リーヴァとは浪漫的な

掴まれた手首が熱い。簡単に私の手首を覆い隠してしまう大きな手をじっと見つめた。昔はあんなに小さかった筈なのに。
その手に引かれるままに、華美なドレスで駆ける。背後にある豪勢な邸宅がどんどんと離れていくのに、何故か泣きたくなった。

「ふら、ん……」
「ハーイ。あれ? もしかして、疲れちゃいましたー?」

気の抜けるような間延びした声に、酷く安心した。大丈夫だと、首を左右に振る。それを一瞥して、フランは再び前だけを見た。
邸宅の方が騒がしい。それはそうだ。今日の主役が消えたのだから。婚約披露のパーティーだった。私とどこかの大きなファミリーのボスとの。興味が無さすぎて、ファミリーの名前もボスの名前も覚えていない。
弱小マフィアのボスの娘には、断れない縁談だった。なので、逃げることにした。でも、それは私1人での予定だったのだけれど。

「どうして……」
「ここまでして伝わってないとかありますー? めちゃくちゃ可哀想。ミーが」
「それは、」

続く言葉は出てこなかった。本当は気づいていたのかもしれない。日本で知り合った可愛い彼が、大きくなるにつれて瞳に滲ませるようになった感情に。
不意に、波の音が耳朶を打った。それに、思わず足を止める。聡い彼は直ぐに、同じように立ち止まってくれた。
振り向いた彼の背後に真っ暗な海が広がって見えて、ほんの少しだけ怖じ気づく。このまま進めば、きっともう戻れはしないのだろう。
私の微かな不安を感じ取ったのか、フランが顔を覗き込んできた。こんな時ばっかり、彼の瞳は感情が読めないのだ。

「フラン」
「う〜ん……。駆け落ちはロマンチックだと思ったんですけどー。何が足りないんだろーなー」
「え?」
「ミーにしましょ? 大事にしますよー。誰よりも」
「なにそれ」
「あっ! なるほどー。分かりましたー」

苦笑した私は置き去りにして、フランは一人納得したように頷いた。
逃がさないと言うように、私の手首を掴んでいたフランの手が離れていく。熱を持ったそこが、外気に触れて自棄に寒く感じた。
しかし、直ぐに私の両頬を挟むようにフランの手が包み込む。それに、ビクッと肩が跳ねた。

「好きです。んー、違うなー。え〜〜っと……」

抑揚のない声に、微かに焦燥のようなものが滲んでいる気がする。それに、目を瞬いた。

「愛ですねー、これは」

声音とは違ってさらっと落とされた言葉に、暫しの沈黙。意味を理解して、ぶわっと顔に熱が集まった。外が暗くて良かった。何を急に言い出すんだ。いや、急じゃないのか。フランにとっては。

「これで伝わりましたよねー?」

こくこくと頷いた私に、フランは何処か満足そうな顔をする。それに、諦めて溜息を吐いた。分かっていたよ。分かっていたんだ。愛ですよ、これは。私だって。
会場に現れたカエルに、驚いて。掴まれた手首に、ときめいて。ロマンチックな駆け落ちに、泣きたくなったよ。嬉しくて。

「カエルはどうにかならなかったの?」
「センパイが煩くて無理でしたー。だから、正装させてきたんですよー」
「それ、正装だったんだ」

走っている時に、ずっと気にはなっていた。カエルの後頭部に付いた蝶ネクタイが。敵を煽ってるのかと思っていたけど、違うかったらしい。
思わず吹き出した私に、フランの空気も和らぐ。しかし直ぐに、「キスして良いですよねー」と囁かれた低音に目を丸める事になった。

「はぁ!?」
「ミー達、相思相愛じゃないんですかー?」
「そ、それは、その……」

モゴモゴと気恥ずかしさで口ごもっていれば、急かすようにフランの顔がぐっと寄った。それに、ぎゅっと目を閉じる。了承と受け取ったのか、唇を塞がれた。

「フランは、」
「ハーイ」
「フランは、白波だ」
「……?」
「盗賊って意味」

ジトリと睨めば、フランはきょとんと目を瞬いた。そして、「やだなー」と最早見慣れてしまった感情を瞳に滲ませる。

「誰のためだと思ってるんですかー?」
「わたし」
「正解です。良い子に盗まれてくださーい」

私が返事をするより先に、フランは私を抱えあげた。所謂、お姫様だっこだ。こんな事をされる日が来るとは。

「何故に?」
「その格好で砂浜は走れないでしょー」
「浜辺を走るの? こんな遮蔽物のない所を?」

闇夜に溶け込むフランと違って、私の星を散りばめたようなドレスは無駄にキラキラと目立つ。格好の的だろう。

「ミー達のこと、見つけられたら拍手くらいはしてやっても良いですよー」
「え? あぁ、そっか。そうだね」

フランは優秀なのだ。見つけられはしない。よっぽど腕の良い術士でも連れてこない限り。

「浜辺を走るなんて、ロマンチック度が上がりますよねー。惚れちゃうでしょ?」
「残念」
「えー? 良いと思ったのによー」
「もう、惚れてる」

妙な沈黙。フランは、誤魔化すみたいに浜辺を走り出した。船を用意しているのだろう。海を渡って逃避行なんて、ロマンチックだ。不安は跡形もなくなっていた。

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