノに……」
「これ、占い師のおばあちゃんに貰ったらしいんですよ。何か受難の相が出てるとか言われて、タダだからって押し付けられたとか何とか」
「……まじない、かな。忌々しいね。分からないようにされてる」
「ほう、これってそんな凄いものだったんですね。何か両親が身に付けとけって必死だったからずっと持ってましたけど」

ネックレスのチェーンを持ちユラユラとロザリオを揺らせば、ムッス〜と男の子の機嫌が悪くなっていく。えぇー……。

「外せ」
「因みに外したら何します?」
「吸い殺す」
「イヤです。絶対に外しません」

無言で睨み合う。しかし、“吸い殺す”ってなに? どういう死因になるのだろうか。絵面がまったく想像出来ずに、眉根を寄せる。

「あの、このタイミングで何なんですが」
「なに」
「ひとまず、自己紹介しません?」

私の言葉に、男の子が思案するように目を伏せた。その様子を黙って見守る。戻ってきた男の子の瞳が聞いてやっても良いみたいな続きを促すものに感じて、うわぁ……となる。ふてぶてしいな。

「私は、鈴夜と言います。ただの人間です。えーと、よろしくです」
「鈴夜……」
「はい。貴方は?」
「僕を知らないの?」
「知りませんね」

何で知ってること前提? この辺では有名な子なのかな。まぁ、こんなお城みたいな家に住んでるんだから、凄いお家柄とかなのか。なんて思いながら、男の子の言葉を待つ。男の子は不思議そうな顔をしたけれど、「僕はヒバリンだよ」と教えてくれた。

「ヒバリ、ン、さん?」
「そうだよ。僕が恐怖の吸血鬼、ヒバリンさ」
「きょうけつ、き???」
「住所は悪魔谷2−4。好きなのはハンバーグとココナッツジュース。シュミはひとりぼっちで遊ぶこと。それに、」

うんぬんかんぬん。いや、自己紹介なっが! ペラペラとシュミを語る男の子に、個人情報そんなに言って大丈夫かとなる。私の自己紹介名前と人間ですしか言ってないのに?

「最後にこれだけは言っておくけど、僕は無口だよ」
「そう、ですか……」

まさかの無口だよ宣言に、苦笑いを浮かべる。あれだけペラペラと自己紹介していたのに、よく分からない子だな。あと、きゅうけつきって吸血鬼であってるのかな。

「えっと、その、吸血鬼って“あの”吸血鬼ですか?」
「そうだよ。他に何があるの?」
「ですよね」

見下すような声音が逆にふざけている感じに聞こえなくて、変な汗が出てきた。本気で吸血鬼なのだろうか。ということは、魔の気配とか、魔法使いとか、魔女とか、さっきのやり取りも真剣だったと。
このロザリオも、吸血鬼だから効いたとかそういう? 確か、吸血鬼はロザリオを嫌っているとかなんとか、見た気がするような……。
嘘だろ。とんでもない所に迷いこんでしまった。でも、待てよとなる。日本語で通じてるということは、やっぱりここは日本なのだろうか。いや、悪魔谷言ってた。何処だよ。

「君、妙な格好をしてるね。どこの村から来たの?」
「そうですかね。んー……。村っていうか、町っていうか」

誤魔化す必要もないかと、家のある地名を口に出す。男の子は微かに首を傾げると「知らない」と言った。この辺にはないということか。これは、困った事になったな。
この状況が何なのか。男の子も分かっていないのだろう。それにしても吸血鬼。吸血鬼……。何処かで聞いたような気がして、頭を捻る。

【ひとりぼっちの吸血鬼】

ついさっき見た文字が頭に浮かんで、息を呑んだ。やっぱり、絵本なのか。あの、絵本が原因なのか。まさか、絵本の中に入ったとか言わないよね。
そろりと男の子を見遣る。何処か表紙の吸血鬼を思わせる服装。ふてぶてしさ。まさか、まさか。そんなことが、有り得るのか。

「ところで君、なにしにきたの?」
「分からないです。気づいたらここにいたんです。帰る家もその……なくて、ですね」
「捨てられたの?」
「失礼極まりないな」
「違うの?」
「ちが、うくもない、のか……」
「要領を得ないな」

意味が分からないと言いたげな視線を向けられて、どう説明しようかと迷う。こうなったら、全部素直に言ってここに転がり込ましてもらっても良いかな。こんだけ広いんだから、1人くらい増えても大丈夫じゃない? 勿論、タダでとは言いませんとも。

「あの!」
「なに」
「実は私異世界から来たんです、たぶん。帰る方法が分からないんです。なので、分かるまでここで住み込みで雇ってもらえませんか。どうでしょう?」
「やだ」
「即答」

凄い早さで断られた。世知辛い。しかし、ここで諦めて外に身一つで放り出されたら、命に関わる。私は何としてでも家に帰らなければならないのだ。

「なら、勝手に住みます」
「ふざけるな」
「だって、貴方は私に触れないんですよね?」
「それは……」
「じゃあ、追い出せないですよね?」
「君、図々しいね」
「ちゃんと、働きます」

どうだ! と、男の子と再び睨み合う。大人げないとか言ってられない。雨風が凌げる寝床、仕事、食事、その他諸々、吸血鬼の城だろうがなんだろうが、ここが1番確実に手に入る。
男の子は苛立ったように手を振りかぶる。私を殴ろうとして、バチィッ! とロザリオに弾かれていた。それに、更にイライラと顔を分かりやすく顰める。

「騒がしいのは嫌いだ」
「極力、静かにします」
「しつこいな」
「引きませんよ」

こっちは命がかかってるんだ。図々しかろうが、しつこかろうが、迷惑だろうが、引くわけにはいかない。ちょっと申し訳なくなってはきた。ごめんなさい。
男の子は暫く私を睨んでいたけど、私が怯まなかったからか、それはそれは深い溜息を吐いた。心底、不服だと顔に書いてある。

「使用人としてなら置いてあげてもいいよ」
「本当ですか!?」
「役立たずはいらないからね」
「が、頑張ります!」

男の子は、ふんっと鼻を鳴らすと顔を背ける。ふてぶてしいな。いや、この子は幼く見えるけど、吸血鬼だ。やっぱり、私よりも年上なの、か……?

「えっと、何てお呼びしたら良いですか? ご主人様? 旦那様?」
「やだ」
「えぇ!? じゃあ、ヒバリンさん? いや、ヒバリン様?」
「…………」
「……あの?」
「好きに呼びなよ」

呆れたようにそう言った男の子に、きょとんと目を瞬く。そういうのは、あんまり拘らないのかな。

「では、ヒバリンさんと」
「うん」
「本日よりお世話になります。誠心誠意頑張ります」

頭を下げる。男の子改め、ヒバリンさんは興味なさげに私を見ると「うるさくしないでね」と冷たく吐き捨てた。わぁお……。
病院を退院したその日。家に帰る道中で急に占い師のおばあちゃんに「その子は危険じゃ!! こんな受難の相は見たことがない!」と呼び止められた両親と抱っこされていた赤ん坊の私。
嘘か真か、私を守ってくれるからと譲り受けたらしいロザリオを肌身離さず持ち続け。そして今に至る。どうやら、その占い師のおばあちゃんはマジの人だったようだ。受難のレベルがヤバい。
どうか家に無事辿り着くまで、私を守ってくれよ。そんな祈りを込めて、ロザリオをぎゅっと握りしめた。

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