ビリキナータの行く先

屋上の扉を開けた先には、黒色が寝ていた。それに驚いて、ビクッと肩が跳ねる。並盛に住んでいれば誰だってこうなる。だって、彼はこの町の秩序なのだから。
屋上に入らず、手に持った手紙に視線を遣る。それはそれは重たい溜息が口からこぼれた。勘弁してよね。

「入らないのかい?」

寝ていると思っていた人物の声が聞こえて、今度は素っ頓狂な声が口から出る。破裂しそうなくらいドキドキと煩く鳴る心臓を押さえた。

「起きてたんですか」
「君が扉を開ける前からね」
「思ってたよりも前でした」

上体を起こした雲雀さんが、こちらをじっと見つめてくる。機嫌はそんなに悪くなさそうだなと判断して、屋上に足を踏み入れた。背後で扉の閉まる音が鳴る。

「君が屋上に来るなんて珍しいね、副会長」
「そうですか?」
「何の用だい?」
「雲雀さんにではないですよ」

怪訝そうな視線を向けられて、手紙をひらひらと振る。手紙を一瞥した雲雀さんは、更に眉間に皺を寄せた。

「なに? それ」
「ラブレターですよ。ラブレター」
「……?」
「でも、誰かの悪戯だったらしいです。雲雀さんしかいないですし。それとも、私の他に誰か来ました?」
「来てないよ」
「やっぱりですか?」

うーん……。と、ラブレターをマジマジと見つめる。どうして、こんな悪戯を? 罰ゲームとか? 暇なのか。

「……まぁ、いいよ。僕の方は、君に用があったからね」
「はい? 私にですか?」

ラブレターから雲雀さんに視線を戻す。雲雀さんが隣の地面をポンポン叩いて、そこに座れと促してくるので素直に従っておいた。だから、入らないの? とか聞いてきたのか。

「君の所の生徒会長はどうにかならないの?」
「どうにか、とは?」
「彼を見ていると闘争心が萎える」
「えぇ……」

私はこれでも、雲雀さんの呼んだ通り生徒会の副会長なんてものをやっている。とは言っても、生徒会長のストッパー役に抜擢されただけで。立派な志とかは特にないのだけれど。

「無理ですよ。笹川兄を知ってるでしょ? あの2人は小学生の時から熱血なので、友達の私でもどうにもなりません」

雲雀さんが物凄く嫌そうな顔をする。そんなに? まぁ、暑苦しくはあるけど。2人共いい奴なんですよ、とても。

「君も困ってるんだろ?」
「あぁ、副会長になった経緯を知ってるんですね。まぁ……。無理矢理と言えばそうだし、人助けと言えばそうなりますし」

会長に“お前も一緒に生徒会に入るだろ! 副会長はお前しかいない!!”と半ば無理矢理立候補させられたにはさせられたし。当選するわけないと思ってたのに“会長のストッパー役はお前しかいない!”と周りに頼まれたのも事実だ。
会長とも笹川兄とも小学校からの付き合いで、何か知らない間にストッパー役になってたんだよなぁ。何でだろう。困ったら私を頼れみたいなさぁ。やめて欲しい。

「私は楽して生きたいんですけどね。どうも神様は許してくれないらしくて」
「らく、ね。その割には君、校則を全て覚えているみたいだけど」
「よく知ってますね。そんな事」
「持ち物検査。いつもすり抜けるらしいね」

なるほど。雲雀さんの言葉に、納得して1つ頷く。

「服装も持ち物もギリギリだ」
「校則の隙間を衝いて、楽しく学校生活を過ごしたいので」
「君、生徒会の副会長だろ?」
「だから、校則は破ってません」

雲雀さんは呆れたように、溜息を吐いた。生活指導の先生にちょっと怒られるくらいなら、そんな校則を覚えたりしない。風紀委員、特に委員長の雲雀さんに殴られるのは勘弁なので。

「頑張る所と、手を抜く所と、はっきり区別してるんですよ」
「ふぅん……」

雲雀さんが思案するように、目を伏せる。ここで殴られるような関係ではないとは思っている。こうして、会話をするくらいには親しい間柄にはなれてるはずだ。

「僕は最近、悩んでいてね」
「悩み事ですか? 雲雀さんでもそんなのあるんですね」
「君をこのまま生徒会の副会長にしておく方がいいのか。それとも、風紀委員に引き抜く方がいいのか」
「副会長のままでお願いします」

即座にそう返す。風紀委員に引き抜くってなに? 私に務まるわけがない。雲雀さんは何を考えているのやら。副会長ですら、ちゃんと出来ているか分からないのに。
雲雀さんは首を左右に振る私を眺めていたと思ったら、不意にラブレターに視線を移す。気付いた時には、ラブレターは雲雀さんに掠め取られていた。

「あの?」
「これ、どうするつもりだったの?」
「え? あー……。いい人そうならお友達からとかですかね?」
「へぇ」

雲雀さんが、ラブレターをぐしゃっと握り潰す。えぇえ!? 衝撃的過ぎて、私は目を丸めることしか出来なかった。

「良いことを思い付いたよ」
「聞いた方が良いですか」
「うん。君は副会長のままで構わない」
「わー、嬉しい」
「その代わり、僕のになりなよ」
「……はぁ!?」

一瞬、何を言っているのか理解が出来なかった。ポカーンとする私を置き去りにして、雲雀さんは勝手に話を進める。

「そうすれば、好きな時に僕の手元に置けるだろ?」
「いやいやいや! おかしい!」
「何も可笑しくはないよ」

雲雀さんの両手が伸びてきて、頬を捕らえる。逃げられないように、顔をガッチリ固定された。頭の中に警鐘が鳴り響いている。何故こんな話になったんだ。

「ラブレターは必要? 君が欲しいなら書いてあげてもいい」

耳に注ぎ込まれた低音に、くらくらとした。
私はいったい、どこでミスったんだ。生徒会の副会長になんてなってしまったから? それとも態々、校則なんて覚えたから?
どれかは分からないけれど、きっと抵抗虚しく私は彼の手中に落ちるのだろう。そもそも断った所で赤くなった頬では、何の説得力もないのだから。

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