ペリペティアの果てに

国の有力な貴族の娘。とかだった気がする。いっつも弾むように歩くから、後ろ姿だけですぐにそいつだって俺は分かるのに、あいつは分からないらしくて、いつもいつも決まって言っていた。

「あなたは、ベル王子かしら? ジル王子かしら?」

気づいたら一緒にいたくらいチビの時から知ってる癖に、いつまで経っても見分けられないバカ。教えなくても気にせずそのままにするから、仕方なく教えてやってた。

「ベルに決まってんじゃん」

したら、嬉しそうに笑うから。まぁ、いっかって気になる。そんな奴だった。
あの頃俺は、ずっとこのまま一緒にいるもんだと思ってた。それが当たり前で。それ以外は有り得なかった。はずなのにーーーー

「お、まえ……」
「あら? あなたは、」

暗闇の中で燃え盛る屋敷が、自棄に、鮮明で……。煤だらけの顔でいつも通りに首を傾げたそいつは、状況に合わない柔らかい笑みを浮かべた。

「ベル王子かしら? ジル王子かしら?」
「んなこと言ってる場合かよ!」

そいつの屋敷が襲撃されたって聞いてすっ飛んで来てみれば、屋敷の裏手で呆然と立ち竦んでるバカを見つけて。運良く生き残ったのか。この屋敷の連中が逃がしたのか。何にしろこのままここに居る訳にはいかない。

「敵に見つかるっつの!」

手を掴んで走り出す。そのまま目の前に広がる森に飛び込んだ。護衛が勝手についてきたけど、役に立つかわかんねーし。このまま木々に隠れながら俺の城まで走るか。それか、俺が敵を全滅させるか。
ナイフに触れた瞬間、急に止まったそいつに引っ張られた俺は合わせて止まってやる。振り向いた先にあった真剣な瞳に、文句を言おうとしていた口を閉じた。

「ここで別れましょう」
「は? なんで……」
「私の家門はもう終わりなの、きっと」
「お前がいるじゃん」
「私はまだ7つだもの」
「俺がいんだろ」
「同い年だから、貴方も7つよ」
「関係ねーし。だって俺、王子だもん」

目を見開いたそいつは、次の瞬間には嬉しそうに笑っていた。

「いいの。私に考えがあるから。大丈夫。大丈夫よ」
「ぜってームリだ」
「じゃあ、約束しましょう」
「はぁ?」

やんわりと離された手が何故か諦め悪く宙をさ迷って。俺から離れて行こうとするのが無性に苛立った。
もう一回、無理矢理にでも掴もうとそいつの手を目で追う。そいつは手を首に持っていき、首に掛けてあった首飾りを外した。それをそのまま俺の目の前に差し出す。
紐の先でユラユラと揺れるそれは、こいつの1番のお気に入りだった筈の宝石。これを受け取れば、こいつはいなくなるのだと漠然と思った。

「これを」
「いらねぇ」
「私は暫し、大冒険の旅に出るわ」
「バカじゃん」
「貴方がこれを大事に持っていてくれるなら、私は道に迷わず帰ってくるから。絶対よ」
「……嘘だったら針千本にするぜ」
「もちろん」

いつもの笑みに、騙されてやることにした。首飾りを奪い取って、握り締める。

「星空のようなラピスラズリに誓います。必ず貴方のもとへ戻ると」

そいつは恭しく膝を折って最敬礼をした。

「我らが……。いえ、我が親愛なる一番星。ベルフェゴール様」

凛とした声が静かな森に溶けていく。あーあ。本当に、バカな奴……。

「しょーがねぇから、待っててやるよ」
「……うん。うん。大丈夫よ。きっと迷わない。夜空で一番輝く星だもの」

最後の最後まで笑ってたバカのために、溢れ落ちそうだったバカの涙は気づかないフリをしてやって。あいつの背中が森の暗闇に消えていくのをただ見送った。


******


「おっせーなー」

紐を揺らせば、それに合わせて目の前でラピスラズリがユラユラと揺れる。あの時から何も変わらない星空を閉じ込めた宝石だけが、手元にある。
こんなモンを今でも捨てられないくらいには、俺はあいつが気に入ってたんだと。嬉しそうに笑うあいつを記憶の中で探す。
今どこで何してんのか知らねーけど、あいつの事だから。まぁ、心配するだけムダだろ。

「しししっ」

机に置いてあったジュエリーボックスの中から、ラピスラズリをあしらったティアラを取り出す。あいつの言うこと聞いてやったし、今度は俺の言うこと聞いて貰うぜ。
お前に告げるための言葉なら、とっくの昔に用意して。お前を手に入れる算段もとっくの昔に立てた。あとは、お前が俺のとこに戻ってくるだけ。

「…………」

ティアラをジュエリーボックスに戻して、ゆっくりと蓋を閉める。首飾りをポケットに押し込んで、部屋を出た。
任務まで時間あるし、ヒマだな。何をしようかと談話室に向かって廊下を歩く。けど、背後に気配を感じて足を止めた。

「あら? その後ろ姿、」
「…………?」
「ベル王子かしら? ジル王子かしら?」

聞こえた言葉に振り向く。記憶の中で首を傾げるバカと女が重なって見えた。

「……は、」
「待っていてくれると言ったのに。国に戻ってもいないから、びっくりしたわ」
「なに、」
「マフィアになったというだけでもびっくりなのに、配属が暗殺部隊だなんて……。どうしましょう。チェデフに入ってしまったわ」
「移動しろよ」
「でも、暗殺部隊で出来る仕事があるかしら」
「あんじゃん」

パチパチと瞬きを繰り返したバカは、いつも通りに嬉しそうに笑った。あー……、他に言いたいことあったんだけど、何か、まぁ、いっか。

「ただいま戻りました」
「お前さー」
「はい?」
「昔っから、俺がどっちか分かってたんじゃね?」
「えぇーと……」

あからさまに視線を逸らしたそいつに一歩一歩近づく。至近距離で見下ろせば、照れたように眉尻を下げて誤魔化すみたいにそいつは笑った。

「気を引きたい乙女心ですわ」
「……は、」
「な、なーんて……」

もごもごと気まずそうに俯いたバカ。あーあ。それ、テッカイできねーから。自然と口角が上がっていく。我慢出来ずに笑えば、更に顔が俯いていった。

「渡したいモンあるから、俺の部屋な」
「し、仕事が」
「拒否権なんて持ってんの?」
「え、」
「ある訳ねーじゃん」

抗議するみたいに顔を上げたから、逃がす気のない俺はそいつの顔を固定するために両手を頬に添えて捕らえる。

「ベ、ベル王子?」
「もう逃げらんねーから。分かってんの?」
「えっ……と?」
「ししっ。やっと手に入れた」

ポカンと俺を見上げるバカに顔を寄せる。

「王子のprima stella」

赤く染まった頬に噛み付いた。

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