フィスキオの意のままに

ピーピーと餌を強請るヒナをぼんやりと眺める。いつの間にこんなモノが作られたのだろうか。そこに親鳥が戻ってきて、ヒナに餌をやってはまた飛んでいく。

「雲雀さん」
「なんだい?」
「つばめ飼い始めたんですか?」
「飼っている訳ではないよ」

書類に視線を落としたままではあるけれど、会話はしてくれるらしい。ここは、雲雀さんの自宅の玄関前。私は外。雲雀さんは中にいる。せめて、玄関に通してくれないかな。座りたい所ではある。
今日の業務を終え、帰ろうとした所を獄寺さんに捕まり「お前、ヒバリと仲良かったよな」と書類が入った封筒を押し付けられた。風紀財団のアジトに行ったが「もう帰られましたよ」と草壁さんに言われ、疲れた体を引きずってここまで態々届けにきたのだ。
玄関扉から出てきた雲雀さんは、今帰ってきましたと言わんばかりの格好をしていた。ジャケットは脱いでいて、ネクタイは取ろうとしていたのか珍しく緩んでいた。来客が私だったからか、そのままネクタイは抜き取っていたけど、何か目を逸らしてしまったよね。色気かな。
私は書類を渡してさっさと帰ろうと思っていたのだけれど、雲雀さんが確認するとか言い出して。今現在私は暇を持て余していた。不備があっても私には分からないんだけどな。このまま本部に持って帰れとか言われたらどうしよう。

「うん。問題は無さそうだね」
「それは良かったです」
「……面白いのかい? それ」
「え? あぁ、可愛いなぁと思って。雲雀さんって鳥に好かれやすいんですか?」
「さぁ? どうだろうね」

雲雀さんの声音が少し。ほんの少しだけ弾む。どうやら満更でもないらしい。この人のそういうところが、可愛らしいなぁと思う。

「つばめって渡り鳥でしたっけ?」
「そうだよ。秋の初めには巣立って行く」
「へぇ……。それはちょっと寂しいですね」
「この場所が気に入れば、春にはまた戻ってくるさ」
「そうなんですね」

この家はある意味安全なので、また来年見られるかもしれないなぁ。なんて、私がこの家に来る用事なんてほぼないのだけれど。

「雲雀さん」
「なんだい?」
「つばめの巣って美味しいんですか?」
「……君のそういう所はどうかと思うよ」
「ちがっ、違いますよ! これを食べたいとかいう話じゃなくてですね。雲雀さんクラスになってくると高級品も食べたことあるのかなと思っただけで! そもそもこの子達の巣は食用じゃないでしょ!」
「あぁ、何だ。知っていたの」
「それくらい知ってますよ」

雲雀さんは「ふぅん」と、つまらなさそうな顔をしながら私に視線を向ける。次いで、思案するように目を伏せた。何なんだと内心で首を傾げていれば、視線を上げた雲雀さんと目が合う。

「いいよ。食べに行くかい?」
「え? この流れで?」

急にどうしたんだろうか。食べに行くって、勿論つばめの巣をということだとは思う。ちらりと未だに餌を強請って鳴くヒナに視線を遣った。いや、食べるのは巣でヒナは関係ないのだけれど。ジクジクと胸が痛むのはなぜ。

「止めときます。何か、泣きそう」
「君のそういう所は別に嫌いじゃないよ」
「……?」
「じゃあ、別の物を食べに行こう」
「奢りですか?」
「おつかいの褒美だよ」
「やった!」

雲雀さんが玄関に置いていたネクタイを手に取る。態々結び直すらしい。ということはこの後、家の中にジャケットも取りに行くな。いつ見ても身嗜みがきっちりしている人だから。
スルスルとネクタイを迷いなく結ぶ長い指を眺める。色気とはこういう事を言うんだな。道理でいつまで立っても色気がゲット出来ない訳である。思わず視線を逸らす。その先につばめではない、いつもの黄色が見えて指を差し出した。
口笛で呼べば、賢い小鳥はパタパタと私の指へと飛んで来る。良い子だなぁと指先で頭を撫でると、可愛い声で私の名前を呼んだ。あら、覚えたのか。

「ツバメ、ツバメ」
「それも覚えたんだ」
「カミコロス」
「やだ、過激。そんな昼ドラみたいな」
「マモル、マモル」
「うん?」
「カミコロス」

あぁ、なるほどと頷く。つばめのヒナを守るために、外敵は咬み殺すという事らしい。

「いや、どっちにしても過激」

なんて、ヒバードと戯れていれば雲雀さんが身嗜み完璧で玄関から出てくる。私の指に止まるヒバードを見て、目を細めた。

「口笛で呼ぶなんて、いつの間に教えたんだい?」
「見てたんですか?」
「彼が君の指に止まる所までね」
「教えたというか……。この前試しに呼んだら来てくれたんです」
「ふぅん」
「この子達は賢いですよね」
「そうだよ」
「そして、飼い主に似てきてます」
「そうかな?」

あ、また声が弾む。本当に可愛らしい人。
玄関に鍵を掛けて雲雀さんが歩き出したから、ヒバードを空へと返して私も歩き出す。隣に並んで雲雀さんを見上げた。
雲雀さんの歩幅は私よりも大きい。なのに、私が置いていかれないのは、私に合わせてゆっくりと歩いてくれているからだろう。優しさ。
雲雀さんと仲が良い、かぁ。果たしてこの人にそんな概念が存在するのかどうなのか。でも、ご褒美にご飯を奢ってくれたり、歩幅を合わせてくれたりするくらいには気に入られているのかな。

「いやぁ、獄寺さんに捕まった時は終わったと思ったんですけどね」
「どうしてだい?」
「結構、無理難題の可能性あるので」
「ふぅん……。じゃあ、そういう時は呼びなよ」
「誰をですか? 雲雀さん?」

そんなまさかと冗談で名前を口にする。

「うん」
「へ?」
「呼ぶといい。さっきのように、口笛で」

誰よりも空高く飛ぶ告天子を呼び寄せる口笛の音色など私は知らない。ポカンと呆気に取られる私を見て、ゆるりと意地悪に笑んだ雲雀さんの真意など私には分かりそうもなかった。

BACK
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -